第14話 朱色の雨 1
ヴァルガンド連合帝国王宮の事務棟にあるオフィスルームの一室。王宮の文官たちがそれぞれ区切られた作業スペースで机に向かい、それぞれが担当するデスクワークに勤しんでいる。
自分の部下の文官たちを衝立ごしに眺める女官。
彼女は侍従長に帝国王女脱走に関する情報を報告していたあの女官である。赤毛の髪を後ろにまとめ、細い眼鏡フレームの奥には理知的なブラウンの瞳があった。
目の前の机には空になったデリバリーランチの空容器がある。彼女は少し遅れて昼食をとったのだ。
終わらないとこれ見れないかぁ、と彼女は濃い赤色の口紅が塗られた唇を震わせてそう独り言を吐き出した。
机上の片隅には午前中に届けられた大きめの封筒が立てかけられていた。そこ宛先にはマリーナ・ナミンガ様と記されていた。
マリーナ・ナミンガ――それが彼女の名前である。職級は係長であり、二十代後半の歳としては順調な出世をしていると言えよう。
帝都からかなり離れた田舎町にある雑貨屋の娘である。身分は当然庶民階級。
彼女は今、手間の汎用型魔導具を操作し、机中央に鎮座されいる二台の映写型魔導具の表情を疲れた目で追っていた。
リリアリア王国へ派遣した王宮関係者の一人から定時連絡が途切れてしまったのだ。その途切れて関係者の名前はリリアン・ダイクンギア、王女付きのメイドであり、貴族の娘である。
……貴族の娘である。
「どうしてこう次から次へと……」
リリアン・ダイクンギアの現在までの情報を画面越しに眺めながら、思わず声を漏らす。
公務で隣国へ行った貴族の娘が失踪……場合によっては大事になる。失踪したメイドがいい加減な性格で定時連絡もサボるような娘であればまだ希望はあるが――。
「……彼女そんなことするわけないか」
ちょっとやさぐれた所あるけど、基本真面目だし。
たまに王宮ですれ違うリリアンの姿を思い浮かべならがそう独り言を言う。
となると、と彼女は考え……表情が硬くなる。
「へー、彼女昔アイドルやってたんだ。このグループ知ってるかも。
なんで貴族の娘がアイドルなんかに……」
まさか間諜とか。
気を紛らわせるように目に入った情報に呟いてしまう彼女。
全国を駆け巡るアイドルが実はスパイ、というのはスタンドに売っている安っぽい紙の小説の中だけの話だ。だいたいスパイというのは基本的に目立ってはいけない。そう昔、新人教官に教わった。
すでにリリアアリアへ向かった王宮関係者の一人に、リリアンを捜すよう依頼をだしている。事故にでもあったのかもしれない。
「課長-、お疲れですね?」
そんなマリーナのスペースに、ひょいと若い男性文官がのぞき込んできた。
侍従長に報告へ言ったときに連れて行った男性文官の一人だ。
「あなたもご苦労様。
今日は早くからゴメンね」
マリーナは口元に笑みをつくって部下に返す。
自分の目元に疲れが出てないかしら、とそっと指先で自分の目元を触る。
「いいんですよー。
ボクと課長との仲じゃ無いですかー」
男性部下は大げさにおどけてみせる。
「でも……彼女、大丈夫ですかね?」
ふたたび彼はマリーナに顔を近づけた。声が小さくなる。
「そうね……」
マリーナは再び画面をのぞき込んだ。リリアン・ダイクンギアの顔写真が写っている。
「彼女、侍従長からの信書を持ってるんでしょ?
リリアリアの英雄、ジョージ・グレイサイド宛ての」
「……そうなのよ。
だからとても問題で……っ!」
マリーナの机に置かれた右手に男性文官の右手が優しく重ね合わされていた。
そして、その指先は触れるか触れないかの感じで、マリーナの指先から前腕の肌が露出している所を上から下へと、奉仕するように愛おしく撫でていった。
多少疲労していた彼女の身体に小さな炎が点った。マリーナの頬が高揚する。呼吸も大きくなった。
(……マリーナさん、今夜も……する?)
男性文官がマリーナの耳元で囁く。
「もう!」
彼女が顔を赤くしたままその手を払いのけると、男性文官ば笑いながら離れていった。そして自分の席で仕事に戻る。
……昨日も激しかったのに今日もだなんて……ちょっと若いだけでこんな違うのかな?
机へ向かう彼の横顔を見ながら、マリーナはにやける。
マリーナは自分の大型バックに入っている替えの下着のデザインに思いを馳せたあと、机の上の大型封筒を摘まんでオフィスルームから外に出た。
ちょっと気分転換をしようと思ったのだ。
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