第9話 笑わない王女

 旧王宮前通り商店街な中古魔導具ショップ『ハロー☆マジック』にあるさほど広くも無いゲストルーム。ここで、リリラリア王国の第三王女とヴァルガンド連合帝国の第三王女と第四王女の会談が始まろうとしていた。


 小さなテーブルを挟んで2つソファに対面で座るリリアリア王国の王女と、ヴァルガンド連合帝国の双子王女。三者無言である。王族モードに入った彼女らは自ら他国要人と話しかけることは出来なかった。

 だって何時もなら、誰か会話を取り持つ人がいるし……。

 王族は他国要人とはコミュ障なのがデフォルトであった。


 会談が始まらない。

 あとこのゲストルームはやっぱり狭い。


「お茶です」


 小さなテーブルにカップに入った香りの良いお茶が3つ置かれる。


「ありがとー、ミツキちゃん」

「うむ」

「……」


 王女三人はそれぞれの反応で、お茶を持ってきたミツキに会釈する。


「あと、お茶受けです」


 とん、とお茶の横に焼き菓子をそれぞれ置いた、焼き菓子には格子状に黒と白のチョコレートが並べられてはおり。その間を流れ溢れるように添えられている蜜のハーモニーがとても甘々しく感じる。

 時はおやつの時刻であった。


「おおー」

「ほう」

「……」


 三者三様の反応でその焼き菓子を見る。


「商店街の喫茶店『アツシ喫茶館』の一品です。

 お口に合えば宜しいのですが……」


 一歩下がってお盆を抱え微笑むミツキ、


「アツシ君の店のお菓子なら大丈夫だよー」

「大丈夫だ。王宮に仕える間者より『アツシ喫茶館』から評判は聞いている」

「……(こくこく)」


 間者?とリリアリア王国の王女は眉をびくりとと動かしたが、それ以上は何もしなかった


「あ、あの……

 えっへへへへへ、

 あの……肩でももみましょうか?」


 ミツキの隣から卑屈な妖精族が現われた。


「……」

「……」

「……」


 三者一様の反応でその卑屈な妖精族を見る。

 マコトは魂の髄まで庶民だった。偉い人には本能的にへりくだってしまうのだ。江戸時代ならばわれ先に大名行列に土下座するタイプだろう。


「マコトちゃん……」

「普通は、高貴な人の肌に直接触れないものだそ」


 ミツキと部長は「かわいそうな人」を見るような表情をマコトにむけた。心理的にはつっこまれるよりもこちらの方が何倍もキツい。マコトは「はうっ!」という表情なまま顔が真っ青になっていた。

 マコトはプロ庶民ではなかったのだ。



 ◆◆◆


「……だから土下座しなくてもよいのじゃ」

「そーだよー、そういうことしちゃうマコトちゃんもわたし好きだよー」

「……」


 三人の王女の前でマコトはびくりとも身動きせず綺麗な土下座をしていた、


「それにねー」


 リリアリア王国の第三王女であり、自主研究サークル「ブラックマジックナイツ」の副部長である彼女は続ける。


「わたしはさー、神聖な創造物とされブライドが高いされる妖精族の幼生が、世界のはしためである人間族にちょっかいだされたり、いたずらされたり、困ったりしてぐぬぬぬってなってるの……うふふっ、

……ソソるんだよね」


 マコトは背中で副部長の暗い笑みを感じだ。


「すごい……、土下座したまま水平移動してるのじゃ。

 これが妖精族の魔法……」

「ああ、マコトちゃんが離れていく……」

「……」


 リニアモーターのごとく滑るように王女達から離れていく土下座マコト。


「なにやってんの? マコトちゃん」


 ミツキがマコトを立ち上げらせる。


「だだだだって、この世界で王族なんてどう接すればいいんだよー!」


 マコトはミツキに手をブンブンさせて抗議する。


「普通はな」


 冷静な部長の声が聞こえた。

 その声の方に視線をむけると、自主研究サークル「ブラックマジックナイツ」な部長であり貧乏下級貴族のノルンは、部屋の隅にびっちり身を付けていた。


「この様に視界に入らないようにするんだ」

「部長、それかえって気になるから止めて」


 秒で王女に突っ込まれる下級貴族。


「マコトちゃん、

 ……下半身には王族も貴族も庶民も無いじゃない。

 緊張したら相手の下半身を見ればよいのよ」


 いろいろな身分の人がエロの一点を目指して集合する風俗街の女王の娘は独自の考えを持っているようだ。


「ミツキさんは様々な意味で難しいことをおっしゃる……」

「多分うちの王女様は濃い方ね」


 思わず口調が変わってしまったマコトと、先ほどの意に反するハグを受けたお返しとばかりの一言を放つミツキ。


 その一言にぽっと顔を赤らめる王女三人。

 ちゃんと処理してるもん……、とリリアリア王国第三王女を呟いた。



 ……ここからいなくなりたい、と自ら耳を塞いだ部長は思った。



 ◆◆◆


「やはり、処理は避けられないのか……憂鬱じゃ」

「……」

「ま、まぁ……、あなたたちの歳ならまだ大丈夫だから」


 会談が始まった。王女達の間に立ちはだかっていたコミュ障の壁が取り払われのた。

 毛の勝利である。


 部長、マコト、ケンイチは三人の王女の横に店から持ってきた椅子に座っている。

 気になるからそこに座っていて、とリリアリア王国第三王女に命じられたのだ。 



「ヴァルガンド連合王国の第三王女のエレナちゃん、第四王女のアンナちゃん、

 直接会うのは初めてかな?」


 リリアリア王国第三王女のエリザベート・イエロースター・リリラリアは、ヴァルガンド連合王国のエリーナ、アニータに対して敬語を使うのを止めた。


「は、はい。 直接では会ったことないのじゃが……ではないのですが……

 大リリアリア王立学院の高等部を卒業するまでのエリザベート様の活躍とお姿はよく識っておるのじゃ。

 ……学院に潜入していたスパイも感激して報告しておった。

 わたしもかくありたいと思ったものじゃ……」


 アンナは表情を強ばらせながらも、その瞳は隣国の王女の顔を向けたままに――自分の頬を高揚しながら――話し出した。


「ス、スパイ?

 ……ま、まぁ普通に話していいよ、ここ公式な場じゃないしー」


 帝国の王女の口から滑り出た言葉に一瞬だけ動揺したが、はぁと息を吐いてエリザベートは苦笑した。


「は、はい……、ではお言葉に甘えるのじゃ……。

 エレナ姉様も……それでよいな」

「……(こくこく)」


 帝国の双子の王女は顔を見合わせてうなずきあった。


「二人ともどうやって来たの? 竜便?」


「自分たちが誰にも気づかれずに使えるお金は限られておるのじゃ。

 帝都から出ている一番安い深夜バスに乗ってここまで来た……」


「えっ」

「おふっ」


 王女エリザベートと下級貴族ノルンは帝国王女の告白に驚いた。


「湿度が高いは暑いわで、朝まで寝れなかったのじゃ……」


 その時の記憶を思い出したのかアンナはうんざりとした顔をした。


「確かにあれば辛い……」


 下級貴族ノルンはしみじみと頷いた。


「最初の予定では、目的が達成できたら

 すぐにここの帝国の交易事業所に駆け込んで王宮に連絡してもらうつもりだったのじゃ……」


 しゅんとした表情の帝国王女二人。


「確かに、帝国との国交が切れて大使館が無いから、

 唯一の帝国出先機関である交易事業所に駆け込んで保護を求めるのは理にかなっているな……」

「ノルンは黙っていて」

「お、おう?」


 帝国王女の説明に思わず頷いていたノルンはリリアリア王国王女エリザベートにじろりとにらまれた。


「そーじゃないでしょ? エレンちゃん、アンナちゃん」


「え?」


「あなたたちはヴァルガンド連合帝国の王女なの。

 自分たちがどう思おうと人から敬われる立場なの。

 自分の身分を明かしたら周りの人たちが、

 ……変わらなく接してくれること望めない立場なの」


「エリザベート様……」


 帝国王女二人の目の前にいる隣国王女の鋼鉄のような冷たく力強い瞳に魅入られた。

 それは大リリアリア王立学院で「笑わない王女」と呼ばれていた彼女を思い出させるものだった。たとえ魔法が使えなくても心がどこまでも強い鋼鉄の王女、それが新王都での彼女だった。


「あなたたちの立つ場所は人の上しか用意されてないの。

 あなたたちは人を踏むことから逃れられないの。

 あなたたちは善意でも悪意でも気まぐれの行為でも、人を常に踏みつけているの。

 あたなたちは何もしなくても、人を踏みつけているの。

 それを忘れないでちょうだい」


「……」


 アンナは目を伏せた。

 そんな妹を心配気に見るエレン。


「このサインペンは返すわ。

 ここでの滞在費は一切わたしが私費で立て替えてあげる」


 エリザベートは帝国王女が『ハロー☆マジック』に売った魔道具を、再び帝国王女の手に返した。


「えっ……それは」


 アンナは手渡されたサインペンをまるで自分の物では無いようにぎこちなく扱った。


「自分のサインが――善意であれ悪意であれ―どのように世の中で扱われるか、

 あなたたちは、もう知らないでは済ませられない。

 だって、大人の力を借りなくてもここまで来ることができる王女様なんだから」


 リリアリアの王女はちょっと寂しげに二人の帝国王女に微笑んだ。


「まぁ、

 自分の振るまいが権力どろっどろったな連中にどのように思われるか、利用されるか、……逆に利用するか、

 そんなことを何時も考えなきゃいけないなんて、面倒な人生だけどね」


 エリザベートはどこか遠くを見ながらふぅーと息を吐いた。



「あっ」


 何かを思いついたかのようにノルンが口を挟んだ。


「……リズが言っていた『王国とか帝国の一大事』って、ひょっとして

 王国が帝国王女を誘拐した……と思われることか?

 そうなったら国際問題どころじゃ無いぞ」


「えっ」

「……!」


 彼の発言に帝国王女は虚をつかれたように驚いた。


「そう。帝国王女が無断で国交の無い他国に深夜バスで出奔したより

 王国が帝国王女を誘拐して自国に拉致するほうが

 話としてリアリティがあるでしょ?」


 リズは肩をすくめる。


「ご、ごめんなさいのじゃ」

「……ごめんなさい」


 帝国の双子王女はエリザベートにあわあわとしながら謝った。


「これに帝国王女の署名が登録されてるサインペンがリリアリア王国で流出、

 なんて加わったら王国による拉致誘拐と……乱暴まで確定路線だったかもね?」


 間一髪だったわ、と冷ややかな目と口元を歪ませながらエリザベートは続ける。


「すでに両国間で『無かったこと』には出来ないところまで行ってるんじゃないか?

 国交の無い国に王女が渡るなんて前代未聞のことだから帝国は色々動いているはずだし。

 ……あとで行政官に、何かつかんでないかストーンブリザード家の名前で聞いてみる」


 すっくとノルンが椅子から立ち上がる。


「行政官? あー、あの人。

 お願い、ノルン」


 手をひらひらと振るエリザベート。


「まかされた。 あ……そうだ」

「えっ?」


 ノルンはそこでくるんと身を翻し、二人の帝国王女の前に跪く。

 胸に手を置く騎士の正式な礼だ。

 その姿にアンナとエレナはびくりと反応する。


「私めは古よりリリアリア王国の国境を守護するストーンブリザード家の子、ノルンと申します。

 縁によりリリアリア王国第三王女エリザベートとは幼き頃より同じ釜の飯を食べた友。

 僭越ながら友に代わりヴァルガンド連合帝国王女様に申し上げたいことがございます。

 お許し願いますでしょうか?」


 その綺麗な所作に無意識にアンナとエレナは背筋を伸ばした。


「許す。

 申してみよ」


 アンナの口から多少上ずった幼い声が聞こえた。彼女はまだ子供なのだ。

 ノルンは顔をアンナの方に上げた。


「先ほど我が友エリザベートの口よりお二方に申し上げた数々の言葉、

 あれは我が友が、幼い頃より強く周りより聞かされ続けた言葉でございます。

 そのため……我が友は笑顔を忘れたことがありました。

 お二方にはそのようなことが無いよう、お願い申し上げる次第でございます」


「ちょ、ノルン……」


 エリザベートは少し困った顔をした。


「……それは、いわゆる『オンとオフの切り替えをしっかりせよ』ということか?

 メイドのリリアンがそういうことをよく言っておった」


 アンナとエレナは嬉しそうな笑顔でノルンに応えた。

 アンナの顔はエレナよりも多少高揚していて赤い。


「いかにも」


 ノルンは頭を下げていた。

 その姿をみて、……リリアン心配してるだろうな、とアンナはぽろりと呟く。そして大きく息を吐き出しもう一度背筋を伸ばした。


「うむ。

 ストーンブリザード家の子ノルン。そちの言葉はしかと受け取った」


 帝国の王女からはさきほどまでの強ばった表情は消えていた。



「ありがとうございます」


 ノルンはそう言い残し、この部屋から去った。

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