柊アカネは成長し、神条ルミナは成長しない(4/4)


 俺から槍を受け取ったアカネちゃんは元気を取り戻し、ゴブリンを探す。


「アカネちゃん、その槍、重くない?」

「いえ、大丈夫です!」


 そう…………

 返してくれそうにないな……


 俺は槍の返却を諦め、ゴブリンを探す。

 すると、ゴブリンを発見した。


「アカネちゃん」

「はい!」


 アカネちゃんは槍を構える。

 だが、まだ震えていた。

 それでもゆっくりと歩いていく。


 一歩、また一歩と亀のように歩いていく。


「アカネちゃん?」

「大丈夫です!」


 言葉の威勢はいいのだが、遅い……

 イライラ……


「無理なら辞めよう」

「大丈夫です!」


 でも、遅い。

 イラつくな。


「もう帰ろうよ。明日も付き合うから」

「大丈夫です!」

「なら、はよ行け!!」

「ぎゃん!」


 俺はアカネちゃんの背中を蹴とばした。


「痛いですー。ひどいですー」


 アカネちゃんは四つん這いで背中を抑える。


 あー……やってしまった……


 別に背中を蹴ったことではない。

 アカネちゃんは今日、短いスカートをはいている。

 そして、さっき漏らした。


 うーん、見てはいけないものを見てしまった…………


「あ! アカネちゃん、ぐずぐずしてる間にゴブリンが来たぞ!」

「センパイのせいでしょ! って、ホントだ!」


 アカネちゃんは慌てて立ち上がる。

 なお、その時にもスカートがひらっとし、アカネちゃんの可愛いお尻が見えた。


 濡れてるから嫌かもしれないけど、パンツは履いとけよなー。


 俺は呆れている間にもアカネちゃんは槍を構え、ゴブリンと対峙している。

 これまでのゴブリンは見つけるとすぐに襲ってきていたが、今回はアカネちゃんの槍を見て、慎重になっているようだ。


「アカネちゃん、焦るな。先に攻撃されろ。リーチは槍が上だし、ゴブリンはそんなに頭が良くないからすぐに襲ってくる。その時は隙だらけだから冷静に突け。力を入れなくてもその槍なら一撃だ」

「はい……!」


 まだ堅いな…………


「アカネちゃん、蹴ってゴメンね」

「今言う!?」

「でも、パンツは履けよ」

「コラー!! 見たなー!!」


 アカネちゃんが絶叫すると、ゴブリンはビクッとして、飛び出してきた。


「ほら、来たぞ」

「殺す!」


 ゴブリンをだよね?


 アカネちゃんは走ってくる小柄のゴブリンに狙いを定めるために、足を開き、腰を落とした。

 俺はそんなアカネちゃんを見て、しゃがみ、アカネちゃんのスカートを見る。


 うーん、あと少しなんだけどなー。


 俺はゴブリンとアカネちゃんの戦いは放っておいて、アカネちゃんのスカートと足を注視していた。

 しかし、すぐにスカートは見えなくなってしまった。

 アカネちゃんが大きく踏み込み、槍を前に出したのだ。


 俺はそのままの体勢でアカネちゃんが突きだした槍の先を見る。

 槍の穂先はゴブリンの胴体を貫いていた。

 ゴブリンは血を吐きだすと、ガクッと力が抜け、煙となって消える。

 その場には槍を突きだしたままのアカネちゃんと魔石のみが残されていた。


「はぁ、はぁ…………やった! センパイ、やりましたよ……って、何してんですか?」


 アカネちゃんは嬉しそうに俺の方を向くと、しゃがんでいる俺を不審そうに見ている。


「ちょっとねー」

「いや、私の雄姿を見てました?」

「見てたよ。スカートの中は見えなかったけど……」


 アカネちゃんは真顔で槍を構えた。


「PKは良くないぞ!」

「センパイが言うな!」


 ごもっとも。


「まあまあ、リラックスさせようとした配慮じゃん」

「方法がゲスいんですよ!」

「アカネちゃん、ゴブリンを殺した感想はどう?」


 俺がそれを聞くと、アカネちゃんは息を飲んだ。


「…………わかるんですか?」

「そらね。ゴブリンで躓くヤツの大半の原因はゴブリンが武器を持ってるからじゃない。人型を殺せないヤツだ。どう見ても人間ではないのに二足歩行のゴブリンを殺せない。よくいるよ」

「ですか…………ちなみに、センパイは?」

「PKしてた俺に聞く? 気にしたことねーわ」


 全部、瞬殺じゃ!


「…………思ったよりたいしたことなかったです。あ、こんなもんかーって感じです」

「でしょうね。だって、どう見てもモンスターじゃん」

「はい。これならやれそうです」


 アカネちゃんは槍を抱える。


 これは返してとは言えないなー。


「どうする? まだやる?」


 疲れたし、もう帰ろうよー。


「明日も付き合ってもらえますか?」

「いいけど、マジでデートにしようよー。ホノカとお姉ちゃんを誘ってカラオケに行こうよー」

「それデートです?」


 アカネちゃんが首を傾げた。


「お前とホノカがくっつく。俺とお姉ちゃんが2人で仲良くする。デートだね」

「お姉さんとデートしたいわけですか…………でも、残念ながらセンパイは明日もゴブリンとデートです」

「そこは私とデートですって言おうよ」

「嫌です! 変態シスコン野郎とデートしたくないです」


 言っておくが、漏らしたのもノーパンなのもお前だからな。

 変態はお前だろ…………って言ったら、ホノカとお姉ちゃんに告げ口されるんだろうなー。


「まあいいや。明日も付き合ってあげるよ」

「ありがとうございます。じゃあ、今日は帰りましょう」


 俺とアカネちゃんは帰還の魔方陣を使い、協会に帰還した。


 俺とアカネちゃんの初めてのダンジョン探索は終わりを告げたのであった。




 ◆◇◆




「どうだった?」


 協会に戻った俺達はマイちんの所に行き、成果を報告しようとしたらマイちんが先んじて聞いてくる。


「アカネちゃんがめっちゃ泣いてた」

「センパイにお嫁に行けないようなことをされました」


 俺とアカネちゃんが同時に答えた。


「ルミナ君……?」


 えー…………俺がアウトなのー?


「してないよー。アカネちゃんも嘘つくなよ。マイちんに嫌われたら責任取れんのか?」

「嫌われろ。マイさんにもお姉さんにも嫌われろ」

「マイちん、アカネちゃんね、さっきもらし――――」

「センパイ、大好きー!!」


 アカネちゃんが俺の腕に抱きついてきた。


「貴方達、本当に仲が良さそうね…………まあ、問題ないならならそれでいいわ」

「あ、マイちんって、明日もいるの?」

「私? 明日は休みだけど…………」


 えー……


「アカネちゃん、明日は中止ね」

「えー! 行くって約束したじゃないですかー!」

「だって、マイちんがいないんだもん。行く意味ないじゃん」

「センパイって、お姉さん然り、こういう人にものすごく執着しますよね」

「マイちん、優しいんだもん」


 最近、ちょっと小言が増えた気もするけどね。


「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、泣いてすがるのはやめてね」


 あー、この前、マイちんが辞めるとかほざいたやつね。

 絶対に許さんわ。


「センパイ、怖いなー。ほぼストーカーじゃないですか」

「全然、違うわ!」

「ストーカーは皆、そう言うんですよー。怖い、怖い」

「よーし! 殴っちゃうぞー」

「よしなさい…………ハァ、わかったから……明日も出るから」


 マイちんがため息をつく。


「アカネちゃん、明日もゴブリンデートをしてやろう」

「やったぁー」


 俺とアカネちゃんは手を合わせた。


「おのれら、演技かい…………まあ、いいか。代休を貯めて旅行にでも行こうかな」

「お、彼氏とですかー」

「アカネちゃんのバカ!」

「……貴方達、ちょっとこっちに来なさい!」


 俺とアカネちゃんは逃げ出そうとしたが、清算がまだだったので、すぐに受付に戻り、マイちんの愚痴を聞きながらドロップした魔石を提出した。


 魔石を提出した俺達はソファーに座り、清算を待っている。


「センパイ、今日は本当にありがとうございました」


 アカネちゃんが改めて、お礼を言ってきた。


「どうしたの?」

「いえ…………実を言うと、昨日、お兄さんに会った時、嫌だなーって思ったの」


 アカネちゃんは敬語キャラをやめた。


「ひで」

「ゴメンね。お兄さんが嫌いとかそういうのじゃなくて、お兄さんが川崎に行ってから会うことも減ったし、一緒に遊ぶこともなくなったから距離感がつかめなくて…………」

「まあねー」


 俺がまだ実家にいた頃はほぼ会っていたし、姉妹と一緒によく遊んでいた。

 でも、俺は実家を出て、川崎支部の寮に入ったのだ。


「だから昨日、お兄さんが以前と同じように話しかけてきた時、嬉しかった。お兄さんは変わらないんだなーって思うと、嬉しくてしょうがなかった。私は一人っ子だし、お兄さんやお姉さん、ホノカちゃんを本当に兄弟姉妹のように思ってたから。でも、私はお兄さんに何て声をかければいいかわからなかった。だから会いたくなかったの」

「ふーん」

「ふーんって……」

「いや、俺はそういう思春期的なものは小学4年生の時に終えてるから」

「早くない?」

「絶対に誰にも言うなよ。俺はその時にお姉ちゃんのことがガチで好きだったんだ…………」


 懐かしい思い出だぜ。


「マジ?」

「マジ。今はもう姉だけど」

「恋心はどこに行ったの?」

「お姉ちゃんのパンツを盗んで怒られた時に消え失せた。ああ、この人は姉なんだなーって」


 懐かしい思い出だぜ。


「思った以上にひどかった…………」

「まあ、そんなもんだよ。お前もいちいちそんなことを気にすんな」

「そうだね。お兄さんのダメエピソードが強烈すぎて、昨日の私の心情がはるか彼方に飛んでいったよ」


 もう戻ってくんなよ。

 どうせ、軽蔑になって帰ってくるんだろうから。


「お兄さん、これからも会ってくれる?」

「お前、普通に家に来るじゃん。ダメって言っても会うだろ」


 正月とか夏休みは入り浸ってるじゃん。


「そうだね…………そうだったね」

「ちゃんとセンパイと呼べよ。周りの友達に実は後輩に優しいと言いふらせよ」


 上級生はもう無理だろう。

 こうなったら何も知らない下級生の評価をあげようと思う。


「わかりました。センパイにはお世話になったので、私が良い噂を流しておきます!」


 おー!

 さすがはアカネちゃん!

 ええ子や!


「よろしくー」

「あ、センパイ、写真を撮りましょうよー」

「何で?」

「かわいい後輩が写真を撮ってって言ったら断ったらダメですよー。もし、将来、センパイが人気者になったら写真をねだられることになるかもですよ?」


 ないと思う。

 絶対にないと思う。


「まあいっかー」

「じゃあ、撮りますよー。あ、あとでちゃんと送ってあげますから」


 アカネちゃんは携帯を取り出すと、俺の腕に手を回し、腕を組む。


「はーい、撮りまーす。いえーい!」


 アカネちゃんは撮った写真を確認する。


「うーん、角度が悪いなー」


 角度とかどうでもよくね?

 ちゃんとかわいいよ?


「もう一回、行きますよー」


 アカネちゃんはそう言いながら腕を組み、携帯を構える。


「後でその写真を見返す時にアカネちゃんはノーパンなんだなーって思うと、ちょっと興奮するね」

「………………」


 アカネちゃんは無言で俺を睨みながら写真を撮った。

 そして、直後、グーで殴られた。




「――――という心温まるエピソードが詰まった写真なんだよ」


 俺は写真を見ながらシズルに素晴らしい思い出を語った。


 しゃべりながら思い出したのだが、アカネちゃんが同級生のカナタにも敬語なのは俺がそう言ったからだったわ。

 すっかり忘れてたね。


「どこが心温まるの!? 終始、アカネちゃんが可哀想でルミナ君がひどかったよ!」

「そっかー? 素晴らしい愛情の話だったろ」

「ルミナ君、愛情って知ってる?」


 知ってる。


「今思うと、俺が後輩から人気なのはアカネちゃんのおかげかねー」

「それもあると思うけど、鏡で自分の姿を見たら?」


 やっぱこっちだよね…………

 まさか、本当に後輩に写真をねだられる日が来るとは夢にも思わなかったなー。


 俺は写真をもう一度見た。

 アカネちゃんは笑顔から睨む顔に変わっている。


「こいつ、ノーパンなんだよな…………」


 でも、興奮はしねーな。

 隣にシズルがいるからだろう。

 これが本当の愛なんだろうね!


「…………ルミナ君、今日一日はその格好で過ごしてね」


 何故!?

 デキねーじゃん!


『相棒…………こいつ、ノーパンなんだよな、はない』


 あ、やべ。

 口に出てたわ…………





攻略のヒント


アカネ「センパイって、小学4年生の時にお姉さんのことがガチで好きだったんだってー」

ホノカ「知ってる」

ミサキ「パンツ盗んだ時点でね…………」

アカネ「だよねー」


『とある会話』より

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