第111話 俺がアイドルになったら売れると思う


 ミレイさんからの依頼内容はどうやらエクスプローラの指導のようだ。


「指導?」

「ええ」


 何か前もこんなのあったな。


「まさか、深層に行って、ポーション取って来いなんて言わねーよな」

「なにそれ? 普通に指導して欲しいだけよ」


 どうやらシズルのケースとは違うようだ。


「なんで?」

「順に説明するよ。私達って、エクスプローラアイドルをやってるんだけど、最近、その地位が危ないの」

「なんで?」

「エクスプローラアイドルと言えば、私達なんだけど、最近、他所の事務所でもエクスプローラアイドルを推しだしたんだよね」

「なんで?」

「無表情でなんでを繰り返さないでよ。ロボットみたい。えーっと、ほら、そこにいるRainさんがエクスプローラになったでしょ? その反響が大きくてねー。それを見た他事務所が売れると思ったみたい」

「そうなん?」


 俺は横を向き、シズルに聞く。


「あー、そういえば、事務所の人に歌手を辞めるのは承知したけど、代わりにエクスプローラアイドルをやらないかって言われたわね」


 なにそれ?

 聞いてない。


「やるん?」

「やんない。ってか、ルミナ君とセットらしい」


 俺?

 まあ、かわいいもんな。

 男だけど。


「俺、聞いてないけど」

「それについては、貴方に話が行く前に協会で拒否したわ」


 置物になっていたマイちんが話に入ってきた。


「え? 何で協会が勝手に決めるんだ?」


 俺の意思は?


「貴方を外に出せば、エクスプローラの信用、信頼が失墜するからよ」


 そこまで言う?


「俺の人権はないの?」


 基本的人権の侵害だぞ!

 基本的人権がなんなのか、全然知らないけどな!


「貴方、アイドルをやりたいの?」

「いや、やんねーけど」

「じゃあ、いいじゃない。先に言っておくけど、貴方が協会を無視して、テレビや動画サイトに出れば、協会は貴方の免許を取り消し、永久的に追放するわよ。これはかなり上の人間まで話が通っているから確実ね」


 マジ?


「そこまでするの? ひでー」

「自分の胸に手を当ててみなさい」


 俺はマイちんに言われた通り、手を胸に当てる。


 ふむ、マイちんより大きいな。


「協会って、俺のことをそんなに嫌ってんの?」

「貴方は優秀なエクスプローラよ。優秀すぎるくらいね。だから、これまで貴方が何をしようが、免許を取り消されてこなかったのよ。これは貴方だけじゃなくて、他の人達もね」

「マジかー。その他の人達の中にはユリコは絶対に入ってるんだろうなー」

「もちろんよ。他にも、この東京本部で言えば、≪モンコン≫、≪教授≫、クーフーリンなんかもね」


 俺の知り合いばっかじゃん。


 協会の指示を無視しまくり、他人の誹謗中傷を喚き散らす≪モンコン≫ことはるちゃん。

 世界の嫌われ者の≪教授≫

 チンピラテンプレートのクーフーリン。


 うん、ロクなのがいねーな。


「ふーん。まあいいや。テレビとかアイドルに興味ねーし。で? 話が逸れたけど、エクスプローラアイドルが増えてきて、なんか問題あんのか?」


 俺は話の軌道を修正する。


「ほら、私達の売りって、エクスプローラとして活躍するアイドルじゃない? そのアドバンテージがなくなりそうなの」


 あんたらって、活躍してんの?


「ミレイさんはCランクじゃん。高ランクだし、それだけでアドバンテージだと思うけど」

「実は他事務所で新しくデビューした子がかなり優秀みたいでね。私はともかく、他の子は抜かれるのも時間の問題っぽい」


 ほーん。

 まあ、≪ダンジョン攻略し隊≫は売れないアイドルだったこの人達が免許を取ってエクスプローラになっている。

 一方で他事務所は優秀そうなエクスプローラをスカウトすればいいもんな。


「それで俺の指導を受けたいのね。マジな話、≪正義の剣≫か≪ヴァルキリーズ≫に頼めよ。学生の俺より、あいつらの方が時間もあるし、ノウハウも詳しいだろ」


 俺は後輩指導に定評があるが、そんなのは個人レベルだ。

 ガチの指導ならクランの方が良いに決まっている。


「実はその2つのクランに依頼したんだけど、断られちゃったんだ」

「珍しいな。≪正義の剣≫はそういう慈善事業が大好きだし、≪ヴァルキリーズ≫は女エクスプローラの頼みは断らないだろ」

「私もその認識だったんだけどね。どうも、ここ最近、事情が変わったらしいの」


 ふーん。

 嫌な予感がする。


 俺のスキルである≪冷静≫が仕事をしだした。


「≪正義の剣≫はどこぞのクソガキが煽りまくったから、ダンジョン攻略に力を入れたいみたいで、はなからクランに入る気のない私達の指導をする気はないみたい」


 俺はスッと目線を逸らす。


「噂だろ」

「≪正義の剣≫の人にハッキリ言われたわ。あのクソガキを見返すのに忙しいって」

「そ、そっかー。じゃあ、仕方がないねー。≪ヴァルキリーズ≫は?」

「≪ヴァルキリーズ≫は…………言ってもいいですか?」


 ミレイさんは何かをマイちんに確認する。


 なに、なに?

 気になる。


「どうぞ。ルミナ君はどうせ近いうちに知ることになるだろうし、構いません」


 思わせぶりなことを言ってんなー。


 …………嫌な予感がする。


 今日は≪冷静≫がよく仕事をするわ。


「ユリコさんがこの東京本部に戻ってくるの。≪ヴァルキリーズ≫はその対応に追われて、暇はないそう」


 …………ついに来たか。

 いつかは舞い戻ってくるとは思ってたけど、予想よりもだいぶ早い。


「出禁は?」

「ユリコさんは名古屋支部でスタンピードが起きた時に出動する条件で出禁を解くように言ったの」

「協会はそれを受けたのか」


 バカじゃね?


「もちろん拒否したらしい。それでも食い下がるから、スタンピードを止めたらという条件で許可したみたい。そうしたら、ユリコさんは本当に…………」


 止めたのね。


「協会ってバカなん? ユリコの実力を知らないわけじゃないだろうに」

「名古屋支部には高ランクが少なかったから、人海戦術で時間稼ぎをして、援軍を待つ予定だったみたい。なのに、ユリコさんはその作戦を無視して、ダンジョンに突っ込んでいったらしい……」


 恐ろしい執念だ。

 さすがはクレイジーサイコレズ。

 やることなすこと、常人とは違う。


「なるほどね。それで≪ヴァルキリーズ≫は対策を練っているわけか…………」


 頑張れ、ショウコ!

 生贄になれ、サエコ!


「だから、他に指導を頼めそうな人がルミナ君しかいないのよ」

「事情は分かった。先に言っとくが、俺が指導したからと言って、伸びるかどうかはわからんぞ」

「あなたはRainさんを指導した実績があるじゃない」


 シズルは元々、才能があっただけだ。

 俺が指導しなくても、勝手に伸びただろう。


「俺はお前らと一緒にダンジョンに行ったことないし、どんな感じなのかもわからん。保証はできねーぞ」

「それでもいい」


 ねばるな―。

 断りたいんだけど……

 まあ、こいつらにとっては死活問題なんだろうなー。


「仲間と相談するから、ちょっと待ってろ。お前ら、一回、外に出るぞ」


 俺は仲間を連れだって、応接室から出る。



「今からお前らの意見を聞くが、先に言っておく。俺は断ろうと思う」

「え!? 断るんですか?」


 俺が自分の意見を言うと、アカネちゃんが反応した。


「神条、何でだ?」


 瀬能も俺が断ろうとしているのが意外だったようで理由を聞いてくる。


「あの依頼を終えるのに、どれくらい時間がかかると思う? あいつらは≪魔女の森≫には入らないし、指導中は俺達のダンジョン攻略も停滞する。やる価値あるか?」

「それはそうだけど、ルミナ君は私を指導してくれたじゃない」


 元とはいえ同じ芸能人であったシズルも反応する。


「あの時はポーションの件もあったし、お前が新人だったからだ。本来の指導は、2、3階層くらいまでで、大体、2、3日で終わる。それでも続けたのはパーティーを組んだからだよ。あいつらは新人じゃないし、一体、どこまで付き合えばいいんだ? 少なくとも、ミレイさんはお前らより格上のCランクなんだぞ? そんなヤツらに指導する時間があるのなら俺はお前達を優先したい」


 なんで自分の仲間を放っておいて、仲間より格上のヤツを指導せにゃならんのだ。


「ちーちゃんはどう思う?」


 おそらく、俺を擁護してくれるだろうちーちゃんに意見を聞いてみる。


「あたしもルミナちゃんの意見に賛成だね。余裕があるクランならともかく、学生のあたしらにそんな遊んでいる時間はないよ。あと、これはルミナちゃんに来た依頼だから最終的に決めるのはあんただ。でも、あんたはこのパーティーのリーダーであることを忘れないでね」

「わかってる。お前はどう思う、副リーダー」


 次に、シズルにも意見を聞いてみる。


「私は条件付きなら受けても良いと思う」

「条件って?」

「私達には学校があるし、このパーティーでの活動もある。でも、それ以外の空いた時間ならやってもいいんじゃない? ルミナ君の体力や都合にもよるけど」


 ふむふむ。

 なるほどね。

 こいつ、頭いいな。


「瀬能は?」

「ボクも条件付きかな。あまり時間をかけないようならやっても良いんじゃないか? レベルがいくつ上がったらとか、何階層まで到達したらとかね」


 ほうほう。

 こいつも頭いいな。


「カナタは?」

「僕は反対ですね」


 おや、意外。


「なんで?」

「神条さんって、男に戻りたいんですよね? だったら、早めにダンジョン攻略を進めたほうがいいじゃないですか?」

「確かに」


 そのことを完全に忘れてたわ。


「アカネちゃんは?」


 一応、聞いとくか。

 聞かないと、うるさいし。


「私はどっちでもいいです。センパイに従いますんで。ただ、受けるのなら、センパイが現在、評判最悪な状態であることを承知してもらった方がいいですよ。ほら、スキャンダルとかあるじゃないですか」


 あー、そっち方面もあるのか。

 特に俺は以前の自動販売機事件で週刊誌やネットを賑わせたからなー。


「意見は半々か……シロ」


 俺がシロを呼ぶと、シロが俺の服の中からニョロニョロと出てくる。


「一回、ダンジョンに行ってみればいいんじゃね? その感じで、どこまでならやってもいいか決めろよ」

「それもそうだな。じゃあ、そうするか。お前らもそれでいいか?」

「いいんじゃない?」

「まあ、妥協点を見つける感じで良いと思う」

「ですねー」

「神条さんがそれでいいのならいいです」

「好きにしな。あたしは問答無用で断った方が良いと思うけどねー」


 若干1名、辛辣な女がいるが、概ね、賛成のようだ。


「まあ、どちらにせよ、うちのパーティーが優先だ。そのつもりで詳しく話を聞いてみる」


 俺達はそう結論付けて、再び、応接室に戻る。


「ミレイさん、あんたらのパーティーのステータスを教えてくれ」


 まずはこの人達の実力から知ろうかね。

 

「ええ、どうぞ」


 ミレイさんはそう言って空間魔法を使って、書類を取り出す。


 準備が良いことで。


 俺はミレイさんから≪ダンジョン攻略し隊≫のメンバーのステータスを見る。




----------------------

名前 上野ミレイ

レベル18

ジョブ ランサー

スキル

 ≪回復魔法lv2≫

 ≪身体能力向上lv3≫

 ≪怪力lv2≫

 ≪索敵lv1≫

 ≪罠回避lv1≫

 ≪冷静lv1≫

 ≪疾走lv1≫

 ≪空間魔法lv2≫

----------------------




 ミレイさんは万能型かー。


 その後も他のメンバーのステータスを見ていくが、ミレイさんほどレベルは高くないが、皆、万能型だ。

 別に悪いことじゃないのだが、こうなると、俺が教えられることはあまりなかったりする。


「どうかな?」


 ミレイさんが上目遣いで聞いてくる。


 アイドルらしく、かわいらしい表情だが、俺にはあまり効果がない。

 

 理由?

 フフフ、それは俺がリア充だから!


「一つ聞いていい? 皆、万能型なのはなんで?」

「パーティーだし、特化型が良いのは私もわかってる。でも、私達は事務所に所属するアイドルなの。≪ダンジョン攻略し隊≫が今のメンバーのままとは限らないから……」


 なるほど。

 メンバーの脱退も考慮しているのか。

 じゃあ、しゃーない……


「あのさ、俺に何を指導してほしいの?」

「正直に言うと、華ね」


 華?

 何を言ってんだ、こいつ?


「イミフなんだけど」

「私達のステータスを見て、どう思った? 地味じゃない?」

「そりゃあ、万能型だし、華はねーな」

「私達は第3世代のエクスプローラなの。私達、第3世代はね、第2世代のようにはならないようにと教育されてる。でも、それと同時に、あなた達にコンプレックスがあるの」


 あー、そういえば、学校の授業でもそんな話があったな。

 秩序がどうとか、真面目さがどうとかって。

 まあ、先生も目の前に第2世代代表みたいなのが座っているからやりづらそうではあったけど。


「コンプレックスって?」

「あなた達は良くも悪くも、いつも話題の中心でしょ。掲示板なんかすごいわよ」


 まあ、それは知ってる。

 ほとんど悪口だけど。


「俺やクーフーリン、はるちゃんなんかはめっちゃ叩かれてるぞ?」

「あきちゃんね。それでも、あなた達はそれ以上に評価されてる。あなたはもちろんのこと、他の人達も実力はあるし、派手だもん」


 あきちゃんはチビのくせに、オーガを殴り飛ばすファイター。

 クーフーリンはソロでBランクになった男。

 他にもサエコ、ショウコ、ユリコ。


 確かに派手だな。


「何? 俺らみたいになりたいの? 今から?」


 あんた、レベル18だろ。


「それは私もわかってる。でも、このままだとマズいのよ」

「なんで?」

「さっき、他事務所の新人の話をしたでしょ? その子のジョブは≪踊り子≫なの」


 あちゃー。

 そりゃあ、目立つし、人気が出るわ。

 しかも、ユリコが証明しているように実力はピカイチだ。


「…………あきらめろ」

「え!? そこをなんとか……」


 ≪踊り子≫はなりたがるヤツは少ないが、アイドルなんかにはピッタリだ。

 しかも、有用でエクスプローラとして、上まで行ける。


 ミレイさんには悪いけど、勝ち目はないような……


「逆に清純派で売ったら?」

「エクスプローラアイドル自体がイロモノなのよ? ある程度はそういうえっちさも必要なの!」

「じゃあ、脱ぐか、AVにでも行けば?」


 買うぞ?


「え? 殴っていいの?」


 ミレイさんは笑顔で拳を握りしめる。


「悪い、冗談だ。だったら、その子と勝負でもすれば? 早いうちに叩き潰せよ。今ならミレイさんの方が実力は上だし、そういう将来の障害になりそうなのは早めに処分しちまえ」

「えーと、具体的には?」

「ダンジョンで殺して、心を折れ」


 大人の汚さをみせてやれ。


「ルミナ君、≪レッド≫に戻りたいの?」


 マイちんが般若の顔で淡々と言う。


 ひえー。


「ま、まあ、冗談だけどね」

「これが第2世代かー。きついなー」


 やばい、やばい。

 今日から俺は生まれ変わったのだ。

 真面目にいこう。


「まあ、ミレイさんの考えはわかった。とりあえず、他のメンバーも入れて、一回ダンジョンに行ってみようよ。それを見て、俺がどこまで力を貸せるかを判断するわ」

「わかったわ。明日でもいい?」

「いいけど、学校があるから放課後ね」

「うん。それと、他のメンバーも連れてきてもらえないかな?」

「こいつら? 何で?」


 学生だし、ミレイさんよりレベルは下だよ?


「≪魔女の森≫は期待されてるパーティーだからね。どんな感じなのかを知りたいの」


 俺らって、期待されてんの?

 学生だぞ?


「そうなの?」


 俺はマイちんに聞いてみる。


「貴方たちはスタンピードを止めたからね。そりゃあ、期待されるわよ。誰かさんのせいで、評判は悪いけど」


 お前ら、ゴメンなぁ……

 ルミナちゃん、反省!


「明日だけど、いいか?」


 俺は仲間達に確認する。


「私は大丈夫」

「あたしも」

「ボクもいいよ」

「私もですー。サイン貰おうっと」

「僕も大丈夫です」


 皆、大丈夫みたいだ。


「だってさ。じゃあ、明日、同じ時間にここに来ればいいか?」

「うん。お願い」


 ミレイさんはそう言うと、立ち上がり、帰っていった。

 これからアイドルの仕事があるらしい。


 大変だねー。





攻略のヒント

 ≪魔女の森≫は≪陥陣営≫こと神条ルミナが率いる学生のパーティーである。

 彼(?)らは学生であるため、詳細は不明であるが、スタンピードを止めるなど、実力は高いと思われる。

 特に≪陥陣営≫は以前より実力を評価されており、若い彼(?)らは今後に期待が大きく持てるだろう。

 ただし、本誌では詳細を書けないが、なるべく近づかないことをおすすめする。


『週刊エクスプローラ 学生パーティー≪魔女の森≫特集』より

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