第090話 まともな人ほど悩むのよって、母親に言われた……どういう意味?


 ダンジョンから帰還し、揉め事にまきこまれた俺だったが、クーフーリンにとっても良いことを言い、場を納めることが出来た。

 そして、俺達は本部長に話があると言われたため、本部長室にやってきた。


「まずは、ダンジョン探索、お疲れ様」


 本部長は俺達を高級ソファーに座らせると、労いの言葉を言ってくる。

 

「ああ、ゾンビがいないから楽勝だ」

「あの依頼については本当にすまん。お前と江崎には悪いことをした」


 本当だよ!

 

「先に言っておくが、俺は二度とゾンビの依頼は受けないからな!」

「わかっている。最初は大袈裟だなと思っていたが、江崎の様子を見て、反省した。若いお前らに任せる仕事ではなかったな」


 ハヤト君はゾンビのせいで、記憶を失くしたのだ。

 そして、俺は完全にトラウマである。

 家にあった某ゾンビゲームを捨てたくらいだ。


「そうしてくれ。それで? 何を聞きたいんだ?」

「先ほども言ったが、20階層までの様子はどうだった?」

「いや、特に普通だったと思うぞ。なあ?」


 俺は隣に座っているシズルに話を振る。


「ええ、少なくとも、15階層までは変わった所はなかったです。それ以降は初めて行ったのでわかりませんが」

「そうか…………ひとまずは安心だな」

「いや、お前らも調査したんだろ?」

「一応な。だが、超特急だったし、漏れがないか心配なのだ」


 そういうことは早く言えよ!

 あぶねーな。


「俺らは学生だぞ」

「すまん。お前がいれば、問題ないと思ったのだ。何せ、お前は強いし、判断能力も優れている」


 ほ、ほう…………


「まあな!」

「嬉しそうだねえ」


 本部長って、すげー見る目があるな!


「それで、これから≪竜殺し≫が21階層を調査か?」

「そうなる。オートマッピングを持っているヤツは少ないから、札幌支部に無理を言って、来てもらったのだ」


 空間魔法はレベル2の早着替えまでしか有用なスキルはないため、それ以降を持っているエクスプローラは少ない。

 空間魔法レベル3以上を持っているのは生贄世代と呼ばれる第一世代のエクスプローラだけだ。


「早くしてくれ。俺達は地図待ちだ」


 地図がなくても、行けないことはないが、俺以外の仲間は適正レベルを大幅に越えている。

 最低でも、罠の位置は知っておきたい。


「お前も調査の依頼を受けるつもりはないか? お前もローグ系のスキルは持っているだろう?」

「パス! 調査の仕事はつまらんし、≪竜殺し≫と組むなんてゴメンだ。ってか、俺達は文化祭の準備で忙しいんだ」


 俺の仕事はオーク肉集めだが、設営の準備なんかは手伝うつもりだ。

 クラスにある程度は貢献しないと、馴染めなくなってしまう。

 俺はそういうのが苦手だが、シズルの後ろについていれば問題ない。


「そうか…………もうそんな時期なんだな」


 本部長は部屋の壁にかけられているカレンダーを見ながら哀愁が漂っている。

 

 歳を取ると、季節感がなくなるもんなのかね?

 

「お前も来れば? ウチのクラスはオーク肉の焼きそばだぞ」


 売上に貢献しろ!


「行けたら行くよ…………忙しくて行けそうもないがな」


 よく見ると、本部長が痩せている気がするし、疲れが見える。

 

「どうしたん? そんなに忙しいのか?」


 スタンピードのせいかね?


「誰にも言うなよ。もし、スタンピードが日本で発生すると、非常にまずいのだ。何故だかわかるか?」


 え?

 えーっと…………


「自衛隊にエクスプローラがいないからだね」


 俺が悩んでいると、ちーちゃんが答えた。


「そうだ。もし、スタンピードが起きたら、それを止める人間がいないんだ」

「その辺のエクスプローラにやらせろよ」


 俺はやんねーけど。

 

「無理だ。エクスプローラは民間人だから、そこまで強制はできん。ましてや、ダンジョン外だぞ?」


 ダンジョン内であれば、死んでもパーティーが全滅しなければ、復活できる。

 しかし、ダンジョン外では普通に死ぬのか。


「普通なら逃げるな」

「そういうことだ」


 俺達がモンスターと渡り合えるのは、死なないという保険があるからだ。

 もし、普通に死ぬのなら、死の恐怖で、今のような実力は出せないだろう。


「何で自衛隊にエクスプローラがいねーんだ? アメリカは軍のエクスプローラがスタンピードを抑えたんだろ?」


 日本でも同じことをすればいいじゃん。


「日本の自衛隊は軍隊ではないし、市民団体がうるさいんだ。自衛隊が武器を持つことにも反対しているのに、スキルを持つなんて批判されるに決まっている。だから、≪竜殺し≫は自衛隊を辞めて民間のエクスプローラになったのだ」


 よくわからん。

 そんなヤツら、無視すればいいじゃん。

 

「でも、スタンピードは起きるんだろ?」

「ああ、だから、政府や協会は大忙しだ。例え、今の政権が倒れたとしても、自衛隊をエクスプローラにしなければならない。これは決定事項だ。絶対に言うなよ」


 大人って、大変なんだなー。

 

「よくわからんが、わかった。頑張ってくれ」

「ああ、お前とあの白蛇のおかげで大分、上手く進んでいる」

「そうか、そうか。Bランクも近いな」


 やったぜー!

 

「いや、それについては俺は知らん。桂木に頼め」


 ダメだ…………

 何故かマイちんは俺をBには上げてくれないのだ。


「もし、今、スタンピードが起きたらどうするんです?」


 ちーちゃんが本部長に尋ねる。


「…………エクスプローラに頼るか、自衛隊に頑張ってもらうしかない」

「それって、上手くいくと思ってます?」

「Aランクのエクスプローラには了承を得ている。問題は神条達の世代だ。こいつらは絶対に動かない」


 悪意があるな。

 多分、合ってるけど。


「ダメじゃん」

「だから、何とかダンジョン内で食い止めてほしいんだ」


 思ったより、深刻なんだな。


「俺達だって、やれることはやるつもりだ。一応、そういう話し合いもしてる」

「頼む」


 本部長は俺達に頭を下げた。




 ◆◇◆




 俺達は本部長室を後にし、ロビーで受付の順番待ちをしている。


「かなり危ない状況なんだな」


 先ほど、本部長の言っていた政治の話はよくわからないが、本部長の様子から判断して、悪い状況なのはわかった。

 

「多分だけど、本部長はあんたに期待してるんだよ」

「期待? 第二世代には、まったく期待してなさそうだったぞ」

「あんたはこの春から、かなり協会に貢献しているからだろ」


 春にシズルの母親を助け、女になった。

 そして、暴行事件を解決し、レッドオーガを倒した。

 この前は名古屋のニュウドウ迷宮でスタンピードを防いだ。


「俺って、正義のヒーローじゃない?」

「結果的にはね。動機が不純だけど」


 シズルの母親はシズルが欲しかったから。

 暴行事件はちーちゃんを仲間にしたかった。

 レッドオーガは姉と妹を傷つけたから。

 ニュウドウ迷宮は安眠枕が欲しかったから。


 うん。

 自分のためだ。


「結果オーライという便利な言葉がある」

「まあ、悪いことじゃないしね」


 そうだ、そうだ!


「なあ、神条、君のことはともかく、第二世代って、そんなに期待できないのか?」


 これまで黙っていた瀬能が聞いてくる。


「無理だろうな。自分に火の粉が振りかかってきたら払うだろうが、そうじゃなかったら何もしないと思う。自分の興味があることじゃないと動かない連中だ」


 Aランクになりたいサエコは知らんが、ショウコは動かないだろう。

 クーフーリンもハヤト君次第だろうが、動かない。

 ユリコにいたっては論外だ。

 他にも春子だったか、秋子だったか、忘れたけど、あのモンスターマニアも動かない。


「本当に第二世代は噂通りなんだな」

「俺達の時は協会も今ほど協力的じゃなかったし、競争も激しかったんだ。だから個人主義に走った」


 それが俺もやっていたPKの原因だ。

 さすがに行きすぎたと反省はしている。


「実力はあるのに、ランクが低いのはそのせいか」

「まあ、報酬次第だろうな。そこは本部長の仕事だ」

「君はどうするんだ?」

「ここは学園の近くだぞ。学園には友人もいるし、何よりお姉ちゃんとホノカがいる。他人事じゃねーよ」


 逆に言えば、東京本部じゃなかったら動かない。


「そうか……一応、言っておくが、ボクの実家はここの近くなんだ。もし、ロクロ迷宮でスタンピードが起きたらボクは動く」

「ふーん、その時は手伝ってやるよ」

「ありがとう」


 瀬能は頭を下げ、お礼を言った。


 まあ、本部長が言った通り、ダンジョン内でスタンピードを食い止めることが第一だな。

 

 俺は無茶をする気はないが、出来ることはやろうと思った。


 その後、マイちんの所に行き、今回のダンジョン探索の成果を報告した。

 

 そして、帰ってきたDカードは赤でも黄でもなく、白だった。

 




攻略のヒント

 スタンピードの発生を懸念し、自衛隊員をエクスプローラにすることを決定する。

 早ければ、来月から試験的に一部の自衛官を協会に派遣したい。

『内部文書 内閣総理大臣→防衛大臣』より

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