第088話 忍法


 17階層を楽に突破した俺達は泊まる予定地である18階層にやってきた。


「今、何時だ?」


 俺は隣にいるシズルに時間を聞く。


「3時過ぎ。ちょっと早いね」


 4時半くらいに着く予定だったが、ここまで順調すぎたため、思ったよりもかなり早く到着してしまった。


「ちーちゃん、宿泊予定地は?」

「ここから探索しても、30分もかからないよ」

「そんなに近いのか?」

「本当ならもっとかかるけど、あんたがあばれ牛を瞬殺するからすぐだよ」


 ふっふっふ。

 強すぎるのも問題だなー!


「ここもあばれ牛なん?」

「出てくるモンスターは17階層と一緒。あばれ牛の頻度が上がるくらいだね。ついでに言うと、19階層はあばれ牛しか出ない」


 じゃあ、楽勝だ。


「どうするの? 体力的にも大丈夫だけど」


 シズルが聞いてくる。

 

「うーん…………どうしよう」


 ぶっちゃけた話、このまま20階層まで行けそうな気がする。

 せっかく、準備したんだけどなー。


「練習と割りきって、泊まる選択もあるよ? 私達って、低階層でしか泊まってないし」


 まあ、それを言うとそうなのだが、あばれ牛が小部屋の扉を開けるだろうか?

 手じゃなくて、前足なんだぞ。


「多数決を取ろう。泊まりたい人ー?」


 シーン…………


 俺は泊まりたいと思う人に手を上げるように促すが、誰も手を上げない。


「…………だろうな。じゃあ、このまま20階層に行って、ミノタウロスを瞬殺して、帰ろう」


 俺達はこのまま20階層を目指すことにし、18階層の探索を開始した。


 18階層はちーちゃんは言うように、あばれ牛がほとんどであった。

 あばれ牛が相手なら何匹出てこようと俺の相手ではない。

 たまに出てくるゴブリンも、弓を持っているとはいえ、所詮、ゴブリンだ。


 俺達は何の苦労もなく、18階層を突破した。


 そして、19階層では、あばれ牛しか出ないため、もっと楽だった。

 あばれ牛を俺が中心となって倒し、探索をしていくと、まだ、夕方の5時にもなっていないのに、20階層への階段の前に到着してしまった。


「着いたね」


 シズルが20階層への階段を見ながら言う。


「ああ」

「20階層はミノタウロスだったよね?」

「だな。ちーちゃん、お供はいるのか?」


 10階層のボスであるレッドゴブリンはお供にゴブリン軍団を連れていた。

 20階層のミノタウロスにお供がいるならあばれ牛だろう。


「いないよ。広い空間にミノタウロスが1匹いるだけ」

「ふーん」


 ますます負ける要素がないな。


「ルミナ君が倒すの?」


 まあ、それが確実だが…………


「お前、やるか?」

「私? 無理じゃない?」


 俺はミノタウロスをシズルに任せようと考えたのだ。


「いや、雷迅でマヒさせて、風迅で倒せば?」


 雷迅が効くかは知らないけど、試してみてもいい。

 効かないなら効かないで、俺が倒せばいいことだ。


「うーん、大丈夫かな?」

「試すだけやってみろよ。ってか、俺、お前の風迅を見たことがない」


 すごい威力の竜巻とは聞いたが、見たことはないのだ。


「じゃあ、やってみるよ」

「そうしろ。危なくなったら、俺がデストロイヤーを放ってやる。それで終わりだから」


 ミノタウロスはでかくて、力があるが、遅い。

 俺にしたらいい的である。


「わかった。お願い」


 俺達はひとまずシズルにミノタウロスを任せることに決め、20階層への階段を降りていった。


 20階層に着くと、そこは闘技場を彷彿とさせる空間だった。

 円形状の広い部屋であり、中央にはタイルが敷き詰められた四角いリングがある。

 そして、リングの中央には体長5mはある巨大な青い牛が仁王立ちしていた。

 足元には俺のハルバードよりも大きい斧が落ちている。


「東京本部では、ここが学生の限界と言われてる」


 この光景を見ていた瀬能がつぶやいた。


「そうなん?」

「これまでの学生の最高到達階層がここだよ。ミノタウロスを倒せた学生はいない。もちろん、君は例外だよ」


 俺は川崎支部のダイダラ迷宮でミノタウロスを倒したことがある。

 瞬殺だったため、特に思い入れもない。


「ボクが高等部に上がった時の目標がここだ。まさか、こんなに早く来るとは思わなかったな」

「低い目標だなー」


 そんな感慨深くなるなよ。


「君からしたら、そうだろうな」

「いやいや、ミノタウロスの攻略法は確立されているんだぜ? 逃げながら魔法を放つ。これだけ」

「簡単に言うな」

「ミノタウロスは攻撃のモーションがでかいんだ。俺やお前でも躱せるぞ。多分、ちーちゃんでも大丈夫」


 多分ね…………

 いや、カナタやアカネちゃんはともかく、ちーちゃんは無理かも…………


「ボクにもできるのか?」

「余裕、余裕。まあ、お前は魔法が使えないから、どっちみち、倒せないけど」

「そりゃそうだ」


 瀬能は笑った。


「何だったら、お前が挑んでみるか? 死ぬかもしれんが、どうせ、すぐに帰るし」


 死に戻りワープと呼ばれる技術だ。

 本当は死んだことの言い訳だが、こう言うと、プロフェッショナルっぽく聞こえる。


「嫌だよ。ボクも死んだことはあるけど、あんなの何度も味わいたくない」


 だよね。

 俺もこの前、レッドオーガ相手に死んだが、最悪な気分だった。


「シズル、行けるか?」

「多分ね」

「お前は速いし、雷迅が効かなくても問題ない。落ち着いて、隙を探せ」

「わかった」


 そういえば、シズルはまだ死んだことがない。

 一度、死んでおくといいのだが、シズルが死ぬところを見たくはない。


「リングに上がれば、戦闘開始と見た」


 俺の肩にいるシロが部屋の中央にあるリングを見て、推察する。


「俺もそう思う」


 俺はちーちゃんを見る。


「合ってるよ。あのリングに上がれば、戦いが始まる。戦いが始まったら、リングから出ても、襲ってくるからね」

「ここから魔法で攻撃したら、どうなるの?」


 ここから魔法でなぶり殺せば、楽じゃん。


「攻撃したら襲ってくるよ。当たり前だろ」


 そりゃそうだ。


「どっちみち先手は取れるわけだ」


 もし、シズルの雷迅が効いたら完封できるぞ。


「まあ、そうだね」

「よし、シズル、自分のタイミングで行け。ちーちゃんは俺から離れるな。お前らは適当に逃げろ。余裕があったら攻撃してもいいぞ。ただし、シズルの風迅に巻き込まれないようにな」


 他のヤツらはともかく、ちーちゃんは怪しいので、俺の後ろにいさせよう。


 俺が方針を告げると。シズルはリングに向かって歩き出した。

 瀬能とカナタも左右に散っていく。


「お前は?」


 俺は後ろを振り向き、俺の後ろから一歩も動かないアカネちゃんに聞く。


「シズル先輩の邪魔しちゃ悪いですし」

「………………」


 まあ、いいか。

 ヒーラーだし。


「そこから動くなよ。下手に動くと、庇えないからな」

「はーい」

「よろしく」


 俺達はここで戦況を見てることにした。


 シズルはリングに向かって歩いていたが、リングの手前で止まった。

 そして、何度か深呼吸をすると、リングへと上がる。


 シズルがリングに上がると、これまでピクリともしなかったミノタウロスが落ちていた斧を拾った。


 そして…………


「ブモォォォーー!!」


 凄まじい声量のおたけびをあげる。


「うっせー」

「ひええ……」


 俺が顔をしかめていると、後ろから情けない悲鳴が聞こえてきた。

 後ろを見ると、そこにはちーちゃんの腕にしがみついたへっぴり腰のアカネちゃんがいた。


 やっぱりアカネちゃんに≪度胸≫のスキルを取らせようかな?


 俺はそんなアカネちゃんに呆れつつも、前を向く。


 リングに上がったシズルは腰を落とし、いつもの忍法スタイルで構えている。

 おたけびをあげたミノタウロスは斧を頭上に構えた。


 そして、ミノタウロスは斧を構えたまま、シズルに突撃をする。


「雷迅!!」


 それと同時に、シズルが雷迅を放った。

 シズルが雷迅を放つが、特に何も起きない。


 そうしている内に、ミノタウロスがシズルに近づき、斧を振り下ろした。


 しかし、たいして速くもないうえ、見え見えの振り下ろしなど、俺のシズルには当たらない。

 シズルは余裕をもってミノタウロスの攻撃を躱した。


 攻撃を躱されたミノタウロスは再度、斧を振り上げる。


「効かなかったかー…………ん?」


 斧を振り上げたミノタウロスだったが、そこで停止してしまった。


「あれ? 効いてんのかな?」

「じゃない? 動かなくなったし」


 俺は後ろを振り向き、ちーちゃんと顔を見合わせる。


 俺は再び、前を向くと、シズルがミノタウロスから距離を置いていた。


「お! 風迅かな?」


 ミノタウロスから距離を置いたシズルは先ほどと同様に、腰を落とし、忍法スタイルに構えた。


「風迅の術!!」


 シズルが風迅の術を放つと、ミノタウロスの足元から小さな風が巻き起こった。


 俺はそれを見てショボいなーと思ったが、直後、その小さな風が一気に竜巻となり、ミノタウロスを襲った。

 その威力は凄まじく、遠くにいる俺達の所にも強風が届いているくらいだ。


「うひょー、涼しいー」

「ルミナちゃん、髪が邪魔」


 今、俺の髪が舞い上がっている。

 後ろにいるちーちゃんからしたら邪魔だろう。


「いやー、すげーなー。あれ? ミノタウロスは?」


 竜巻の中心には何もいない。

 吹き飛んだか?


「とっくに死んだよ」


 俺が舞い上がる自分の髪を見ていた隙に、ミノタウロスは死んだらしい。


「すげー威力。俺のラブリーストリームなんか目じゃないねー」

「広い所で使わないと、巻き込まれるけどね」


 そういうところは俺のヘルパンプキンに似てるな。


「勝ったよー」


 シズルがドロップアイテムである宝石を持って、こちらに戻ってきた。


「すごかったな。いやー、さすがの威力だった」

「雷迅が効くのに、タイムラグがあってびっくりしたけどね」


 そういえば、そうだった。


「体がでかいと、効きにくいとかあるのかね?」

「かもね。でも、すっごく疲れたよ」


 シズルはだるそうにしている。

 あれほどの威力のスキルだし、精神力を消費するのだろう。


「今、何時だ?」

「5時半だね」


 いい時間だな。


「帰るか? それとも21階層に行くか?」

「もう帰ろう。久しぶりのダンジョンだし、無理は禁物だ」


 瀬能が帰還を提案する。

 

 確かに、2ヶ月振りだし、この辺が潮時だろう。

 それに21階層以降は地図もないし、スタンピードの調査も終えていない。

 

「それもそうか。よし、帰ろう」


 俺達はダンジョン探索を終え、帰還することにした。


 ちなみに、今回のダンジョン探索で俺以外のメンバーはレベルが上がった。




----------------------

名前 雨宮シズル

レベル10→12

ジョブ 忍者

スキル

 ≪身体能力向上lv4≫

 ≪疾走lv3≫

 ≪空間魔法lv2≫

 ≪度胸lv1≫

 ≪隠密lv3≫

☆≪忍法lv2≫

 ≪諜報lv3≫

 ≪投擲lv1→2≫

----------------------

名前 斎藤チサト

レベル12→14

ジョブ 学者

スキル

 ≪集中lv3≫

 ≪エネミー鑑定lvー≫

 ≪空間魔法lv2≫

 ≪回復魔法lv2→3≫

 ≪水魔法lv2≫

 ≪風魔法lv1≫

 ≪身体能力向上lv1≫

☆≪記憶術lvー≫

----------------------

名前 斎藤カナタ

レベル8→10

ジョブ 魔術師

スキル

 ≪火魔法lv3→4≫

 ≪土魔法lv2≫

 ≪疾走lv1≫

 ≪集中lv3≫

 ≪身体能力向上lv1≫

----------------------

名前 柊アカネ

レベル9→11

ジョブ プリースト

スキル

 ≪身体能力向上lv2≫

 ≪怪力lv1→2≫

 ≪回復魔法lv3≫

 ≪集中lv1≫new

 ≪高速詠唱lv3≫

☆≪逃走lvー≫

----------------------

名前 瀬能レン

レベル14→16

ジョブ 重戦士

スキル

 ≪身体能力向上lv2→3≫

 ≪デコイlvー≫

 ≪鉄壁lv4→5≫

 ≪怪力lv2≫

☆≪痛覚耐性lvー≫

 ≪空間魔法lv2≫

----------------------




 全員、レベルが2も上がっている。

 適正階層よりも上の階層だし、ミノタウロスの経験値のおかげだろう。


 俺は久しぶりのダンジョン探索が上手くいき、ご機嫌でダンジョンから帰還した。





攻略のヒント

 現在、ロクロ迷宮では、20階層までの地図を作成し終えています。

 しかし、スタンピードのことを考えると、早急に21階層以降の地図を作成する必要があると考えております。


 当協会では、21階層以降の地図作成及びスタンピードの調査の補助員を募集しています。


 希望するエクスプローラは協会の受付まで!


『エクスプローラ協会東京本部HP 特別依頼について』より

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