第045話 人それぞれ


 俺は2年の瀬能先輩にパーティーに入れてくれと頼まれた。


 そして……


「今、何て言った?」

「実はボクは女性に興味がないんだ」

「そ、そうなんだ」

「ああ、子供のころから好きになるのは男子ばかりでね。何かの間違いかと思っていたんだが、この年になっ「ちょっと待て!」


 俺の耳がおかしいのかな?

 シロ、俺の耳、取れてない?


『ちゃんとついてるぞ』


 そうか、ついてるか。

 よし、もう大丈夫!!


「話を遮ってすまん。続けてくれ」

「ん? ああ、子供のころから好きになるのは男子ばかりでね。何かの間違いかと思っていたんだが、この年になってようやく気付いたんだ」


 何に?


「ボクは女性ではなく、男性が好きなんだということにね」


 そうか。

 聞き間違いではなかったか……

 聞き間違いが良かったなー。


「…………マジで?」

「マジだね」

「ゲイ?」

「ゲイ、かな?」


 ゲイっぽい。


 初めて見たわー。

 クレイジーサイコレズなら知っているが。


「失礼かもしれんが、聞いてもいい?」

「良いよ」

「お前がホモ野郎なのはわかったが、それで、何で女子が多いウチがいいんだ? 男子が多いとこに行けよ」

「ホモ野郎って、本当に失礼だな。公私を分けたいというか、さっきも言ったが、クランを立ち上げて、エクスプローラ業界を変えたいんだ。そのためには仲間をそういう目で見たくないんだよ」


 まあ、足かせになるかもな。


「ウチにはカナタがいるぞ。あと、俺もナイスガイだ。今はこーんな美人さんだが」

「カナタ君は知っているよ。もちろん君もね。でも、大丈夫。君たちは好みじゃないから」


 おい、俺とカナタはダメらしいぞ。


「どんなのが良いの?」

「君の知り合いで言えば、東城さんとかかな」


 東城さんはクマみたいなヒゲ面マッチョマンだ。

 あの人が良いなら、俺とカナタはダメだわな。


「ふーん。このことは皆、知ってるの?」

「知らないよ。さっき口止めしたじゃないか。君がボクを警戒していることは、最初から気づいていたから、こうして話しているんだよ。雨宮さんに席を外してもらったのはそういうことだよ」


 なるほどなー。

 でも、シズルは理解があるらしいぞ。


「大っぴらにはしないのか? 俺の友人にクレイジーサイコレズがいるぞ」

「≪白百合の王子様≫だね。彼女はボクの憧れだよ。ボクにはあそこまで開き直れる勇気はない」


 まあ、そうか。

 俺も同性愛者だったらカミングアウトは難しいかもしれん。

 今は半分同性愛者だがな。


「そうか。タチ? ネコ?」

「タチだね。でも、東城さん相手だったらネコでもいいかな」


 よくわからん。


「なるほど。よくわからんが、よくわかった」

「君が動揺してるのがわかるよ」

「そりゃあ、そうだろ。お前、自分がアウトローなのは理解してる?」


 アウトロー中のアウトローだよ。

 

「当たり前だろ。じゃなきゃ隠さない」

「はっきり言っておくが、俺はまったく理解できない」

「その恰好で言われてもね……まあ、理解してもらおうなんて思ってないよ」

「お前、俺が欲しがってるトランスハングルを狙ってないか?」


 きっとそうだ。

 それで俺に近づいてきたんだ。

 俺、かしこい!


「ボクは別に女になりたいわけではないよ。男のままで男を愛したいんだ」

「そういうものなの?」

「そうだよ。≪白百合の王子様≫だって、別に男になりたいわけではないだろ? 性同一性障害とは違うんだ」


 そのあたりはよく知らん。

 よし、気にしないようにしよう。


「すまん。話をまとめると、お前はゲイで野心家。その野心のために今は性的対象が邪魔である。だから、お前の好みがいない、かつ優秀な俺の元で勉強がしたいというわけだな?」

「まあ、簡単に言えばそうだね」

「うーん…………」


 さて、どうしよう。


 おそらく、俺のシズルは安心だろうが、カナタが大丈夫だろうか?


 好みじゃないって信用できるか?


 カナタはあんな性格だし、騙されてコロッとベッドインもあり得る。

 そして、ちーちゃんは発狂っと。


「信用できないかい? それともゲイが仲間は嫌かい?」

「カナタがなー。お前がその気になったとしても、俺なら瞬殺できるが、あいつ、メイジだから弱いんだよな」

「ゲイをレイプ魔と勘違いしてないか? 君だって、女が好きだからといって、襲ったりしないだろ? …………しないよな?」


 何、疑ってんだよ!

 俺はジェントルマンだぞ。


「まあ、それもそうか。偏見っていうか、ゲイなんて知らんからな。俺の同性愛のイメージは、あのクレイジーサイコレズになる」

「憧れが消えていくね」

「あんなのに憧れるなよ。お前はあの≪悲しきヴァルキリーズ事件≫を知らんのか?」


 ユリコが名古屋支部に島流しになった事件である。

 

「知っているよ。単純にすごいと思ったよ。ボクには絶対に無理だ」

「誰でも無理だ。まあ、お前はあそこまでやらんか……じゃあ、ウチに入る? でも、ウチのメンバーにはカミングアウトしないんだろ?」

「できたら隠したいね。言って得することもあるかもしれないけど、損の方が多そうだ」


 俺もそう思う。


「じゃあ、黙っておくか。多分、喋らないから安心しろ」

「絶対って言えよ」

「努力はする。シロ、出てこい」

「はいよ。にょろにょろ~。どうもシロです」


 シロが俺の服から出てくると、テーブルの上に行き、トグロを巻き始めた。


「そうか。そういえば、君は白蛇を従魔にしてたな。この話を聞いていたのか?」

「そりゃあ、聞いてたぞ。安心しろ。俺は絶対に喋らんから」

「助かる。蛇のほうが信用できるのか……」


 俺も喋らんぞ!

 多分な。


「で? こいつはパーティーに入るのか?」


 シロが俺を見上げ、聞いてくる。

 

「まあ、問題はあるが、念願のタンクだ。入れても大丈夫だろ」

「ありがとう。足を引っ張らないようにするよ」

「お前、タンクって言ってたけど、ジョブは何だ?」


 ひとえにタンクと言っても、土井の様な≪盾士≫や特別職の≪パラディン≫なんかもある。

 

「≪重戦士≫だよ。レベルは13」

「タンクだなー。レベルもそこそこあるな」

「まあ、結構ダンジョンには行ってるからね」


 これなら、特に育成期間もいらないだろ。

 いい拾い物をしたな。


「これから頼むわ。今度、他のメンツと顔合わせをする」

「よろしく」


 ウチのパーティーにタンクが入った。


 これで、パーティーメンバーの上限である6人が揃ったことになる。


 あとは深層に向けて、ダンジョンを攻略するだけだぜ。



 俺達の戦いはこれからだ! 



 俺は縁起でもない気合を入れた後、瀬能と別れた。



 

 ◆◇◆




 その後、家に帰ろうと思い、カバンを取りに教室へと戻ると、そこには帰ったはずのシズルが待っていた。


「あれ? 帰ったんじゃなかったのか?」

「やっぱり、待ってようと思って。瀬能さんはどうだった?」


 シズルはずっと待ってくれていたようだ。

 なんていい女なんだろうか。


「ウチに入ってもらうことになった。今度、顔合わせをする」

「そっか。良い人そうだった?」

「まあ、悪い人間じゃないと思う。少なくとも、お前に迷惑をかける人じゃない」


 ちょっとビックリしたが、ずっと懸念していたパーティーメンバーの条件を満たしている人材だ。

 

「そう、良かった。これで6人が揃ったね」

「だな。あとはトランスハングルを取りに深層に行くだけだ」

「いよいよだね。ルミナ君は男に戻ったら何したい?」


 下ネタを言ったらマズいことはさすがにわかる。


「体を動かしたいな。この体は弱すぎる」

「充分すぎると思うけど」

「まあ、やりたいことというか、早く元に戻りたいな。朝起きて、違和感がすごい」


 俺の髪は背中まであるため、朝起きて、髪が鬱陶しくなる。

 そして、身体のバランスに苦労する。


「慣れないものなんだね。あのね、私もルミナ君に早く男に戻ってほしいと思ってるよ」


 シズルがそう言ったあと、俺とシズルの間にしばしの沈黙が流れた。


 俺がシズルを見ると、シズルは美しい顔をしていた。

 こいつはこんなにキレイだったのか……


「…………そうだな。頼りにしてるよ」

「うん。じゃあ、帰ろっか。どっか行く?」

「ああ」


 夕日が照らす教室に2人きり。

 とても良い雰囲気である。


 このまま、手を繋げば、完全にカップルだな。

 でも、手を繋いでも、女子同士だと仲の良い友達にしかならない。

 


 俺は本当に早く男に戻りたいと思った。



 俺達は教室を出て、一緒に帰りながら、適当にウィンドウショッピングし、お茶した後に解散した。


 

 そして、家に帰った俺はベッドで寝転んでいる。


「どうした相棒? ボケーっとして」


 さっきまでテーブルで俺の携帯をイジっていたシロが枕元にやってきた。


「ちょっと考え事」

「あまり考えすぎは良くないぞ。話してみろ。俺っちが聞いてやる」


 シロが相談に乗ってくれるらしい。


「恋についてなんだが、いいか?」

「魚じゃねーよな?」

「ボケるな」

「いや、お前がボケてね? 恋って」


 ひどいヤツだな。


「まあ、聞け。俺の初恋は保育園の先生だ」

「よくわからんが、まあ、わかる」


 何でわかるの?

 お前、いつも俺の携帯で何を見てるんだよ。


「その後は小学校の担任の先生だ」

「王道だな」

「そして、お姉ちゃん」

「少し、ズレたな」


 ズレてませーん。

 

「あとは同じクラスのませたガキ」

「好きなんじゃねーの? 言い方、悪いぞ」

「そして、最後は中学の時に出会った名前も知らないエクスプローラだ」


 かわいかった。

 口は悪かったけど。

 

「結構いるな。マイは?」

「マイちんは優しいお姉さん枠」

「そこにミサキを入れろよ。それで恋がどうした?」


 お姉ちゃんも入っているぞ。

 お姉ちゃんは色んな枠を兼務してるのだ。

 

「今日、瀬能の話を聞いた後、シズルと会ったよな?」

「仲良く帰ってたな。良い雰囲気だったし、コクればいけたんじゃね?」


 俗世に染まりきったヘビだな。

 お前、自分がモンスターなことを忘れてないか?


「……いけたと思う」

「いけよ。チキンか?」

「俺の心の中の男は、いけと言っていた。しかし、俺の心の中の女は、男に戻ってからにしたほうが良いと言っていた。今、付き合ったとしても、男に戻った時にシズルが戸惑う可能性が高いとな」


 俺の心の中の女、別名スキル≪冷静≫である。


「確かに、可能性は高いな」

「だろ? そして、その戸惑いという毒はいずれ破滅へと導く」

「カッコつけるな。でも、ありえる。前にも言ったが、女のお前のほうが付き合いが長い。男に戻った時に別人と感じるかもな」


 俺が怖いのはそこだ。

 

 例えば、今、シズルと付き合い、今以上に親密になったとしよう。

 その状態で男に戻った時に、シズルは俺を受け入れることが出来るだろうか?

 

 出来るとは思うが、シコリが残るだろう。

 そして、そのシコリは一生取れないと思う。


「どう思う? それでもお前はさっき、コクれば良かったのに、と思うか?」

「やめておいたほうが良いな」

「だよな」


 やはり、正解だったか。

 

「じゃあ、男に戻ってからにしろよ。何を悩む必要がある」

「ここからが本題だ」

「まだ、本題じゃなかったのか」

「まだだよ。そんなもんは俺のスキル≪冷静≫でわかっていたことだ」

 

 俺のスキル冷静ちゃんは有能なのだ。

 冷静ちゃんに従っていれば失敗しない。

 

 問題はあまり発動しないことだ!


「じゃあ、何だよ?」

「俺が男に戻るまでどれくらいの時間がかかるかわからん。このままの関係を続けていって大丈夫か?」

「男のお前を忘れそうって話か?」


 以前にシズルに言われたことだ。

 男の俺を忘れそう……と。


「そうだ。男の俺とシズルは、実は2日しか関わっていないのだ」

「……短いな」

「ヤバくないか?」

「…………まあ」


 やはりそうか……

 

 あいつが俺を見捨てることはないだろうが、コクってもヤバい。

 このままでもヤバいのだ。


「それをさっきから悩んでいる」

「なあ、前にも聞いたが、シズルのことをどう思っているんだ? この前の内心では、性欲しか感じなかったが」


 俺の彼女をおっぱいで決めたやつだな。

 

「そこで、さっきの俺の恋の遍歴の話に戻る」

「伏線だったのか?」

「違う。お前が話を逸らしたんだ。さっき、シズルと教室で会った時な」

「良い雰囲気だった時な」

「ああ、これが人生6回目の恋だなと気づいた」

「……回数は言わないほうが良かったな」


 確かに。

 初恋って言ったほうが良かったかな?

 そっちのほうがロマンチックかもしれん。


「ああ、これが初恋なんだなと気づいた」

「そうか。どちらにせよ、男のお前が言ってもキメーよ。恋する女の子みたいな表情しやがって」


 こいつ、ひどいな。

 俺のセンチな告白を侮辱しやがった。

 まあ、俺も自分で言ってて、キモいと思ったけど。


「お前が話せって、言ったんだろうが」

「思ってたのと違った」

「で? どうしたほうがいいと思う?」

「どうしようもねーな。早く男に戻るしかない」


 役に立たねー。

 そんなもんはわかってるんだよ。


「ハァ……使えねー」

「仕方ねーだろ。こればっかりはどうしようもない。せいぜい嫌われないようにしろ」

「もうやってる」


 最近はトラブルも起こさないようにしてるし、人も殴っていない。

 

「確かにやってるな。お前は好きな人と、そうじゃない人の対応の差が激しいからすぐわかる」

「そうなの?」

「最近、あからさまにシズルの言うことを聞くからな」


 そうかな?

 お前らがシズルに優しくしろって言うからだろ。


「優しくしろって言われて、チサトやアカネに優しくするか?」

「俺はちーちゃんにもアカネちゃんにも優しいぞ」

「ほら? こう言われても、今以上に優しくしようとは思わないだろ?」


 …………なるほど、確かに。

 

 こいつ、蛇のくせに俺より人間の心に詳しい。


「本当だ」

「だろ。あとは多少、言動と暴力に注意すれば、お前がシズルに嫌われることはねーよ。お前は最善を尽くしている。あとは男に戻るだけだ」

「そうか。なら早めにケリをつけるか」


 深層に行って、男に戻るしかないのだ。

 

「そうしろ。考えるな、行動しろ。ダンジョン攻略の準備は出来た。あとは仲間を信じ、進んでいけ」


 こいつ、良いこと言うな。


「お前、本当にモンスターか?」

「見ればわかるだろ。俺っちは賢いからな。すぐに学べるんだよ」


 もしかしなくても、本当に俺より頭が良かったりする?





攻略のヒント

 小学生に聞いた、なりたい職業ランキングは3年連続でエクスプローラである。

 しかし、親が子供になってほしくない職業ランキングでは6年連続でエクスプローラである。


 エクスプローラのイメージアップのために、更なる戦略が必要と考える。


『エクスプローラ対策委員会 エクスプローラの増加方法について』

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