第028話 棚からアカネちゃん


 6階層でオークを狩っていた俺達は、適当なところで切り上げ、ダンジョンから帰還した。

 

 その日の成果は、3等分しても、シズルと2人の時よりも多く、俺はちーちゃんを本気で仲間に入れたいと思っていた。


 俺達はその後も何度かちーちゃんを誘い、ダンジョンを探索していた。

 その度に、俺達はちーちゃんをパーティーに誘うのだが、色好い返事をもらうことはできていない。

 

 そして、今日もダンジョンの探索帰りにちーちゃんを誘ったが、断られてしまった。

 

 このままでは埒が明かないと思った俺とシズルは俺の家に集まり、作戦会議をすることにした。


「やっぱりパーティーに入ってくれないね」

「だな。感触は悪くないんだが、いざパーティーに誘うと断られる」

「どうする? 諦める?」


 正直、ここまで断られると、別の人を探したほうがいい気もする。

 しかし、ちーちゃんは俺達がダンジョンに誘うと嬉しそうについてくるし、最近では、ちーちゃんのほうから誘ってくることもあるのだ。


「俺もいい加減に諦めようとも思っているが、ちーちゃんも満更でもない感じなんだよな」

「だよね。私達がパーティーメンバーを探す話をするとチラチラ、こっち見てくるしね」


 シズルも気づいていたようだ。

 

「ちーちゃんって、あんなファンキーな格好してるくせに、さみしがりやで、かまってちゃんだよな」

「俺っちが思うに、あれは踏ん切りがつかないって感じだな」


 シロも同調する。

 

 やはり、固定パーティーを組むのが怖いんだろうな。


「ハァ……うまくいかないね。未だに暴行犯も捕まってないし」


 シズルはため息を吐き、うなだれた。


 あれから結構経っているのに、未だに暴行犯は捕まっていない。

 そのため、俺達も6階層に留まっている状況だ。


「なあ、相棒、あの≪正義の剣≫って、そんなに無能なのか? あんなに人数を割いておいて、未だに成果なしっておかしくねーか?」

「あいつらは数は多いが、大半はDランク程度だから、ダンジョンの奥を探索することができないんだよ。多分、暴行犯とやらは、少なくとも、10階層以降にいるんだろうぜ」

「あのクランリーダーさんは? ≪Mr.ジャスティス≫だっけ?」


 うなだれていたシズルが身を起こし、聞いてきた。

 

「あいつは実力者で有名だ。暴行犯もあいつがいるところではやらねーよ」


 ≪Mr.ジャスティス≫は忙しいため、暴行犯を捕まえるために毎日、ロクロ迷宮にいるわけではない。

 あれからも暴行犯によると思われる被害は発生しているが、全部、≪Mr.ジャスティス≫がいない時である。


「チサトはパーティーに入ってくれねーし、暴行犯のせいでダンジョン攻略も進まない。良いことねーな。もういっそ、相棒が捕まえてこいよ」

「俺もそうしてーよ。でも、マイちんが行くなって言うんだよ」


 前に≪正義の剣≫のメンバーといざこざがあった件で完全にマイちんを怒らせてしまったのだ。

 

 あれから何度も謝っているが、まったく許してくれず、6階層以降は行くなと釘を刺されてしまっている。


「あれはルミナ君が悪いよ。なんでケンカを売るかね?」


 シズルまで俺を責めてきた。

 

「だから、売ってきたのは向こうだよ。俺は買っただけ」

「どっちみち、ダメだよ。マイさん、相当怒ってたよ」

「わかってる。お前、マイちんにルミナ君はすごく反省してるって、そこはかとなく、伝えてくんね?」


 俺は名案を思いついたので、シズルに頼んでみた。

 

「……ルミナ君……お願いだから、私にあなたを嫌いにさせないで」

「相棒、それはねーぞ」


 あれ? 失言?


「悪い。忘れて」


 俺はヤバいと思って、訂正した。

 

「ハァ……どうして私は…………」


 シズルは膝を抱えて落ち込んでしまった。


 ヤバい。

 シズルがマジでへこんでいる。


「ごめん、ごめん」

「もう、いいよ。ルミナ君がひどいのは今さらだし。それより、チサトさんはどうするの?」

「ごめんね? えーと、ちーちゃんは俺達とパーティーを組むこと自体は嫌じゃないと思うんだ。多分、過去にパーティーを組んで失敗したんじゃねーかな? ちょっとその辺を探ってみるよ」


 俺は先程の失言を挽回するために、働くことにした。

 

「確かに、そんな感じだったね。じゃあ、お願いするよ」

「任せといて」


 俺はガクッと落ちたシズルの好感度を元に戻すため、頑張ろうと決めた。




 ◆◇◆



 

 そのあと、すぐにシズルが帰っていったので、俺はちーちゃんを調査する方法を考えていた。

 長々と考えた結果、ちーちゃんの事をよく知ってる人物に聞いてみようと思った。


「チサトを良く知る人物って誰だよ?」

「いるだろう。俺を尊敬する見る目があるヤツが」

「ああ、カナタか。確かに、弟なら詳しいわな。見る目はねーけど」


 シロが冷たい。

 いつもは俺のために色々してくれるヤツなのに。


「お前、何か刺々しくね?」

「さっきのお前の発言がひどかったからな。シズルが可哀想だったぜ」


 シロが俺を非難してきた。

 

「悪かったって。俺もマイちんのご機嫌回復のために必死なんだよ。マイちんに嫌われたら立ち直れないだろ」


 もしも、マイちんに絶交って言われたら泣くね。


「その気持ちを少しはシズルにも分けてやれよな」

「何を言ってんだ。シズルだって大事にしてるぞ」


 もしも、シズルに絶交って言われたらストーカーになるね。


「お前、シズル、好きなの?」

「あたりめーだろ。あんなにエロいんだぜ?」

「お前はもうダメだ」

「冗談だよ。付き合いは短いが、大切な仲間だと思ってるよ」


 ほんとだぞ!


「お前の冗談は一つも笑えねーよ。いいか? マジでシズルを大切にしろよ? あんなにお前の事を考えてるんだぞ」


 シロが親に見えてきた。

 

「わかったって。まあ、好感度は地に落ちたけどな」


 まだ見捨てないよね?


「ハァ……お前、今度、シズルをデートに誘え」

「デート~? 俺が? シズルを? 俺、女だぜ? そういうのは男に戻ってからにしようと思ってるんだけど」

「いつになるんだよ。いいか? シズルはこの前まで歌手として苦労し、母親が病気になって苦労してきたんだよ。そして、今はダンジョン攻略に頑張ってるんだ。息抜きをさせないと潰れるぞ?」


 言われてみれば、シズルって苦労人だなー。

 あいつは顔に出さないから、わかりづらいんだよな。


「わかった。でも、俺でいいのかね? さっきので大分嫌われた気がする」

「お前以外に誰がいるんだよ。シズルだって、お前がシズルを想っているくらいには、お前を大切に思ってるよ。じゃなきゃ、あんなにへこまねーわ」


 うーん。

 なんか段々と罪悪感が芽生えてきた。


「よーし、じゃあ、良い時に誘ってみるわ」

「そうしろ。間違っても変な所に連れていくなよ。場所を決めたら俺っちに報告しろ。チェックしてやる」


 モンスターもとい、蛇にデートプランをチェックされる俺。

 信用ないのね。


「大丈夫だよ。適当に買い物にでも行くから。俺だって、いきなりホテルに行ったりしないって」

「あたりめーだって言えないのが、悲しいわ」


 マジで信用ねーな。

 そもそも俺、女だからできねーよ。

 ……いや、できないこともないけど。

 俺は≪白百合の王子様≫ことユリコの仲間になるつもりはない。


「まあ、上手くやるよ」

「ほんとに頼むぜ。で? 話が逸れたけど、お前って、カナタの連絡先を知ってんのか?」

「知らねーな。まあ、中等部とはいえ、同じ学園だ。明日の放課後に中等部に行って探すよ。最悪、ホノカにでも聞くわ」

「中等部で暴れるなよ」

「暴れねーわ!」




 ◆◇◆



 

 翌日、学校が終わり、放課後になった。

 俺はカナタに話を聞くために中等部に行くことにした。

 

 中等部は同じ敷地にあるが、行く機会なんてほとんどない。

 そのためか、俺が中等部の校舎を歩いていると、結構な注目を浴びている。


 この状況でカナタを探すのも精神的にちょっと辛い。

 いくら俺でも、中学生相手には怒らないし、文句を言うわけにもいかない。

 俺は事前にホノカに連絡を取り、カナタのクラスくらいは聞いておくべきだったと後悔した。


 俺がなんとか平常心を保ちながら歩いていると、前方から知っている人物が歩いてきた。


「あ、おねえさ、……センパイ! こんな所で何してるんですか~?」


 今なんか、変なことを言おうとしなかったか?

 まあ、いいか。


「よう! 久しぶりだな、アカネちゃん。ちょっと人探ししてる」


 この子は柊アカネちゃん。

 妹の昔からの友達であり、小学校の時は、よくウチに遊びに来ていた。

 当然、俺も面識がある。

 

 アカネちゃんは、小柄で笑顔が可愛いらしい子で、明るい茶色の髪をゆるふわカール(って言ってた)にしている。


「人探し? 私? キャッ」


 アカネちゃんはわざとらしく照れている。

 この子はこういうちょっと痛いところがある。

 同級生には人気らしいが……

 

「違う。アカネちゃんはこれからホノカとダンジョンか?」


 アカネちゃんは妹と同じパーティーである。

 つまり、姉のいる≪フロンティア≫のメンバーなのだ。

 

 アカネちゃんは中等部ではパーティーを組むつもりはなかったのだが、妹に無理やりパーティーに入れられた可哀想な子である。

 

 俺はその時に何度か相談に乗り、アカネちゃんにエクスプローラの指導をしたこともあった。

 俺がよく後輩や新人の指導をするのは、こいつがきっかけでもある。


「今日は、ていうか、ずっとお休みです。なんか、クランの人がダンジョンに行ってはダメって言ってるらしいんですよー」


 そういえば、お姉ちゃんもそんなこと言ってたな。


「まあ、最近は危ないからな。アカネちゃんは可愛いから、狙われるぞ」

「えへへ、そうですか? でも、私はダンジョンに行きたいんですけどね」


 おや?

 あまりダンジョンに積極的ではないアカネちゃんにしては珍しい。


「どうした? ダンジョン嫌いじゃなかったっけ?」

「いや、嫌いじゃないですよ。さすがにもう昔みたいに泣いたりしませんって~。レベル上げしたいんです」

「アカネちゃん、いくつ?」

「14歳です」

「…………」


 俺は無言で立ち去ることにした。


「嘘です! ごめんなさい! 行かないで~! レベルは6になりました~」


 アカネちゃんは涙目になりながら俺の腕を掴み、必死に止めてくる。


「次やったら、小学生の時、アカネちゃんがウチでお漏らししたことをばらすからな!」

「やめて~! 忘れて~! 変態! マニアック! シスコン!」


 このガキ、マジでどうにかしてーな。


「……それで、何でレベル上げしたいの? 中学はゆっくりやるって言ってただろ」

「……うん。私達、≪正義の剣≫に入ったんですけど、それで皆、やる気が出ちゃってて。ただでさえ、役立たずな私が余計に足を引っ張っちゃってるんですよね」


 アカネちゃんは急に落ち込み始めた。

 

「そんなに自分を卑下するなよ。アカネちゃんが役立たずになるほど、あいつら強くねーよ」


 知らねーけどな。

 まあ、たかが、学生の優劣など50歩100歩だろ。


「そうですかね? 皆、ジョブもレアだし、私だけ貢献できていないような気がします」


 アカネちゃんはシュンと落ち込んでしまった。


 うーん、どっかで聞いたことがある話だな。

 流行ってんのか?


「私って、ヒーラーじゃないですか。センパイの前では、言いにくいんですが、センパイのお姉さんに完全にお株を奪われてしまってて…………」


 お姉ちゃんはヒーラーの最高ジョブと言われている≪聖女≫である。

 確かに、同じパーティーにお姉ちゃんがいれば、一般職のヒーラーであるアカネちゃんは辛いだろうな。


「アカネちゃんは槍も使えるだろう? 大丈夫だって」


 俺は落ち込んでいるアカネちゃんを励ます。

 

「それって、私じゃなくても良くないですか? 槍を使える専業の人の方が…………」


 これは重症だわ。

 何がヤバいって、俺もそう思っていることである。


 本来ならば、槍が使えるヒーラーは貴重である。

 何故なら、後衛に戦闘ができるヤツがいれば、前衛は後ろを気にせず、目の前の敵と戦えるからだ。

 しかし、≪フロンティア≫には、近接戦闘ができる後衛の賢者さまがいる。


 お前のことだよ、ホノカ!

 ウチの姉妹は本当にダメだな。

 アカネちゃんが可哀想だわ。


 アカネちゃんも昔から知っているウチの姉妹に、そのことで悩んでることを告げられないんだろう。


「アカネちゃん、パーティーを抜けたら? 正直、アカネちゃんは≪フロンティア≫には合ってねーわ」

「………………やっぱりそうですか? センパイもそう思います?」


 アカネちゃんは涙目である。

 マジで可哀想……


「ああ。アカネちゃんの長所が完全に消えている。アカネちゃんはまだ中学生だし、別のパーティーを探した方が良い」


 どうせエクスプローラとして本格的に活動するのは、高校からだ。

 中学など、その予習でしかない。


「ですよね。私も気づいてました。ホノカちゃんに誘われたし、お姉さんもいたから≪フロンティア≫に入りましたけど、私、要る?って」


 ≪フロンティア≫に入った動機はウチの姉妹。

 抜ける理由もウチの姉妹か…………切ない。


「アカネちゃん、ウチのパーティーに来る? ウチは2.5人しかいないけど」


 俺は哀れなアカネちゃんを自分のパーティーに誘う。

 

「いいんですか? ……2.5人?」

「今、1人を勧誘中なんだ。感触は良いんだが、断られててね。今日はその調査の一環で中等部に来てるんだよ」

「へー。ちなみに、先輩たちのパーティーって、ヒーラーはいます?」

「勧誘中の人が≪学者≫だから回復魔法も使えるな。ただ、≪学者≫だから貧弱。アカネちゃんがいると助かる」


 ちーちゃん、よえーからなぁ。


「ほー。じゃあ、私でも活躍できるかも。センパイがいれば安心だし」


 だろう?

 もっと持ち上げてくれてもいいんだよ?

 最近、俺の評価が下がってるし。


「俺は男に戻るためにダンジョンの深層に行かないといけない。アカネちゃんがいると非常に助かる」

「えへへ。そうですか~? でも、センパイって、男に戻る気があったんですね。ノリノリで女を満喫してるって噂で聞いたことあったんですけど」


 誰だよ!

 そんないい加減な噂を流したヤツは!


「んなわけねーだろ。アカネちゃんだって、以前のカッコいい俺に戻って欲しいだろ?」

「カッコいいかは置いといて、そのままのほうがいいと思います」


 置いておくな!

 重要なことだろ!


「まあ、センパイが戻りたいならお手伝いしますよ」


 アカネちゃんはウチのパーティーに入ってくれるようだ。

 

「頼むわ。じゃあ、これからよろしく」

「はい! あ、でも、ホノカちゃん達に何て言おうかな」


 まあ、言いにくいわな。

 あなた達のせいでパーティーを抜けます。


 あかん。

 お姉ちゃんとホノカが悲しむ未来しか想像がつかない。


「俺が≪フロンティア≫のリーダーに話をつけるわ。お姉ちゃんとホノカには、俺が頼み込んだことにする」

「いいんですか? お姉さんに嫌われるかもですよ?」


 俺達姉弟の関係を良く知っているアカネちゃんは心配してくれている。


 嫌だなー。

 でも、しゃーねーわ。


「大丈夫。お姉ちゃんもわかってくれる……はずだ…………多分」

「なんか悪い気がしますが、お願いします」

「ああ。誘ったのは俺だし、こういうのはパーティーリーダーの仕事だからな」


 

 大丈夫かな?




攻略のヒント

 ダンジョン学園は、ダンジョン攻略のためのエクスプローラを養成する機関であるが、中等部の学生は、あまり多くを学ぶことはない。

 

 これは、中学生は義務教育期間であるため、国が定めた一定の教育を学ぶ必要があることと、将来の見通しが立っていない未熟な子供に将来の道を限定させたくないという配慮からである。


『とあるエクスプローラ―研究家のブログ』より

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