閑話 快気祝い


 学校生活にも、ある程度慣れたある日。


 学校も終わり、今日はダンジョン攻略を休みにしたため、さっさと晩飯を食べ、風呂に入った後、シロとくつろいでいた。


「しかし、ハヤト君の≪勇者≫は笑ったわ」

「そんなに面白いか? 勇気ある者。カッコいいじゃねーか」

「物語の定番すぎるんだよ。まあ、俺も人のことは言えねーけど」


 魔女と勇者。

 なんかこれだけで物語が1つできそうだ。


「魔女だもんな」

「だな……ん? 電話だ。誰だよ……ってシズルじゃねーか」


 俺とシロがハヤト君の話題で盛り上がっていると、シズルから電話がきた。


『もしもし、ルミナ君? こんばんわ。今、ちょっといいかな?』

『別にいいぞ。風呂も上がって、シロとダベってただけだし』

『そう? こんな時間にごめんね。あの、以前にお母さんが退院したらウチに招待したいって言ったの覚えてるかな?』

『覚えてるよ。お母さん、退院したのか?』

『うん。それでね。良かったら、明後日の土曜にでもウチに来ない? 急だし、都合が悪いなら延期でもいいんだけど』


 明後日?

 何かあったっけ?

 ……ねーな。


『明後日は暇してるからいいぞ』

『ほんと? 良かった! じゃあ、明後日の昼に家に来てもらえる? 駅まで来てくれたら迎えに行くから』


 昼? 夜じゃなくていいの?

 俺、泊まるよ?


『わかった。昼に駅に行くわ』

『ありがと。じゃあ、おやすみなさい』

『はい、おやすみー』


 ふむ。

 明後日か。

 しかし、快気祝いに何か持っていったほうがいいのかね?

 こういう時に頼るのは親だな。


「シズルのお母さん、退院したのか?」


 俺が常識について思考していると、電話を聞いていたシロが話しかけてきた。


「ああ。それで、明後日の昼にシズルの家に招待されたわ」

「そうか、良かったな。俺っちは遠慮しようか?」

「うーん、お前も来い。シズルのお母さんがビックリするから紹介はしないかもしれないが、お前も立役者だからな」

「じゃあ、行く」


 シロは基本、外に出たがる。

 まあ、ダンジョンの外の世界を見たくて、俺についてきたのだから当然といえば当然であるが。


「しかし、どうせなら男の時に行きたかったな」

「仕方ねーよ。それは将来に取っておけ」


 そうだな。

 お義母さんに挨拶する時でいいか。


「制服がいいかな?」


 入学式に間に合わなかった制服がこの前、届いたのだ。

 早速、着てみたが、金髪のインパクトが強すぎて、どこのギャルだって苦笑いしてしまった。

 そして、着る前は女子用の制服にドキドキしたが、着てみれば案外そうでもなかった。


「制服はやめといたほうがいいな。ガキらしくしとけ。きれいめな格好で十分だろ」

「そうか? じゃあ、そうするか」

「あと、言葉使いを正せ。お前が将来、シズルとどうなりたいかは知らないが、仲間の親に悪い印象は与えねーほうがいいぞ」

「はい。わかりました」


 俺はもはやシロのいいなりである。



 

 ◆◇◆



 

 俺は母親に助言を求め、言われた通りに快気祝いの洋菓子を購入。

 そして、シロの助言通りに白色を基本としたきれいめな格好をして、駅でシズルを待っている。


 しかし、待っている間、よく男に道を聞かれるのは何故だろうか?

 以前であれば、あり得ない事だ。

 

 これは女になったことで人当たりが良くなったのかもしれん。

 

 しかし、うぜぇ!


「ゴメン。待った? ……怒ってる?」


 俺がちょっとイライラしていると、いつのまにかやってきたシズルが声をかけてきた。


「たいして待ってない。ちょっと野郎共に頻繁に道を聞かれるからイライラしてただけだ。お前の住んでいる街は方向音痴ばかりか?」

「…………ルミナ君、それ、ナンパだと思うよ」


 ……女に道を聞く………………ナンパだな。

 

 そうか、ナンパか……。

 

 …………うぇー。


「ナンパか。俺も出世したもんだ」

「意味わかんないけど、動揺してるのはわかるよ。いいから、行こ」


 俺はシズルに手を引かれ、シズルの家にお持ち帰りされてしまった。


 シズルの家はマンションだった。

 ただ、入口の所に警備員が立っている。

 

 警察や警備員を見ると、何もしていないのに動揺するのは何故だろうか?

 っていうか、マンションって、警備員がいるものなの?

 

 シズルに聞くと、このマンションは結構芸能人が住んでいるそうだ。

 そのため、警備員が常駐しているらしい。

 

 俺、入っても大丈夫?

 怪しくない?


「大丈夫よ。ほら、行こ。私の家は8階だから」


 俺は再びシズルに手を引かれ、マンションの中に入る。

 マンション内は大理石の床、天井にはシャンデリアが見える。

 

 なんかテレビでしか見たことのない光景ですよ?

 私、場違いじゃない?

 本当に大丈夫かしら?


「何言ってるのよ。ルミナ君の家のほうが家賃は高いよ」


 マジですこと?

 私、セレブ?

 そうは思えないんですけどー。


「いいから行くよ。あと、その変な言葉使い、やめて」

「はい」


 俺は大人しくシズルについていき、シズルとエレベーターに乗りこんだ。

 

 エレベーターが動きだし、8階に向けて上がっていくにつれて、俺は今更ながら緊張してきた。

 

 俺が緊張してると、チーンと音が鳴り、エレベーターのドアが開いた。

 すると、シズルはエレベーターを降り、すぐ近くの扉を開ける。


「ただいま~」


 ちょっと待て!

 早いよ!

 心の準備を整わせろ!


「おかえり~」


 お義母さんも早いよ!!

 どこにスタンバイしてたの!?


「お母さん、こちらがルミナ君。ルミナ君、この人が私のお母さん」

「初めまして。シズルさんの同級生の神条ルミナです」

「あらあら、いらっしゃい。シズルの母です。こんなところでは何ですから、どうぞ入ってください」


 シズルのお母さんは優しそうな人である。

 どことなく、シズルに似ている気もする。


「あ、はい。お邪魔します。それと、大した物ではないですが、退院祝いです」


 俺が祝い品を渡すと、お母さんは嬉しそうに受け取ってくれた。


「わざわざ、ありがとうね。どうぞ入って」


 俺とシズルはお母さんについていき、リビングに案内された。

 

 リビングはかなり広く、対面式のキッチンの前にテーブルが置かれており、テーブルの上にはご馳走が並べられている。

 

 お母さんはまだ準備があるらしく、キッチンのほうに消えていった。


「ルミナ君、座って」

「あ、はい」

「ねえ、どうしたの? 借りてきた猫みたいよ」


 ニャー!


「いや、ちょっと緊張する」

「何で?」

「普通、異性の親に会うのは緊張するだろ。お前はウチの親に会った時に緊張しなかったのか?」

「ゴメン。ルミナ君の事とか、お母さんの事とか、色々あったからそれどころじゃなかった」


 お母さんは重病。

 そして、俺は女になり、意識不明。

 確かに、そんな状況ではないな。


「ねえ? 俺の格好、変じゃない? 失礼なところないか?」

「大丈夫よ。問題ないわ」

『そもそも、女な時点で変だぞ』


 うっせー、シロ!


「ちなみにだけど、お前、お母さんに俺の事を何て言ってるの?」

「ルミナ君の事? 変な事は言ってないわよ。そのままのあなたを伝えてあるわ」


 ホッ、じゃあ大丈夫だ。


『いや、ダメだろ』


 うっせー、シロ!

 そういえば、シズルのお母さんって、マイちんの叔母さんだよな。

 マイちんから余計な情報が入ってないといいが。


「お待たせー」


 俺がドキドキしていると、お母さんがやってきて俺の対面に座る。

 ちなみに、シズルは俺の隣に座っている。


「色々と話したいこともあるけど、まずは、いただきましょう。どうぞ、出来合いの物が多いですが、召し上がってください」

「いえいえ、いただきます」

「「いただきます」」


 用意された食事は3人で食べきれるのかわからない位の量があったが、味は大変に素晴らしく、俺の箸は止まることがなかった。


「食べながらでいいんだけど、聞いてもらえるかしら?」


 どうぞー。

 うまい、うまい。


「まずはお礼を言わしてちょうだい。あなたのおかげで私は命が助かりました。ありがとうございます」


 いえいえー。

 うまい、うまい。


『相棒。真面目な話だから少しは聞け。親御さんの心証が悪くなるぞ』


 俺はシロの助言に従い、箸を置いた。


「いえ、たいしたことはしていません。俺はCランクのエクスプローラですから、ポーションを入手することも、さほど難しい依頼ではないです。確かに、あのポーションは希少なものでしたが、それは偶然によるところが大きかったです。また、娘さんやマイさんの協力があってのことです」

 

『お前のその切り替えの早さは本当にすげーわ』


 うっせー! 黙ってろ!

 今、真面目な話をしているんだよ!

 

「しかし、あのポーションが一体どれくらいの価値がつくか…………私が払えるものなら払いたいですが…………」


 まあ、払えんわな。

 レベル4や5ですら、何億円もする。

 それがレベル7だといくらになることやら。


「お気になさらずに。俺は娘さんとパーティーを組んでいます。パーティーの成果はパーティー内で公平に分けあいます。今回はあなたのために娘さんがポーションを欲したから譲りました。次回、ウチの家族が同じようにポーションが必要になった時があれば、その時は俺がポーションをもらうだけです」

「しかし、ルミナさんは高ランクのエクスプローラなんでしょう? 初心者であるウチの娘と同じ報酬で良いのでしょうか?」

「同じダンジョンに挑む仲間ですので、パーティー内に優劣はありません。今は俺が経験が多いから娘さんを助けることが多いだけです。娘さんは才能もあり、すぐに優秀なエクスプローラになるでしょう。その時に助けてもらいます」


 助け合い、大事!

 

「でも、あなたは依頼の代償として女性になってしまったわ。それについても謝らなければなりません」

「女になったことはあなたや娘さんは関係ありません。これは俺のミスが招いたことです。むしろ、娘さんの新人指導中であったのに、俺のミスのせいで、娘さんを危険な目にあわせました。こちらのほうが謝罪しなければなりません」

 

『まあ、確かにお前がズメイにちゃんとトドメを刺しておけば、こうはなってないわな』


 ほんとにな。


「ルミナ君、それは私が試練に挑みたいって言ったからで…………」

「挑んだのは俺だ。俺は勝てると思った。だから挑んだ。それだけだ」


 俺、かっこよくない?


「でも…………」

「シズル、お母さん。俺は自分の益になると思ったから依頼を受けたし、試練にも挑んだ。それについての感謝も謝罪も受けとりました。これ以上は不要です」


 俺の言葉にシズルもお母さんも黙ってしまったが、少し経って、お母さんが口を開く。

 

「1つ聞いてもいいですか? あなたはどうしてそこまで割りきれるのですか?」

「1つはエクスプローラは自己責任だからです。これはエクスプローラになる時に一番最初に教わることです。もう1つは女になりましたが、戻る方法はわかっています。俺はそれに向けて努力をすればいいのです」

「……そうですか。わかりました。あなたがそう言うのならこれ以上は言いません。ただ、もし、何かあれば言ってください。できる限りのことをします」


 じゃあ、娘さんを下さい。


「ありがとうございます。娘さんにはエクスプローラ以外のことでもお世話になっています。これからも頼りにさせていただきます」

「ウチの娘でよければ、いくらでも使ってください。そして、こちらこそ、娘をよろしくお願いします」


 お義母さんからシズルをよろしくされたところで食事を再開し、満腹になったところで俺はお暇することにした。

 

 母親から最初は挨拶だけで、長居はするなと言われていたからである。

 何の助言?


 俺はシズル宅を出て、駅まで送っていくと言ったシズルと並んで歩いている。


「今日は誘ってくれてありがとな」

「ううん。私も来てもらえて嬉しかった」

「お母さん、元気そうだったな。良かったわ」

「うん。本当にありがとう。ルミナ君のおかげで本当に助かったよ」

「気にすんな。当然の事をしたまでだよ」


 俺って、本当にかっこよくない?


「ねぇ? あの時、何で試練に挑んだの?」

「さっきも言ったが、勝てると思ったからだ」

「本当に?」

「…………正直に言うが、お母さんの容態では、レベル5のポーションでは厳しいと思ったからだ。確実に治すにはレベル6以上が欲しかった」


 実際、レベル5では厳しかったようだ。


「…………そう。前にも聞いたけど、どうしてそこまでしてくれるの?」

「表向きの理由は前にも言ったが、慈善事業だな」

「じゃあ、表向きじゃない理由は?」

「俺はお前と出会う前、エクスプローラの資格剥奪の一歩手前だった。だから、評価を上げておきたかった。それとお前を仲間に入れたかった。評判も素行も悪い俺と、依頼を終えても、本当に仲間のままでいてくれるか不安だった」

「私は本気で仲間になるつもりだったよ」

「ああ、感謝している。俺が女になっても平気なのは、お前とシロがいるからだ」


 家にはシロがいる。

 学校にはシズルがいる。

 1人だったらヤバかっただろうな。

 

「私もルミナ君がいてくれて感謝してるよ。お母さんのことは別にしてもね」

「そうか、それは良かったわ。まあ、あまりに気にするな。これからもよろしくな、副リーダー」

「うん。まだ、2人しかいないパーティーだけどね」


 それを言うなよ。

 これから集めるから大丈夫だよ…………多分。


 俺は自分は1人ではないことを再確認し、安堵した。


 

 


攻略のヒント

 世界におけるダンジョンの数は約500ほどである。

 日本では30ほど確認されており、これは国土面積比率から見れば、世界で最も多い数である。

 何故、日本にこれだけの数のダンジョンが出現したかは不明である。


『週刊エクスプローラ ダンジョンの分布について』より 

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