閑話 雨宮シズルの決意


 私は歌うことが好きだった。


 きっかけは、子供の頃にお父さんとお母さんとカラオケに行った時だ。

 正直、その時の私の歌は下手くそだったと思う。

 それでも、お父さんとお母さんは喜んでくれだし、上手だねって言ってくれた。

 私はこの言葉を鵜呑みにし、たくさんの歌を歌えるように毎日、歌の練習をした。

 そのおかげで、私は自分でも歌が上手くなったと思う。


 小学4年生の時にお父さんが交通事故で亡くなった時はとても悲しかったが、天国でも私の歌を聞いてほしいと思い、私はもっと歌の練習をした。

 

 そして、中学校の時から自分でも曲を作り始めた。

 私は曲の評価を知りたかったため、自分で歌った曲を動画投稿サイトにアップした。

 もちろん、顔を隠して。

 

 私の動画はすぐに人気になった。

 

 動画サイトのコメント欄には、私の歌を上手いと評価してくれるコメントでいっぱいだった。

 また、あとから気づいたのだが、私は顔を隠していたが、身体を隠していなかったため、私の身体の一部が人気になっていた要因もあったみたいだ。

 身体のことはともかく、歌を評価してくる人がたくさんいてくれることが嬉しくて、それから何曲も作り、動画サイトにアップしていった。


 そんなある日、1通のメールが来た。

 

 それは歌手を中心とした芸能プロダクションからで、CDを出してみないかとオファーが来たのだ。

 

 私は悩んだが、お母さんが好きにしなさいと言ってくれたので、思いきってCDを出すことにした。

 

 私のデビューが決まると、担当の方に私の曲をアレンジすると言われた。

 私はプロの人が言うのだからと思い、了承すると、CDが作成された。


 私は完成された曲を聴いて、これは何だろうと思った。

 自分の曲の面影はあるが、まったく別の曲になっていたからだ。

 しかし、今さらその事も言えず、黙っていたのだが、実際にCDが販売されると、そのCDは信じられないくらいに売れた。

 私は嬉しい反面、これでいいのかな? と疑問も持った。


 その後も私は曲を作るのだが、全て1曲目のようにアレンジされ、販売された。

 嬉しいことに、それらのCDも売れ、しかも、ある曲が高く評価され、私はレコード大賞の新人賞を受賞した。

 

 私は複雑だった。

 私の曲だが、私の曲ではない。

 私はよくわからなくなった。


 そんなある日、私が曲を持っていくと、いつもの担当の方に、もっと売れる曲を作ってこいと言われた。

 私はその言葉を聞いて、私の中の何かが壊れた気がした。

 

 私は売れるために曲を作り、歌ったのだろうか?

 

 小さいころから歌を練習し、曲を作ったのは何故だったのか、私はわからなくなった。

 

 そして、私は曲を作れなくなり、歌えなくなった。

 事務所の人に少し休むように言われたが、私は歌手を辞めることにした。

 事務所の人に止められ、社長さんまで出てきたが、私の決意は変わらなかった。

 

 私は未練もあったが、歌手を辞め、別の道に進もうと思っていた。


 そして、お母さんが倒れた。

 

 お母さんは病魔に蝕まれており、お医者さんに長くはないと言われた。

 私の頭は真っ白になった。

 

 助かる道はないのかと考えていると、私は従姉のマイさんを思い出した。

 マイさんは昔からエクスプローラ協会でバイトをしており、高校卒業後、そのまま協会に就職した人である。


 お母さんを助ける方法はポーションしかないと思った。

 私はすぐにマイさんに相談をして、ポーションを入手出来ないか聞いた。

 

 返事は絶望的だった。

 

 私は歌手をしていて、CDも売れたからお金はある程度は持っている。

 

 しかし、全然足りなかった。

 とても私が出せる金額ではなかった。

 

 金額を聞いて絶望した私に、マイさんはエクスプローラにならないかと誘ってきた。

 エクスプローラになって、自分でポーションを探せばいいと。

 

 私は無理だと思った。

 ケンカもしたことのない素人の私がそんな高ランクのポーションを手に入れることはできない。

 そう言った私に、マイさんから、ある提案をされた。

 ポーションを入手する代わりに、とあるエクスプローラの仲間になってほしいと。


 話を聞くと、そのエクスプローラはマイさんが担当している高ランクのエクスプローラで、パーティーが解散したため、ソロで活動をしているエクスプローラらしい。

 

 ダンジョンをソロで活動するのは、大変危険な行為だが、そのエクスプローラは評判が悪いので、仲間が出来ないらしく、マイさんは私にそんな彼の仲間になってほしいそうだ。

 

 彼は良い人とは言えないし、一部を除いて、評判通りの男であるが、必ず親身になって、相談にのってくれるであろうと。

 そして、彼であれば、必ずポーションを入手出来るし、そのポーションも譲ってくれるだろうと。

 

 私は即決した。

 

 私は恐怖や不安もあったが、エクスプローラになることに決め、ダンジョン学園に入学することにした。

 マイさんに色々と教えてもらいながら準備を進め、ついにダンジョン学園東京本部の入学試験に合格した。

 

 合格した私は、例のエクスプローラに会うことになった。

 

 マイさんいわく、彼には私の新人指導をお願いしたらしく、ポーションについても説明しておくそうだ。


 そして、私は彼と面会した。

 

 彼は神条ルミナ君といい、初めて会った印象は、優しい人だと思った。

 評判の悪い男と聞いていたが、そこまで悪い人には見えなかった。

 ただ、それは、その場にマイさんがいたからであった。

 後から気づいたのだが、ルミナ君はマイさんの前だと露骨に大人しくなるのだ。

 

 マイさんは美人だし、好きなのかなと思ったが、それも違うみたいだった。

 

 そんなルミナ君の指導が始まった。

 マイさんや警備員の人も言ってたが、ルミナ君の指導は本当に丁寧であった。

 ルミナ君の指導のおかげで、私の初めてのダンジョン探索は無事に終えられた。

 

 ルミナ君からスジが良いと言われて、嬉しかった。


 初めてのダンジョン探索後、私はルミナ君の過去を知った。

 それはとんでもないことであり、私は目の前にいるルミナ君が怖くなった。

 ただ、過去を話すルミナ君は辛そうだった。

 

 辛そうに話すルミナ君を見て、この人は強い人だと思った。

 私は自分の歌いたい歌が歌えなくて、歌の世界から逃げた。

 

 ルミナ君はエクスプローラの世界から逃げなかった。

 私はルミナ君の強さが知りたくなった。

 

 ルミナ君の過去を聞いている時は、マイさんから頼まれていたルミナ君の仲間になる話は断るつもりだった。

 しかし、私の口から出た言葉は違った。

 

 私はルミナ君の仲間になった。

 いや、なってもらった。


 その後は私のファンと思わしき人とのトラブルや恥ずかしい格好もさせられたが、順調であった。

 ルミナ君は自信満々であり、私はそんなルミナ君に勇気づけられた。

 

 本当に順調だった。


 ルミナ君と別れた後、家に帰ると、病院から電話があった。

 

 私は再び絶望した。

 

 その後のことはあまり覚えていない。

 ただ、お母さんは1、2日の命だと言われたことは覚えている。

 病院で立ちすくむ私にマイさんが必死に声をかけてくれていたが、私の耳には入らなかった。


 私は夜になり、病院の窓から雨が降る外を見ていたと思っていたが、気づいたら、昨日、来たばかりのルミナ君の家の前に立っていた。

 

 私はルミナ君の家のインターホンを押した。

 

 出迎えてくれたルミナ君はすごく不機嫌そうだった。

 そういえば、今日のダンジョン探索の約束をすっぽかしたことを思い出した。

 

 私はルミナ君に手を引かれ、家に連れ込まれた。

 ベッドに座らされると、ルミナ君は私を見下ろしながら、冷たい目をしていた。

 

 私はひどいことにルミナ君に襲われると思った。

 でも、どうでもいいかと自棄になっていた。

 

 そして、気づいたらお風呂に投げ入れられていた。

 

 暖かいお湯が私の雨で冷えた体を温めると、私の感情が爆発した。

 私が泣いていても、ルミナ君は何もしゃべらず、ただ、私を見下ろしていた。

 

 私はルミナ君に助けを求めた。

 ルミナ君は快諾してくれ、すぐにダンジョンに向かった。


 どうして彼は私にここまでしてくれるんだろう?

 

 私は自分のことしか考えていないのに。

 私は彼に何も返せないし、何もあげられるものはないのに。


 ダンジョンに入った私たちは11階層を目指した。

 道中の敵はルミナ君がほとんど倒した。

 私はびっくりした。

 ルミナ君が強すぎたからだ。

 

 私はエクスプローラになるために、色々と勉強したし、参考になればと、他の高ランクエクスプローラの交流試合の動画も見ていた。


 ルミナ君はその誰よりも強かった。

 10階層のボスに対しても圧倒的だった。

 

 私はこの時、初めて、マイさんの言っていた意味がわかった。

 確かに、ルミナ君なら必ずポーションを入手できるだろうと。

 

 私の消えかけていた希望の光が見えてきた。


 その後、ランダムワープに乗った私たちは、エクストラステージと呼ばれる部屋に来た。

 

 そこにいた白蛇の話を聞けば、ここの試練をクリアすれば、ポーションを入手できるらしい。

 

 私は歓喜したが、美味い話すぎるとも思った。

 ルミナ君ならここで無理をしなくても、別のポーションを入手できるだろうし、やめるべきだと思った。

 しかし、ルミナ君は試練に挑んだ。

 

 ルミナ君は試練であるズメイと呼ばれる3つ首のドラゴン相手に圧倒した。

 しかし、倒したと思っていたズメイはルミナ君の背後を襲った。

 

 動けなくなったルミナ君を見て、私はすぐに帰還の結晶を使おうと思ったが、そこから先は覚えていない。

 ズメイがこちらを見たと思ったら、すごい衝撃が私を襲い、私は気絶したからだ。


 目が覚めると、ズメイはいなくなっていた。


 そして、一人の女の子が私の手を握りながら倒れていた。

 その女の子はすごい綺麗な金色の髪をしており、私は何となく彼女を抱きしめてしまった。

 

 すると、近くにいた白蛇が説明をしてくれた。

 

 どうやら、この金髪の女の子はルミナ君らしい。

 私は信じられなかったが、彼女の服装や抱きしめた時の匂いで、ルミナ君だと確信した。

 

 彼女からはルミナ君の家の匂いがしたからだ。

 私は白蛇の言われるがまま、ドロップ品や試練の報酬を回収すると、帰還の結晶を使い、帰還した。


 帰還後、協会はパニックになった。

 ダンジョンに行った私が帰ってきたと思ったら、ルミナ君はおらず、代わりに見知らぬ女の子と、しゃべる白蛇がいたからだ。

 

 私は協会の職員や病院からかけつけたマイさん、そして、協会の本部長さんに説明をするが、皆、すぐには、理解はできなかったようだ。

 

 ただ、私がポーションを入手したことを知った本部長さんは、すぐに病院に行けるように車を手配してくれ、たまたま、協会にいた高ランクのエクスプローラに護衛を頼んでくれた。

 どうやら、高ランクのポーションを持っていると狙われやすいそうだ。


 私は病院に駆けつけ、お医者さんにポーションを渡した。

 そして、すぐにお母さんに飲ませると、お母さんはその場で目を覚まし、元気になった。

 

 同行してくれたエクスプローラはスキル≪薬品鑑定≫を持っており、このポーションはレベル7だと言われ、私は驚いた。

 

 そして、お医者さんには、例え、ポーションを入手できたとしても、レベル5のポーションでは、お母さんは助からなかったと言われた。


 ルミナ君はこのことを知っていたのだろうか?

 だから、試練に挑んだのだろうか?

 

 私は目を覚ましたルミナ君に会いに行った。


 私は医務室に入り、女の子になってしまったルミナ君を見ると、思わず抱き着いてしまった。

 

 そして、感謝し、謝罪した。

 

 ルミナ君はいつも通り、問題ないと言った。

 どうやら、ダンジョンの深層の宝箱に、元に戻れるアイテムがあるらしい。

 

 ルミナ君は私に手伝えと、いつも通り、上から目線で命令してきた。

 

 私は頷いた。


 そこから、ルミナ君の家族に会ったり、話を聞いて、駆け付けた≪ファイターズ≫の東城さん達が来たりと、場は一気に騒がしくなった。

 

 私はその場を離れ、外に出て、空を見上げる。


 私はもう歌に未練はない。

 エクスプローラになったからだ。

 

 エクスプローラとして、ルミナ君とダンジョンを攻略する。

 私の目標はそれであり、ルミナ君を元の男に戻すことだ。

 

 そして、ルミナ君が元に戻ったら、ルミナ君に私の気持ちを伝えようと思う。


 

 この俺様で傲慢で自己中の暴力男に、好きです…………と。


 



攻略のヒント

 ダンジョン学園の入学試験は筆記試験と実技試験の2つがあります。

 

 試験試験は一般問題に加え、ダンジョン法やエクスプローラについての専門問題となります。

 

 実技試験は体力試験です。

 持久走を始めとした一般的な体力試験です。


 合否の基準は明かせません。


『ダンジョン学園HP 入学試験について』 

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