第015話 雨とRain


 翌日、早めに起きた俺は、朝飯後に軽いストレッチをし、協会へと向かった。


 協会についた俺は、昨日の親切な職員さんを見つけたので、声をかけ、待合室に案内してもらった。

 

 待合室に行くと、シズルはまだ来ておらず、ちょっと早かったなと思ったが、待つことにした。

 

 それから数十分経ち、待ち合わせ時間を過ぎたのに、シズルは来ない。

 寝坊でもしているのかと思った俺は電話をするが、繋がらない。

 

 心が広い俺はもう少し待つことにした。

 

 しかし、待ち合わせ時間から1時間を過ぎた後も、シズルは現れない。

 さすがに気になって、マイちんに聞いてみようと立ち上がると、待合室にマイちんがやってきた。


「あ、マイちん、おはようです。今、行こうかと思ってたところだわ。シズルが来ねーんだけど」

「おはよう、ルミナ君。シズルは来ないわ。昨日の夜、叔母さんの容態が急変したの」


 は?


「急変って、猶予はあと1ヶ月あるんじゃなかったのか?」

「知らないわよ!! 私だって、何が起きたか……」


 暗い顔をしたマイちんは動揺が激しいのか、俺に怒鳴り散らす。


「…………」

「ごめん」

「いや、大丈夫だけど……」

「…………」


 ……気まずい。


 唇を噛み、下を向いて黙ってしまったマイちんに何と声をかければいいかわからなかった。


「ルミナ君、今日はもうシズルは来ないわ。ごめんけど、ダンジョン探索は中止にしてちょうだい。私もこの後、病院に行くわ」

「わかった……」


 俺はこの重い空気から1秒でも早く逃げたかったので、部屋を出て、家に帰った。


 帰る途中、昨日はあんな晴れやかだった天気がぐずつき始め、本当に自分の気持ちを表しているなと思った。


 家に帰った俺は、何もやる気が起きず、ぼーっと時間が過ぎるのを待った。

 

 ふと外を見ると、雨が降り出し、暗くなり始めていた。

 時計を見れば夕方5時を回っている。


 ハァ、飯も食わずに何してんだか。


 俺は昼飯を抜いたことに気づき、冷蔵庫の中から適当に摘まむことにした。


 ハァ、これからどうすんのかね?


 さっきからこれからのことを考えようとするが、頭がよく回らない。

 スキル≪冷静≫も役に立たないなと思った。


 それからしばらく経ち、今日はダメだと思った俺は風呂に入り、寝ることにした。

 

 風呂から上がり、今日は飲む気も起きないので、憂さ晴らしに掲示板で≪正義の剣≫の悪口を書こうと思い、パソコンの電源を入れた。


 ピーンポーン


 家のチャイムが鳴った。


 俺はこんな時間に何だとイラつき、無視しようと思ったが、嫌な予感がしたので応対することにした。


 ガチャ


 俺が家のドアを開けると、そこにはずぶ濡れのシズルが立っていた。

 

 シズルは顔も雨に濡れていたため、泣いているのかはわからないはずだが、俺は泣いていると思った。


「………………」

「お前、何時だと思ってんだ? あと、傘ぐらいさせよ、風邪ひくぞ。バカ」


 俺は何もしゃべらないシズルの手を引くと、自分の家に連れ込む。


 一体、いつから濡れていたのかはわからないが、シズルの手は氷のように冷たかった。


 手を引かれているシズルは一切抵抗せずにリビングまでやって来た。

 

 俺は濡れているシズルを、ベッドが濡れるのを気にせず、ベッドに座らせた。

 

 その後、再度、風呂にお湯を入れ始め、バスタオルをシズルの頭に被せる。

 

 それでもシズルは何もしゃべらず、タオルで拭こうともしない。


「おい、何があった? 説明しろ」

「…………」


 シズルは答えない。


 チッ、無視か?


 そんなシズルに舌打ちをした俺は、風呂のお湯が溜まったのを確認すると、シズルを担ぎ上げ、風呂場に行き、服を着たままのシズルを風呂に放り込んだ。 


 大きく、水しぶきをあげ、俺にもお湯がかかったが、俺は気にしなかった。


 我が家自慢のそこそこ広い浴槽に沈んだシズルはすぐに湯船から顔を出すと、顔をゆがめて泣き出した。


 俺は悪くないぞ。


 シズルはしばらく泣いていたが、黙ってみていた俺を見上げた。


「ひ、ヒック、お母さん、助からない、もう無理だって、」

「…………」


 俺は何も答えず、黙っていたが、シズルはそんな俺にかまわず、泣きながらしゃべり続ける。


「もう、ダメだっ、ヒッ、お母さん死んじゃう、ヒック、明後日がやまだって、」


 ……明後日ね。

 納期が1ヶ月から2日後とは、どんなブラックな依頼だよ。


 俺はいつまでも泣いているバカ女にイラつき始めてきた。


 泣いて何になる?

 お前はここに泣きに来たのか?

 違うだろ。


「もう、嫌だ、何でこうなるの……せっかく光が、ヒッ、グズ、見えたのに消えちゃった」


 消えた?

 まだ消えてないだろ。

 あと2日もあるじゃねーか。


「ね、ねぇ、私、どうしたらいいかな?」


 てめーで考えろ。

 答えは1つだ。


「お母さん、私のたった一人のお母さん、ヒック」


 イライラする。

 いい加減、殴ろうかな?

 もう、マジで襲おうかな?


「ひ、ヒック、ねぇ、たすけて……たすけてよぅ、何でもするから、おかあさんを助けてください」

「バカが! 早くそれを言え、エロ女!! いい加減に殴り飛ばすところだったぞ」

「え?」


 アホが!

 俺様を誰だと思っている? 


「さっさと、その濡れた服を脱いで、昨日渡した装備に着替えてこい! ダンジョンに行くぞ! 時間がねーんだろ!」


 俺はそう言うと、浴室から出ていき、倉庫代わりの部屋に行き、準備を開始する。


 レベル2のシロウトを連れて、10階層のボスを倒し、深層か……


 俺はこのミッションの難易度が高いことは理解したが、問題ないと判断した。


 多少、無茶をするが、大丈夫だ。

 中学の時やPKしてた時はもっと無茶だった。


 俺は、いつものショートソードではなく、完全装備を準備すると、リビングに戻る。

 そこにはまだ髪が少し濡れているが、ちゃんと昨日のエロ装備に着替えたシズルが立っていた。


「あ、あの……」

「これから、ロクロ迷宮に挑む。目標は25階層以降。ポーションを入手後は即座に帰還する。帰還の結晶は持ったな?」


 俺は何か言いたげなシズルを無視する。


「う、うん、アイテムボックスに入ってる……」

「ダンジョン攻略のルートは昨日、説明した通りだ。だが、お前のレベル上げをしていたら間に合わない。パワーレベリングになるが、仕方ない。敵はすべて俺が排除する。10階層ボスも瞬殺し、まっすぐ11階層に向かう」


 レベル上げに必要な経験値はモンスターを倒すと入手できるが、パーティーを組んでいた場合は、均等に分配される。

 ただし、戦闘への貢献度が低いと、レベルアップ時に獲得できるスキルポイントが減少することが分かっている。


 シズルの才覚を高く評価していた俺は、こいつを効率よく育てるために時間をかける予定だった。


「質問があれば、道中で聞け。時間がない。行くぞ」

「うん。ありがとう」


 シズルはもう泣いていない。


 


 ◆◇◆



 

 シズルを連れて、ダンジョンに行くことに決めた俺は協会に来ていた。


 協会に入ると、夜だというのに、まだエクスプローラ達が何人もいた。

 

 俺はズカズカと大股で受付に近づくと、周囲の人間は俺達を見る。

 あるものは俺を見てすぐに視線を逸らす。

 あるものはシズルの格好を見て驚き、凝視する。


 俺はそいつらを無視し、受付に横入りをする。

 

 すると、横入りしたエクスプローラから文句を言われるが、俺が睨みつけると、すぐに視線を斜め45度下に向けた。

 

 そんな俺を責めてくるような目で見てくる受付嬢に声をかける。


「これからダンジョンに入る。申請してくれ」


 俺はそういうと、Dカードを提出する。

 シズルも俺の後ろから同様にDカードを提出した。


「神条さん、横入りはやめてください。みなさん、ちゃんと順番を守っているんですよ」

「悪いが、説教は後にしてくれ。俺はCランクだ。優先権はこちらにある」

「な!? あなたねぇ、ダメです! あなたが優先されるのは桂木さんがいた場合です。彼女は今日、休みですので許可できません。ちゃんと並んでください」

「そんなことは、どこにも書いていない。高ランクは優先される。ただ、それだけだ。早くしろ。こっちは急いでいるんだ」

「あ、あなたねぇ! もう少しマナーを守ったらどうなんですか!?」


「なんの騒ぎだ?」


 俺と受付嬢がヒートアップしていると、奥から本部長が出てきた。


「落ち着け、佐藤君。おい、神条、何の騒ぎだ? お前はもう少し、大人しくできんのか?」


 本部長は佐藤という受付嬢をたしなめると俺に聞いてくる。


「説教は後で聞く。俺達はこれからダンジョンに入る。申請しろ」

「ふむ」


 本部長は考え込むと、シズルをちらりと見た。


「1つ聞くが、成功率はどれくらいだ?」


 こいつ、事情を知ってんじゃん。


「100だ。俺が今まで、ダンジョン探索を失敗したことがあったか?」

「……わかった。申請は私がしておく。早く行け」

「ああ、助かる」

「ありがとうございます」


 本部長から許可を得た俺とシズルは、本部長に礼を言い、よくわかっていない周囲を無視し、ダンジョンへと向かう。


 ダンジョンに向かう途中、いつもの警備員2人がいた。

 

 こいつら、いつもいるけど、休みは?

 ブラックか?


「なんかよくわかんねーけど、行ってこい。頑張れよ」


 軽薄そうな警備員(榊)が俺にサムズアップして言う。

 どうやら俺達の騒ぎを覗いていたらしい。


「ああ、明日の昼には戻る」

「神条、お前に言うことではないだろうが、気をつけてな」


 厳つい警備員(鈴村)も俺の肩を叩き、忠告してくれる。


「ああ、ありがとう。行ってくる」


 俺達は、2人と別れ、ダンジョン入口へとやってきた。


「昨日、初めてここに来たヤツがこれから深層に行く。気分はどうだ?」

「大丈夫、いけるわ。本当にスキル≪度胸≫様様よ」


 シズルはいつもの調子を取り戻し、俺に答える。


「ここから先は地獄への入口。でも、問題ない。俺はCランクだが、二つ名持ちのエクスプローラだ。≪陥陣営≫の意味を教えてやる」

「うん。ありがとう。頼りにしてるわ」


 俺とシズルはパーティー結成のため、再び仲良く手を繋ぎ、ダンジョンに入っていった。


 

 シズルの手はもう冷たくなかった。


 

 


攻略のヒント

 ロクロ迷宮の10階層までの出現モンスターをまとめました~。

参考にしてね。


 ( )は出現率が低いモンスターだよ。

 

----------------------

 1階層

  スライム、(ゴブリン)

----------------------

 2階層

  スライム、ゴブリン、(ビッグラット)

----------------------

 3階層

  ゴブリン、ビッグラット、(カメレオンフロッグ)

----------------------

 4階層

  ビッグラット、おばけこうもり、(カメレオンフロッグ)

----------------------

 5階層

  おばけこうもり、オーク、(カメレオンフロッグ)

----------------------

 6階層

  オーク、スライム、(エリートスライム)

----------------------

 7階層

  オーク、エリートスライム

----------------------

 8階層

  オーク、ハイゴブリン

----------------------

 9階層

  ハイゴブリン、ゴブリンメイジ

----------------------

 10階層(ボス)

  レッドゴブリン、ハイゴブリン、ゴブリンメイジ、ゴブリン

----------------------

 

『≪モンコン≫ことBランクエクスプローラ春田秋子のブログ』より

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る