第97話 セピアの試練

「うっ……」


 白い空間の中で私は目を覚ました。

 ここはどこだろう。


 見渡す限り、白一面の世界だ。

 何もない。


 ……まるで姉の部屋のような不気味さを感じた。

 アハバインから貰った杖を両手に持ち、飛行の魔法を試みる。


 だが、飛行できなかった。

 魔力が無くなった訳ではない。


 魔法自体は発動したが、霧散してしまったようだ。


 周囲には自分だけ。

 一緒に居た筈のマステマも、アハバインも居ない。


 まるであの学園に居た頃のような心細さを思い出す。


「誰か居ないの?」


 声を出してみるが、返事は無い。


 どうしたものかと思っていると、白一面の世界が変化していく。

 白から黒へ。変化した結果、私はどうやら建物の中にいるようだった。


 魔法で明かりを灯す。

 無事に発動したのを確認し、安堵の息を吐く。


 私にとっては魔法が生命線である。

 アハバインの様に屈強な肉体ではない。

 マステマの様に無敵の存在ではない。


 魔導士としてどれだけ優秀でも、年相応の少女としての耐久力と腕力しか持ちえない。


 明かりで照らすと、黒い壁が見える。

 やはり建物だ。


 今いるのは小さな部屋で、タンスに椅子と机、そして何故か中央にベッドがある。


 部屋から出るドアもあるが、私は一旦部屋の中を調べることにした。


 机の上には何も書かれていない白い紙があるだけ。


 タンスを開けてみると、殆どが空っぽだった。

 一番下の引き出しだけ固く、引き出せない。


 魔法の力で無理やり引っ張ると、中には小さなドクロが入っていた。

 随分と古びている。


 私は直接手に取る気にはなれず、風の魔法でドクロを持ち上げる。

 形は人のようだが、いくらなんでも小さすぎる。


 赤子でもここまで小さくないだろう。

 なにかの動物の頭蓋骨かもしれない。


 すると、笑い声が聞こえた気がした。


 私はすぐさま杖を笑い声のする方へと向ける。

 声は一瞬だったが、ベッドから聞こえた気がした。


「誰かいるの?」


 アハバインもマステマもこのようないたずらをするタイプではない。


 ベッドには毛布が敷かれている。

 中に何かいそうな気配はない。


 風の魔法を使って毛布を持ち上げて見るが、何もなかった。


 私はほっと息を吐く。


 次に聞こえたのは、何か雫が垂れる音だ。

 机から音がする。


 既に調べた机には白い紙が1枚あっただけで、引き出しもなかった。

 机に振り向くと、紙には赤い何かで文字が書かれている。


 赤い何かは大量に使用されたのか机を汚し、一部が垂れて地面に落ちている様子だった。

 その音が先ほどの雫が垂れる音なのだろう。


 不気味だし、不自然だ。

 だが、見ない訳にもいかない。


 私は机に近づく。


 紙にはとても読みにくいが文字が書かれていた。


 内容は……罪と罰、と書かれていた。


 これは一体何なのだろうか?

 あの4枚羽の天使は試練だと言っていた気がする。


 だとしても、これは一体何の試練なのか。私には理解できなかった。


「誰か居ないの!?」


 再び声を出してみたが、返事は無い。

 頭は悪くないと自負しているのだが、このような経験はない。


 知識と化している私以外の記憶を思い返してみたが、天使と遭遇した歴代の祖先は居ない。

 悪魔も遠目で見ただけで役に立つ知識は無かった。


 この部屋にはもう何もなさそうだ。

 とても嫌だったが、ドクロを懐に入れてドアを開ける。


 廊下に出た。

 明かりは変わらずないようなので、自分の魔法で照らし続ける。


 防御用の魔法は展開しているのだが、死角があるのは怖い。


 照明の為に廊下全体を照らす。

 廊下は一本道だ。途中で部屋もない。


 前に歩く。

 自分の歩く音以外に一切の音が無く静かだ。


 静寂すぎて自分の呼吸音すら聞こえる。


 少し歩いていると、左側にドアがあった。

 鍵穴がある。ドアノブに触れてみると、鍵がかかっていた。


 周囲を見ると、壁に引っ掛けに鍵のついたリングがあった。

 私には少し高い。


 風の魔法でリングを取った瞬間、背筋が震えた。


 何かが、居る。


 今まで一切気配が無かった。しかし鍵を取った瞬間、気配を感じた。


 気配は私が歩いて来た方からだ。

 何も居なかったはずだが、この空間自体が普通ではない。


 光源も移動したので、気配がある方は暗闇に包まれていた。


 原理を考えるだけ無駄だろう。


 鍵を鍵穴に差して開ける。


 その音が思いの外大きく響いた。

 何かの気配がこちらを向く。


 私は急いでドアを開け、中に入った。

 鍵を閉める。すると、何かがドアノブを掴むのが分かった。


 その何かは鍵が開かない事を確認すると、今度はドアを叩く。

 大きな音だ。


 恐怖を感じて思わず耳を塞いだ。


 何度かの音がした後、気配が消える。

 一体何だったのだろうか?


 咄嗟に逃げた方が良いと思ったが、魔法で撃退した方が良かったかもしれない。


 アハバインなら的確な判断が出来たのだろうけど。


 入った部屋の中を魔法で照らす。

 中には使われていない手錠と血の跡、そして座り込んでいた老人がいた。


 老人を見た瞬間、出そうになった声を抑える。


 ゆっくりと近づくと、老人が呼吸しているのが分かった。

 老人が私に気付いたのか、顔を上げる。


「ひっ」


 今度は抑えられなかった。

 老人の顔には仮面が縫われており、顔が分からないようになっていた。

 ゆっくりと老人が口を開ける。


「……セピア」

「何で、私の名前を」


 聞き返すと、老人が再び口を開いた。


「ハインの妹、誰からも愛されなかった魔導士。天騎士が救いジギルが救わなかったもの」

「貴方は誰?」


 尋ねると、老人は口を閉じた。

 そして眠り始める。


 部屋には何もない。


 ドアの外にはまだ得体のしれない何かがいるかもしれなかった。


 老人が再び目を覚ますまで、私は待つことにする。





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