第96話 天空の塔の試練

 噴水のエリアから移動すると、そこは頂上エリアだった。


 どうやら到着できたようだ。


 何か待ち構えていると思ったのだが、そんな様子もない。

 ただ地面があり、壁があるだけ。


 ……ふむ。


 全員が階段から頂上に移動する。


「ノエル、あれを」

「はい」


 ノエルに預けていた透明な球体を取り出す。


 わざわざ渡す位だ。何か意味があるものかと思ったのだが……。


「何も起こらないね?」


 セピアの言う通り、球体に何か起きる訳でもない。


(無駄足だったか?)


 所詮はただの言い伝えでしかない。

 恐らく頂上まで来た人間はそれなりに居るが、何もなかったことを伏せたのではないだろうか。


 自分達以外も同じ目に合えば良いと思って。


 こういう事は無くもない。

 迷宮の奥で空振りする事もまた、冒険者をしていれば起こりうることだ。


「ヴィクター」

「はい」

「何も起こらないが」

「そんな筈は……ここは天界に最も近い場所です。必ず天界に繋がる何かがないとおかしい」


 ヴィクターはそう言うが、何もないものは何もない。


「ちょっと貸して」


 マステマがそう言うので球体を渡す。

 するとマステマは球体を覗き込みながら周囲を見渡す。


「居た。やっぱりそうだ」


 球体を通して一番奥を見たマステマが何かを見つけたようだ。

 マステマの後ろに回り、俺も覗いてみる。


 そこには4枚羽の天使が映っていた。


 次の瞬間、地面から足が離れる。

 重力が反転しているのだ。


 ノエルとアーネラはそのままだ。

 2人は慌ててこちらに駆け寄ってくるが、間に合わない。


 俺とセピアとマステマが逆さになってしまった。

 そのまま空へと放り出される。


 瞬く間に天空の塔の頂上から離れ、見えなくなる。

 周囲はただの空だけが広がっている。


 飛行できるマステマの手を掴む。

 セピアは……大丈夫そうだ。


 風の魔法で頼りない足場を作り、そこに足を掛ける。

 無いよりはましだ。


 恐らく魔力量か何かで判別されたのだろう。


 ヴィクターも隣にいる。


 少しだけ間が開いたのち、俺達の前に何者かが転移する。


 それは透明な球体で見た4枚羽の天使だった。

 いつの間にか透明な球体を持っている。


 見た目はヴィクターよりも少し年上の女性だ。

 肩まである栗色の髪。

 見た目は天使らしく美しいが。


「お前は何だ?」

「お前、ではない。私はラジエルである」


 声が帰ってきた。


 ラジエルという名の天使は見た限りヴィクターよりも更に格が高い。

 恐らく、上級天使だろう。


「天空の塔に登りしものに、私は試練を与える」

「あの塔自体が試練ではないのか?」

「あれは選別に過ぎない」


 ラジエルはそう言うと、一冊の本を開く。


「悪魔に、人間が2人に、砕かれし天使。お前達の事は理解した」


 ラジエルの持つ本は自動でめくられていく。

 そして、あるページで止まった。


「では、始めよう」


 ラジエルの周囲に魔力が満ちる。

 恐らく何かをしたのだろう。


 ラジエルが何かした瞬間、マステマが手を放してラジエルに突っ込んだ。

 悪魔と天使が出会ったのだ。これは当然だろう。


 ヴィクターに捕まり、俺は事なきを得た。


 だが、次の瞬間周囲に現れた光の中に飲み込まれる。


 セピアも同じだ。とても回避は間に合わない。

 セピアと俺はお互いに手を伸ばすが、距離があり過ぎた。


 光の中に飲み込まれ、落ちていく感覚を感じる。

 ヴィクターの姿が消えた。


 剣の中に戻されたのだろう。


 そのまま暫く落ちていく。

 どこまで落ちるのかと思った瞬間、唐突に地に足が付いた。


 着地した訳ではない。衝撃などは一切なかった。


 恐らくこの光の中は物理的な世界ではない。

 ただただ白い空間の中、周囲を見渡す。


 目がおかしくなりそうだ。


 ラジエルが現れる。

 だが、先ほど見た時に比べると明らかに力が弱い。

 多分外見だけの張りぼてか何かだ。


「天空の塔を登りし人間。お前に対する試練は……これだ」


 ラジエルがそう言った瞬間、周囲の空間が変化した。


 これは……なんだ?

 見た限り、周囲は恐らく戦いによって荒れ果てた都市だった。


 建物は燃え、攻めている側の兵士たちは女を犯したり金目の物を奪っている。


 こんな光景は覚えがない。


 ラジエルも居なくなってしまった。


 どうすれば良い?

 試練だと言っていたが、ここで俺が何かをすればいいのか?


 いつの間にか俺の武装もない。

 いや、違う。


 自分の手や腕を見る。

 これは俺だが俺じゃない。


 俺の体はただの兵士の姿になっていた。


 ヴィクターが居ないのはこの所為か。


 一応安物の剣は腰にある。


 ……周囲を見渡すと、どうやら俺と同じ所属の兵士たちは城を攻めているようだ。

 とりあえずそちらに行くしかない。


 だが、略奪に夢中になっている兵士たちは気に障る。

 俺は盗賊が死ぬほど嫌いだが、こういう略奪者も嫌いだ。


 女に夢中になっている兵士の後ろにそっと立ち、右腕で兵士の首を抱えた。


「んん!?」


 いきなりの事に兵士が驚いている隙に首をへし折る。

 すると兵士の体が消えてしまった。


 現実ではない、ということか。


 放心している女を見えにくい場所に引き摺り、毛布を掛けてやる。


 何人か狼藉者を始末し、俺は城へ向かった。







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