ノウレイズ魔道国編
第47話 魔道列車のバー
魔道列車。
ノウレイズ魔道国の技術の賜物だ。
大型の魔獣並みの大きさで、長さは先端からでは後ろが見えないほど。
大陸中を横断しているとんでもない代物なのだが、これの凄まじい所は道が必要ない事だ。
先端に取り付けられた巨大な魔石には様々な魔法陣が刻み込まれており、それが列車の通る道を生成し続けるのだという。大抵の魔物は轢き殺してしまうらしい。
列車の走る力が魔力に変換され、それが道を作る魔石に還元されることで長い距離も走破出来るという仕組み。
燃料は流石に燃える石を利用しているらしいが。
「全部この説明書に載っている内容ではないか。偉そうに言うな」
マステマがチケットと引き換えに貰った冊子を眺めながら俺に文句を言う。
全く、折角気持ちよく説明していたのに。
「おいおい、この魔道列車を予約するのは大変なんだぞ。もっと良い気分に浸らせてくれよ」
「大変勉強になりました。ご主人様」
「私達も乗って良いのでしょうか……」
「払い戻しは不可だ。買った本人達しか乗れないようになっている。素直に楽しめ」
ノエルとアーネラは普段は同じ教育を受けたからか似たような感じで動くのだが、こういう時にやはり違いが出る。
素直に感謝したのがアーネラで遠慮がちになったのはノエルだ。
中々面白い。
俺達は既に魔道列車に乗り込んで個室に座っている。
一番上等な席を抑えたのだが、なるほど中々豪勢だ。
貴族でも簡単には乗れない。皇女様でも急ぎの用事以外は利用しないそうだ。
ノウレイズ魔道国に着くまで一日ほどかかるらしい。
帝国との距離を考えればあり得ない速さだ。
フルコースの食事に個室にはシャワーもある。俺たちの居る上級エリアにはバーも開設されており、無料で酒が飲めるらしい。
タダ酒という響きは悪くない。
これも料金込みなのだが。
荷物の類は個室の棚に積んでいる。
結局荷物は大きめのカバンを一人一つで落ち着いた。
必要なものは向こうで揃えればいいのだ。
武器は天剣、雷剣、火剣のみ持っていく。
全て鞘に納めてこれも個室に置いてある。
窃盗に関しては個室に入れる人間が固定されているので心配ない。
まぁ天剣を普通の人間が握ればあっという間にミイラだが。
個室のソファはフカフカで、マステマは跳ねて騒いでいる。
こいつも力の制御がうまくなったものだ。
普段は見た目通り少女の力で活動できるようになったらしい。
寝ているときは意識してないからああなってしまうようだが。
個室なら他の客を気にする必要もないので遊ばせておく。
さて、喉が渇いたな。
水くらいは用意してあるのだが、折角なのでバーにでも行くか。
アーネラにマステマを任せてノエルを連れて行く。
後で不公平にならないようにこの二人も連れて行ってやろう。
面倒は御免なので、ノエルもアーネラも奴隷と分かる外見的な特徴は全て解除してある。
それに加えて三人ともドレスを着せているので中々注目を浴びた。
ノエルには薄紫のドレスを着せており、スカートの下側は薄っすら透けている。
美しい脚線美が映える服だ。
それを堂々と着こなしているのだから、誰も奴隷とは思わないだろう。
ノエルと二人でバーに行くと、獣人のバーテンダーがグラスを磨いていた。
おすすめを聞くと果物のカクテルを提示されたので、酒精を弱めたものを二つ頼む。
俺は酸味のある果実のカクテルを。ノエルには葡萄を使ったカクテルが出された。
グラスを受け取り、バーのカウンターを後にする。
「良い旅を」
俺はグラスを掲げて返事をした。
きちんと教育を受けた獣人だったが、恐らく用心棒を兼ねているのだろう。
着込んだ礼服の下には獣人であることを考えてもなお強靭な筋肉が抑え込まれている。
「美味しいです」
ノエルはカクテルを一口飲んで言う。
俺も口をつけてみると、果実の酸味と砂糖の甘味を感じる。
アルコールは微かに感じる程度だ。
ノエルが飲めないと困るのでこうしたが、丁度良かったかもしれん。
「アハバイン様、一口飲まれますか?」
「いやいい。お前が飲め」
「分かりました」
ノエルも年頃の少女だ。甘いものが好きなのだろう。
奴隷二人には俺の事を名前で呼ばせるようにした。
ご主人様と呼ばせていては奴隷の印を外した意味が無い。
まあ名前でも様付けなのは変わらないのだが、使用人か何かだと思われる程度ですむだろう。
ちなみにマステマを含めて奴隷達にはオルブストの姓を名乗らせることにした。
俺の保護下にあるという事をハッキリさせるためだ。
グラスの中にある輪切りの果実を残ったカクテルと共に口に含み、噛む。
すっぱい果汁が溢れ、その後に苦みが残る。
ノエルが差し出してた手にグラスを預けると、ノエルもカクテルを飲み干した。
葡萄の実を舌に乗せて口に運び、一口噛んで飲み込んだ。
嚥下する時にノエルの喉が動く。
陶器の様に白い肌だ。
「返してきますね」
「ああ」
ノエルはそう言ってカウンターへ行く。
ヒールを履かせてあるので何時もの様にスピーディには動けないようだが、良く似合ってるので良いだろう。
魔道列車の出発時刻はもうそろそろだ。
眺めの良い場所でノエルを待っているのだが、少し遅い。
様子を見に行くと、ノエルが誰かに絡まれていた。
どうやら身なりからして貴族の男のようだ。
お付きの男たちはそれを止めずにニヤついている。
お前等は主である貴族を諫めるのが仕事だろうが。
バーテンダーがなんとか貴族を宥めているのだが、獣人を下に見ているらしき貴族の男はそれを無視してノエルに迫っている。
ノエルは掴んできた腕を振りほどき、強い態度で拒否すると貴族の男の顔が見る間に紅潮する。
既に酔っぱらっているのか?
俺はバーテンダーに近づく。
「お客様、申し訳ありません、お連れ様が……」
「良い、それよりもこれを持っていくぞ」
バーテンダーが恐縮している。だがこの時点で力づくで介入するのは難しいだろう。
俺は氷水の入ったボトルを掴むと、ノエルの方へ向かう。
ノエルと貴族との間は一触触発のような空気になっていた。
ノエルは自分の身を守れる位の訓練は受けているし、いざという時は躊躇するなと教えてある。
掴みかかってきた貴族の男の腕を掴み、足を引っかけて転ばせ、立ち上がれないように胸を踏みつける。
力が無くても出来る素晴らしい動きだ。
慢心していた貴族の男は取り巻きに慌てて襲わせるように指示する。
流石にバーテンダーもこれには黙っていられないと動こうとしたが俺が制止した。
取り巻き達がノエルに近づく前に俺がノエルの隣に立つ。
「アハバイン様。申し訳ありません」
貴族を踏みつけたままノエルが謝る。
突然出てきた俺に取り巻き達はビビったのか、様子を見ている。
俺は氷水を貴族の頭にぶちまけて頭を冷めさせてやる。
「何をする! 私が誰だと思っているんだ。ちょっと美しいからと声をかけてやっただけで!」
足蹴にされている状態で凄まれてもなぁ。
まあノエルが絶世の美少女なのは俺も認めるところだが、手を出したことを許した覚えはない。
俺もまだ手はつけてないというのに。
「お前の名前は?」
「チッ、平民がなぜこんな場所に……良いだろう。教えてやる。私は帝国の名誉ある貴族、カルトフェル男爵である! 分かったならこの足を退けてその女ともども頭を下げよ!」
「そうかそうか。男爵様ね」
俺は皇女様から貰った一枚のカードを出して男爵様に見せてやる。
それを見た男爵は一瞬で顔色が真っ青に変化した。
「わ、分かった。私が悪かった。す、すぐに移動する。足を退けてくれ、ください」
ノエルに足を離させると、男爵は慌てて通常エリアに逃げ出してしまった。お付きの連中は頭を傾げているものの、貴族を追いかける。
権力を笠に着るものは、より強い権力に勝てないものだ。
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