第15話 回想と選択

「さて」

 広さでいうと6人ほどがノートを広げられる程度のテーブル。

 そこに無造作に積まれた商業的漫画雑誌の山を前にして、バイスが僕に語りかける。

「次の投稿先の件なのだが、プロットも煮詰まってきたこのタイミングで検討に入りたいのだが?」

 僕が同意を示すと、バイスは話を続けた。

「次の投稿先として候補となる新人賞が二つある」

「締め切りはいつ?」

 僕は雑誌の山を適当に積み分けながらバイスに尋ねると、

「どちらも3月末」

と腕組みをしてバイスが答えた。とすると、締め切りまではおよそ3ヶ月、落選となった第1作目のおよそ半分ほどしか準備期間がないことになる。

 僕が驚いて顔をあげると、バイスは優しい笑みを浮かべていた。

 その優しさを目にして僕は感情にまかせた抗議の言葉をぐいと飲み込まされた。

「スケジュール的に不安はあるだろうが、前よりも原稿の製作スピードは上がってきている。大丈夫、今の僕らならきっとできる!」

 バイスの声に深い自信を感じる。

 確かに僕も僕なりに作業のスピードは速まったと思っていたが、それ以上をバイスはお求めのようであった。

 僕があまりに暗く切ない顔をしていたらしく、バイスは少し慌てた様子で、

「そ、それに、次の投稿先はいずれも18ページくらいの原稿から募集しているから! 前回よりもボリュームの点では減るわけだ。作成中のプロットをしっかり調節すれば問題ない!」

と助け舟を出してきた。

 気を使わせて申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「それで、その投稿先っていうのは?」

と話を進めてみることにした。うん、とバイスはうなずいてから、テーブルの上の書物の山をまさぐり、2冊の雑誌を手元に引き寄せた。

「ここか、ここだ」

 僕は椅子から立ち上がってバイスの手元の2冊の雑誌を確認する。バイスの手元には、実に対照的な2冊が並んでいた。

 1冊は、大手出版社である株式会社甚大社じんだいしゃが刊行している月刊少年漫画雑誌である。

 創刊から40年を数え、老舗しにせの風格さえ漂う中綴じ800ページ超の堂々たる設え。

 業界内外を問わず大御所と呼ばれる豪華執筆陣がその才を競わせている。

 少年漫画誌としながら長期連載作品が多いので、例えば小学校中学年の男子児童が親に頼み込んで購入してもらうイメージでもなければ、中学生男子が教室内で回し読みをするようなイメージでもない、長期購買読者特化的な雰囲気をにじませている。

 それゆえ実際新人枠的なものもほとんどなく、十年選手ですらひよっこ扱いと思われる構成内容であった。

 一方、中堅出版社である株式会社消力社しょうりきしゃの雑誌のほうは同じ月刊少年漫画誌ながら、雰囲気は大いに異なる。

 創刊から間もないこの雑誌は、基本的にあられもない格好をした少女が表紙から圧倒的な勢いでちりばめられており、設え自体は中綴じ600ページ超と前者と肩を並べてはいるものの、その思想においては天狗てんぐ石楠花しゃくなげくらいの違いがあると言えた。

 連載作品はどれをとっても、女の子が何かのために戦う、もしくは女の子が何もしない、という2通りの内容で統一されており、甚大社の雑誌同様に小中学生には適さない一品である。

 執筆陣は、どの道かはよくわからないけれども、おそらくその道では著名な方が取り揃えられているだろうと推測され、まったくの新人が割り込む枠があるかどうかははっきりとわからなかった。

「正直、決めかねている」

 バイスは2冊の雑誌をほぼ均等に眺めながら、固い声で僕にそう告げた。

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