第47話

 あらあらまあまぁ、いやはやビックリしたよね? と、私――六出梨は二宮君におんぶされている久遠少女を見て数十分前の事を思い出します。


 急遽、追加の夕飯を用意しなければいけなくなったので、その内の一品として行きつけの焼き鳥屋のコロッケを買いにいつものスーパーへ。そしたら見知った女の子がいたので普通に声を掛けたら涙腺が崩壊です。


 入院・蒸発学校イジメ私生活独りぼっちでいくらそろそろ限界だろうと思ってても驚くなという方が無理だろうて。


「……」


 泣いてしまったのが恥ずかしいらしく、久遠少女は二宮君の背中に顔を押し付けて隠す。――まぁ心情を悟れるレベルで耳が真っ赤っ赤さんです。


 あ、ちなみにコロッケは買えませんでした。昨日、焼き鳥屋のオバちゃんがわざわざ私達に『足と腰の病院に行くから明日は来ないからね!』って言ってたのを二人揃って忘れとったわい。

 じゃけぇ油とジャガイモ買った。油と大量のジャガイモを抱えた二宮君による『コロッケを作りなさい』という視線に根負けしたで候。


 ――で、歩く事十数分。久遠少女を背負ったまま我が家へ帰宅する。


「おかえりィ」


「ただいま麻紗姉さん。それとお疲れ様でした」


 帰宅早々、ややほろ酔い状態の麻紗姉さんが迎えてくれる。久遠少年の件で色々と動いて貰っていたのでこうして会うのは実に1週間振りだった。


「おろすよ」


 と、少し遅れてリビングに来た二宮君がそっと腰を落としてソッと背中から彼女を降ろす。


「へェ? 写真で見るよりずっと可愛い子じャない」


「こ、こんばんわ……です」


「えェこんばんわ。それといらっしゃい」


 久遠少女と同じ視線の高さになるように膝を着いてそっと彼女の頭を撫でる。――で、その最中にお風呂の準備が終了した音声が流れた。


「あらあらまあまぁ、沸かしてくれたので?」


「oui。必要になるだろうと思ってねェ」


 そう言って麻紗姉さんは撫でてた手を今度は彼女の頬に持ってき、親指で少し赤く腫れた目元を優しく撫でる。


sympaサンパthiqueティック。とても良い負け方をしたみたいだねェ」


「? それはどうゆう?」


「! わっ――」


 麻紗姉さんは私の質問を答える前に久遠九々を抱き上げた。


「耐えなくて良い現実に負けてやった。耐えなくて良い現状、耐えちゃいけない孤独に耐えなくちゃいけないなんてェ――バカバカしいと思わない? 大人と違ってこの子達はまだまだ子供なんだから」


「?」


「辛いなら素直に声を上げろって事。子供なら尚更声を上げなさいって事だよ」


「あぁ成程」


 確かに心で思っちまった事を我慢するなんてバカバカしい。子供なら尚更です。

 そう思ってうんうんと首を縦に振っていると麻紗姉さんが「じャあ一緒にお風呂に入るからァ、その間にご飯をお願いねェ」と、言い残して困惑したままの久遠少女と共にお風呂場へ向かっていった。


 約1時間後。


「お上がったよォ~」


「あいよ~こっちも出来てるよ~――! あらあらまあまぁ、のぼせてるぅ」


 お風呂から上がってきたと思えば茹で上がったタコの様にグッタリ真っ赤っ赤な久遠少女と、そんな彼女をお姫様抱っこをしたうっとり恍惚とした色っぽい表情を浮かべる麻紗姉さんがいた。


「いいねェ11歳。流石は未成年の未成熟。二十代肌と比べて十代肌は格が違うね格がァ」


「あ、わかる」


「わかんな十代」


 無理! 二宮君、こっちはほぼ毎日12歳の男の子と就寝を共にしてんだぜ? 手で触れずとも肌の色つや、柔らかさと弾力は嫌って程痛感させられてる。十代後半と十代前半ってのはですね? し〇むらとユ〇クロ、ペ〇シとコ〇ラ、き〇この森とたけ〇この里みたいなもんです!! 人気の格が違いますよって。


 あ、今のは私個人の意見です。ちなみに私は無印〇品、ド〇ペ、ア〇フォート派ですがね? フフフ。


「とりあえずソファーに寝かせちゃって」


「もう少し」


「冷めたご飯をご所望で?」


「oui」


 と、麻紗姉さんは名残惜しそうに渋々従う。

 麻紗姉さんが久遠少女をソファーに寝かせている内に、二宮君に食事出しの指示を出して私は用意していた麦茶と人数分のグラスを用意。その内の一つに麦茶を注いでそれをソファーに寝かせた久遠少女の口に少しずつ流していった。


「少しは復活できたかい?」


 グラスの中身が半分減った所で状態を確認する。久遠少女はゆったりとした動きでその首を縦に振ったので持ってたグラスを彼女の前に置く。

 どうやらグッタリ真っ赤っ赤の原因は長時間の入浴ではなく、弄ばれた事による体力消耗が主のようだ。


 なのでもう少しの間はゆっくりさせておいた方が良いだろうと判断。膝枕などをして彼女を休ませることにした。


 ――で、二宮君に持って来て貰ったうちわで仰ぐ事、約二十分後。


「もう大丈夫そう?」


「――うん。大丈夫」


 後ろで二人、食事が終わり片付けの騒音で目を覚ました久遠少女に再度状態の確認をすると、大分落ち着いた顔色で頷かれた。


「じゃあご飯にしましょ」


 そう言って久遠少女を適当な席に座らせて再度食事の用意をする。


 献立は勿論コロッケ定食です。


「はいおまちどうさま」


「あ、ありがとうございます」


 私も含めた二人分の食事を用意してテーブルに並べる。料理が目の前に出された瞬間、久遠少女の喉が鳴ったのを耳にしながら彼女の正面に座った。


 そして手を合わせる。


「いただきます」


「っ……いたや……いたたきっ……いた、だっ……きっ、ます」


 あらあらまあまぁ。長らく言ってなかったせいなのか、それとも誰かに聞かせていなかったせいなのか、何度もつっかえながらなんとか食事の挨拶をする。

 箸の使い方も何処となく不安定であった。


「――っ」


 慣れない手つき箸を操り、例のソースを付けたコロッケを頬張る。――と、彼女の目が大きく見開いて静止した。

 

 で、静止した数秒後、今度は例のソースのみを掬って口へと運ぶ。――運んで、数時間前のスーパー前で見せた涙よりも大粒の涙が流れ落ちた。


「もう……二度、と……食べられないと、思ってたっ……ママのタルタルソース――」


「あらあらまあまぁ、ゆっくり食べな」


 そう言って涙を流す彼女から視線を外し、私も久遠少年が完成させたタルタルソースを付けたコロッケを頬張るのであった。

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