第24話

 時計屋”秋ノ月”から私の足で徒歩10分程度。かつて一度だけ使用した事がある公衆電話ボックスを右折した先にがあった。


「二宮君は猫が死ぬ所を見た事はあるかい?」


 道中のコンビニで買った猫缶二つを路地裏の壁際に並べて蓋を開けながら私は二宮棗に質問をする。彼は一言「無い」とハッキリと答えた。


「私はね? ――ある。丁度ここでとても大きい親猫と、少し離れた所で子猫が死ぬ所をみたんだ」


 と、子猫が息絶えた場所に視線を向けては当時の記憶が蘇る。いつぞやの転校生に電話越しに話した私が猫を好きになったエピソードだ。


「大変興奮していたガラの悪いお兄さん達に乱暴されていてね? 必死に鳴いてたけどその日は生憎の大雨。しかもこんな路地裏だと人は通らないし、運よく通ってた私はタイミング悪く携帯の充電が切れてて警察に通報が出来なかった」


「……」


「…………んはは」


 なんとも歯がゆいと言った表情を浮かべる二宮棗に笑いかける。境遇から仕方ないのだろうけど、小動物にまで人並に以上の情を掛けるとはなんともまぁ優しい男です事。


 まぁだからこの場所に連れてきた。


「30分位だったかな?」


「? 30分?」


「そう30分――悪いお兄さん達が去ったと、親猫さんが息絶えるまでに掛かった時間が大体30分位だった」


「――は?」


 普通の笑みを浮かべているはずの私と、そんな私を得体の知れないモノとして見る二宮棗。無言のまま二人の視線が交差する中、先に話を切り出したのは二宮棗だった。


「病院に連れて行こうとかは考えなかったのか?」


「んー……考えなかった。すぐに息絶えると思ってたから。それに――」


 頬に熱を感じながら私はその瞬間を思い浮かべる。


「心をね、奪われてた。死にゆく姿に心を奪われてた。だから動けなかった」


「――……お前は一体何を言っているんだ?」


 とても長い沈黙だった。得体のしれないモノの言葉のせいか理解と受け入れるのに相当時間が掛かったご様子。そんな二宮棗に私はこのまま続けるべきかどうかをほんの少しだけ考える。


 結果――続行する。


「――ねぇ二宮君。私にだってどうしようもないロクデナシの部分があるんだぜ?」


 と、警告。そして私はここに急遽連れてこようと思った原因でもある薄っすらと赤い頬に触れようと――したが、触れて良い雰囲気ではないので自身の頬を指で突く。


「色々と私の為に動いてくれた事は感謝してる。――けどね? 流石にやりすぎ」


「っ……」


 言葉に詰まる二宮棗。言いたい事があるのにそれを上手く言葉にできないご様子だったので私は話を続けた。


「私はね? 自分が相当のロクデナシだってのを知ってる。だから奈々氏君達が私に向けている憎しみと怒りは当然だと思ってる。――寧ろ私が奈々氏君達を恨むのはお門違いだと思ってる」


「! なんでっ? ずっと友達だったはずの奴らにお前は裏切られて殺されかけたんだぞ!! しかもあの感じだと一方的にだったはずだ。――理不尽にッ、自分勝手にッ、簡単にッ――!?」


「あらあらまあまぁ……そうは言われましてもねぇ? そもそも奈々氏君達が私のご友人? だった事を私、忘れてましたし」


「っあ――……ぁ……」


 そんな馬鹿なと言った顔で私を見る二宮棗だったが、ショッピングホールでの事を思い出したのかなんとも表現と反応に困る表情を浮かべた。


「ん?」


 色んな意味で限界かな? と、思った丁度その時、タイミング良く私のスマホが鳴り、ポケットからスマホを取り出してみると画面には四季先生から『終わった』と、メッセージが表示されていた。


「そろそろ帰ろうか? 四季先生待ってるみたいだし」


 と、私は歩きながら四季先生に電話を掛けようとした瞬間――、


「梨」


「! おぉびっくりした」


 初めて下の名前を呼ばれて驚きながら振り返る。そこにはさっきまでの反応に困る表情ではなく、揺るぎない覚悟を匂わせる様な、そんな真直ぐな眼差しで私を見据えている二宮棗が居た。


「お前は俺を救ってくれた一人だ。だから俺はお前の味方でいたいと思ってる。でもそれはお前が奈々氏に押し付けられていた傍迷惑な感情であり自己満足だって事も理解してるつもりだ。――それでも俺はお前の味方でいたい」


「――……そう」


 味方でいたいと懇願する二宮棗に対し、私は顔だけではなく身体も向き合わせる。


 そして私――六出梨は言った。


「ありがとう」


 と――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る