第20話

「――ハァッ」


 頬に痛みを感じながら嘲笑混じりのため息が出る。これが目の前にいる”怨恨”にその身を静かに焦がす女に対する感想込みの反応だった。


「よくもまぁ……あらあらまあまぁ? そんな顔が出来るなお前。初恋とやらが長引いたのは誰のせいだ? お前だろ。裏切ったのはどっちだ? お前だろ。あの凶行に出た霧島海は誰の兄だ? そして誰のためだ? ――お前だろ」


 と、俺は島之南帆の目をしっかり捉えて言う。言ってて思ったがこれの何処に六出の落ち度があるんだ? 一方的な恋心で制限をされていた六出の方が被害者だろうが。


 しかし恋する乙女様は俺の言葉を耳に入れても心には一切響かなかったご様子で俺の胸倉を掴んで力ずくで顔を近づける。


「犯罪者の子供の分際で説教垂れてんじゃねぇよっ! ――あんたにわかんのか? 一方通行の恋がどれだけ辛かったかっ!」


「っお前――」


「振り向いて欲しくて毎日毎日――……毎日毎日毎日毎日毎日頑張って!? 梨の為になる事を一生懸命考え実行して!! それなのに……それなのにっ! 私だけが梨への想いが膨らんでいくの。でも嫌いになんてなれない。嫌いになろうとすればあの時の光景が頭に過る、その日の夢にも出てくるの!? 狂犬から私を救ってくれたあの光景が鮮明に!! だからもう好きでい続けるしかなかった……だから私を好きになって欲しかったっ、私を選んで欲しかった! 瑞乃でも綾香でもなく私だけを選んで欲しかったッ!!」


「! ――! お前等」


 島之南帆の両目から涙が零れる。そして二人の女のすすり泣く声が聞こえてその方向を向くとその他二人も涙を零していた。


 俺はここでようやくこの二人が姫島瑞乃と相上綾香だった事に気づく。ちなみにクラスの委員長である相上綾香は私服と髪を切っていたからか大分見た目が変わっていて気が付くのに少しばかり時間が掛かった。


 ――が、気づくべきでなかったと後悔した。気づいてしまった結果、島之南帆と同じ思考の奴が二人もいる事実に俺は初めて嫌悪感で全身の毛が逆立つなんて体験をしてしまったから。


「――……気持ち悪い」


「「「「!?」」」」


「『犯罪者の子供の分際で説教垂れてんじゃねぇよっ!』だっけ? ……あぁ俺はお前が言った通り犯罪者の子供だ。他人を批判する権利は父親が捕まった時に無くなった。それを友達が俺の鉛筆を折って笑いながら俺を殴った時に自覚した。そんな俺にお前等は今の言葉を吐かせたんだ」


 掴まれた手を引き離しながら話を続ける。


「勝手に恋して勝手に期待して勝手に託して勝手に疲弊して好き勝手にイケメン転校生に股を開いた結果、逆恨み。――ハッ! ストーカーより質が悪くて気持ち悪いッ」


 と、最後の言葉と共に引き剥がした手を押し退ける。


「――……っ! うるさいッ!?」


 一瞬、島之南帆の表情が苦悩に歪んだがそれを振り払うように再度拳を振り上げてしまう。――が、


「!? なにッ……え」


 島之南帆の肩に手を置く人物が一人――麻紗緋さんがいて、その隣には淳さんが立っている。二人とも目から感情の一切が消えていた。


「……」


 消えているのにその目を向けられている島之南帆は次第に恐怖にその表情を歪め始め、その振り上げた手を微細に震わせながら下す。そしてその手が完全に下りた所で麻紗緋さんは彼女の肩から手を離し、そのまま島之南帆達を無視して俺の傍に歩み寄っては俺が殴られた頬にそっと手を触れた。


「――ふむ。口の中はァ? 血の味はするかィ?」


「だ、大丈夫です。……こいつ等はそのっ――」


 と、急に現れた二人に状況の説明をしようとしたが、麻紗緋さんは「いらないよォ」と言って直ぐ近くにある置いていった小さな紙袋から一台の通話中のスマホを取り出しては、俺達に見えるようにそれを切る。――要するに話は全て聞いていたぞ、と。


「初めまして。六出梨の兄と姉と言えば分かって貰えるかな?」


「「「――え?」」」


 淳さんの自己紹介に、六出と最も関係の浅い相上綾香以外の三人が一斉に戸惑う。どうやら知らないようだった。


「そうか。理由は分からないが梨から聞かされて無かったのか。――俺は橘奈淳一郎。そっちは妹の麻紗緋。苗字から分かるように梨とは腹違いの兄姉にあたる」


「――実の?」


「あぁ実の。半分だがちゃんと血縁がある。梨は俺達の弟だよ」


 島之南帆の問いにハッキリと即答する淳さん。そんな淳さんを恐る恐る近づいてその顔を観察し、島之南帆はその首を横へ振った。


「嘘。似てない。……ねぇ景隆? 似てないよね? 嘘だよねっ?」


 島之南帆は奈々氏景隆に縋るように聞いたが、奈々氏景隆本人は動揺しているのか何も言えない様子だった。


「そうか。まぁ似てる似てないはこの際どうでもいい。お前達が俺達の弟と弟の友人にした事を思えば些細な事だ」


「「ぁ――!?」」


 淳さんの言葉に小さな悲鳴のような声を上げながら島之南帆と奈々氏景隆の表情から血の気が引いていく。


「あぁ安心しろ。責めてはいるが説教はしない。その代わり――」


 と、淳さんは奈々氏景隆の目の前に立ち、それを見た麻紗緋も島之南帆の前に立つと予備動作無しに二人の頬を叩いた。

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