1年目のご褒美
お会計は約束通り、僕が全額を支払った。
愛奈ちゃんが気をつかって「やっぱり割り勘にしましょう」って言ってくれたけど、「ここは僕の顔を立ててよ」と断った。
眉が八の字になって心配そうにしている顔は、思わず写真を撮ってしまいそうになるくらい可愛かったな。
ちょっと厳しいことも言うけど、根は優しいところに惹かれたんだ。他にもいいところがあるけどね?
今は暗くなった外で2人並んで歩いている。家が近いから愛奈ちゃんといる時は、いつも一緒に帰っていた。
「ねえ」
「うん?」
間接キスを意識してしまってから口数が少なかった愛奈ちゃんが、チラチラと僕を見ながら遠慮がちに声をかけてきた。
もしかして間接キスになることを指摘しなかったから、怒っているのかな!?
「あ、間接キスのことはごめん! 気づいてたから言えばよかったよね!?」
「え……、ち、違うわよ! てかそのことはもう忘れてちょうだい!?」
「うえっ!? ちがった!?」
湯気が出そうなほど赤くなった愛奈ちゃんが、たんっと頭に手刀を当ててきた。結構な威力で、違う記憶も飛んじゃいそう。
でも忘れてくれって、無理なお願いだ。たぶんだけど、愛奈ちゃんとのキスって物心がついた後だとはじめてだし。
幼馴染でいつも一緒にいたのに、そういう色恋沙汰は皆無に等しかったんだよ。将棋しかしてなかったから。
「いい? 絶対に忘れなさいよ」
「……善処します」
「それ、反省しない人がよく言うやつよ……そうじゃなくて!」
はぁとため息をついた後に、たんっと地団駄を踏む愛奈ちゃん。
感情がコロコロと変化するのがおもしろくて可愛い。
そんな愛奈ちゃんを心の中で愛でていたら、急に立ち止まってしまった。
どうしたんだろうと思いながら振り向くと、愛奈ちゃんが下を向いて手を忙しなくモジモジさせていた。
そして、ボソッとこう呟いた。
「その……プロ棋士1周年、おめでと」
急なお祝いに、驚いて目を見開いた。
胸に手を当てて、上目遣いで僕の顔を覗き込んでくる愛奈ちゃんに見惚れて言葉が出ない。
心拍数が上昇して、近くにいる愛奈ちゃんに聞こえてしまいそうなほど、ドクンドクンと高鳴っている。
「まだ言ってなかったから……」
「……」
羞恥心が出てきたのか、語尾が小さくなってそっぽを向いてしまった。
でも素直なお祝いの言葉にいじらしく感じて、10月で肌寒いはずなのに心が暖かくなる。
僕はニヤけてしまっているのを隠さずに、口を開いた。
「ありがとう、めっちゃ嬉しい!」
僕の言葉を聞いた愛奈ちゃんは、黙ったまま歩き始めた。
慌てて追いかけて、隣に並ぶ。
ちらっと愛奈ちゃんの様子を伺うと、顔は髪で見えなかったけど耳が赤かった。
対局は負けたはずなのに、最高のご褒美をもらったおかげで悲しくはなかった。
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