間接キス
僕たちがやってきたのは、都内のとあるレストラン。周りを見ると家族連れやカップルなど、明日が休日だからかたくさんの人で賑わっている。
ここまで連れてきてくれた愛奈ちゃんが店員さんに「2人です」と伝えると、すぐ座席に案内してくれた。
混んでいるように見えたけど空いている席があってよかった。
「ねえ、今日の対局は――あの感じ的に負けよね……」
席に座って早々に愛奈ちゃんが今日の結果を尋ねてきたが、なんか勝手に納得している。
ため息をついて落ち込んでたことを思い出したのだろう。
確かにあんな落ち込んだ姿で出てきたら、負けたんだってひと目でわかるか。
「そうなんだよー。今日で3連敗目……自信なくしちゃう……」
「私から話を振っといてあれだけど、元気出しなさいな。まだ1年目でしょ。これからじゃない」
「うーん、そうなんだけどさ……」
僕はたぶん焦っているのだろう。
だって愛奈ちゃんは可愛い。もしかしたら僕以外の男と付き合うかもしれない。考えただけで胸糞悪いけど。
でも実際、学校でよく告白されてるって本人が言ってたからな……。
だから他の男に先を越されないためにも、急いで愛奈ちゃんに釣り合う相手にならなくては。
「ほら、そんな難しい顔しないで。お腹減ったし、メニュー決めて注文しちゃお?」
「うん、そうだね。僕のために誘ってくれたのに、暗い雰囲気にしてごめんね?」
「そこはごめんじゃなくて、誘ってくれたことにありがとうって言って欲しいわ」
「あ、ありがと……」
気恥しさから頬をかいて、そっぽを向いた。
そんな僕のことを、愛奈ちゃんはくすっと笑った。
「ちょっと笑わないでよ」
「だって、かわいいから」
ニヤけた顔のまま、僕の顔を指さす愛奈ちゃん。
イケてる男なら「君の方が可愛いよ」なんてキザなセリフが出てくるんだろうな。
僕の場合は恥ずかしくて言えるわけないんだけど。
「可愛いって、揶揄うのやめてよ!」
だからジト目で愛奈ちゃんを見て、恥ずかしい気持ちをごまかす。
愛奈ちゃんは「褒めてるのに」と首を傾けて僕の顔を覗いてきた。まるで僕の心を読もうとしてる感じに見えた。
メニューを注文してから程なくして、二人分の料理が運ばれてきた。
僕が選んだのはハンバーグで愛奈ちゃんはパスタだ。
愛奈ちゃんは目の前に置かれた料理に目をキラキラさせている。口からよだれが出てきそう。
「ほら、食べましょうよ!」
「そうだね」
もう目が待ちきれないって言っている。既にフォークを手に持ってるし。
「じゃあ、「いただきます!」」
さっそくハンバーグを口に入れる。噛むと肉汁が溢れてきて、デミグラスソースと相性が抜群だ。
おいしくて自然と頬が緩んでしまう。対局で負けたことも忘れてしまいそうだ。
愛奈ちゃんも「ん〜〜っ」と幸せそうに悶えている。そういえば「将棋の次に食べることが好きよ」なんて昔に言っていたような気がする。
「ねえねえ、あなたのハンバーグとてもおいしそうね!」
黙々と食べ進めていると、愛奈ちゃんから声がかけられた。
目線を愛奈ちゃんに移すと、もの欲しそうな目でハンバーグを見ていた。
「ひと口いる?」
「いいの!? いただくわ!!」
ひと口もらえることに喜んでいる愛奈ちゃん、可愛すぎる。この笑顔のためなら、残りのハンバーグ全部あげたっていいよ。
「あーん」
「……え?」
ハンバーグをひと口サイズに切り分けて小皿に載せようとしたら、愛奈ちゃんがテーブルから身を乗り出してきた。
口を開けているってことは食べさせて欲しいってことだよね!?
「えっと……愛奈ちゃん? それって」
「ちょっとはやく! あーん」
確認しようとも有無を言わさず、体を僕に近づけてくる。
前屈みになっているせいか、愛奈ちゃんが動く度にTシャツ越しの胸がゆらゆら揺れて……って胸に視線が奪われたらダメだろ!
てか本当にあーんをしろと!?
いや待て、もしかしたら「なんて冗談よ。本気にしたの? 気持ち悪いわ」なんて言われるかもしれない。
愛奈ちゃんにそんなこと言われたら、一生立ち直れない。
「ちょっと、焦らさないでよ……。あとこの体制もキツい……」
箸を持つ手を震わせながらどうするべきか悩んでいたら、愛奈ちゃんが赤くなった頬を膨らませて睨んでくる。
体を支えている両腕がプルプルしてるから、このままだと姿勢を崩してしまいそうだ。倒れちゃう前に食べさせてあげないと。
僕は深呼吸をして、心を落ち着かせる。
ここまでお膳立てされてるんだったら、男ならやるしかない!
「じゃ、じゃあいくよ。あーん」
「あーん」
震える手を必死に抑えながら、愛奈ちゃんの口の中に箸を入れていく。
そして愛奈ちゃんがパクッと食べてから、ふとあることに気づいた。
え、待って。これって間接キスにならない?
「うーん! ハンバーグもおいしい!」
気づいた時にはもう遅く、僕の箸からハンバーグが無くなっていた。
愛奈ちゃんは幸せそうに、頬に手を当ててモグモグしている。
「ど、どうしよう……」
「私のパスタもあげるわ」
自分の箸を眺めて間接キスになってしまうことに悶々としていたら、愛奈ちゃんがパスタをフォークに絡ませてこちらに差し出した。
「はい、あーん」
「……あーん」
一瞬どうしようか考えたが、僕は無心になって食べることに決めた。まるで、悟りを開いた修行僧の如く。
おー、パスタもおいしい。
「どう? おいしいでしょ!? ここのお店の料理どれも――」
愛奈ちゃんがフォークを見て固まってしまった。おいしさで幸せそうな顔をしていたのが、嘘のように真顔になっている。
そしてフォークをおいて俯いたかと思ったら、わなわなと震えだした。
たぶん間接キスになるって今気づいたんだろうな。
「なんであなたがひと口食べさせることを渋っていたのか、今理解したわ」
「僕の気持ちをわかってくれてよかった。フォークと箸、交換してもらおうか」
「それは、その……べ、べつにこのままでいいわ。こんなかんせつ、き、キスが理由で店員さんを呼ぶのは迷惑でしょ」
はむっと目をつぶったまま、パスタを食べる愛奈ちゃん。
そんな意識されてしまうと、こっちも恥ずかしいんだけど……。
ああ、ハンバーグの味が、愛奈ちゃんの味になってるように感じる。いや愛奈ちゃんの味ってなんだよ。
ダメだ。僕の脳がおかしくなってるよ。
その後は、2人とも無言で食べ進めた。
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