第12話 Penetrate Hunter Ⅲ

 少女の腹から下は真っ赤に染まり、大量の血液が滴っていく。更にその小さな口からは、大量の血が



 その無慈悲な爪撃は少女の肉を裂き、内臓を穿うがち骨を砕いた。それは生物であれば「死」を意味する「致命傷」である事は、見間違えようが無かった。


 だが一方で致命傷を負いながらも少女は、生命の炎を消す事を決して「し」としてはいなかった。




 魔犬種ガルム達のリーダーは自身の爪を少女から抜いた。


 獲物としてこのヒト種がのは事実だ。然しながらこのヒト種に対して、少なくとも敬意を評したのも事実だ。

 故に既に冷たくなってきている少女の身体を、その脚で振り払う事はせず、自身が殺めた者をはずかしめる事無く、優しくその身から爪を抜いていった。



ドサッ


 少女は自分のを失い、お腹から2つに泣き別れかけたその小さな身体は、その場に力無く崩れ落ちていった。




「アタシ、死んだの…かな?」 / 少女は浮かんでいる

「身体の感覚が…無い」 / 少女は真っ黒い世界にいる

「手も、脚も、首も、身体も、アタシの身体の何1つ動かせない」 / 辺り一面の暗闇である


 そこには一筋の光も無く、自身の身体も身体のパーツ1つに至るまで何1つとして見えない。

 見る事は叶わない。


 だからこそ、自分の身体は「もう既に無いのではないか?」と思えた程だった。

 そんな自分と世界との境界がない世界。


 自分の身体が無いのであれば…。

 既に死んでしまったのであれば…。



「この思考は何だ?」


 身体は無いのに…。

 生命は燃え尽きたのに…。



「思考は出来るのか?」


 そんな疑問が降って湧いて来ていた。




 魔犬種ガルム達のリーダーはやはり「詰まらなかった」以外の感想を持ち得なかった。本来ならば配下の群れだけで事足りる。

 故に自分と闘う事が出来たモノへの敬意はあるが、それだけだ。

 だからという評価は変わらない。


 そしてそんな評価である以上、呆気無あっけなく死んだヒト種に対して一瞥いちべつもせず群れの方に向かって歩いていく。



 その足取りは重かった。恐らくは落胆したからだろう。

 「楽しめる」と思い軽快であったその足取りは、「詰まらなく」なった途端に急に重くなっていた。


 だが、話しはここで終わらない。



 魔犬種ガルム達のリーダーが群れの元に辿り着く直前に、先程屠ったハズのヒト種がいる辺りに気配が疾走はしったのを感じ取ったからだ。


 その気配は次第に大きくなっていく。そこには生きているモノは既にいないハズだ。

 だから本来であれば感じるハズが無い気配を、不審に思った魔犬種ガルム達のリーダーは、その気配を確認するべく身体ごと視線を向けていく。



グルッ?!


 少しばかり気怠そうに振り向いた魔犬種ガルム達のリーダーのその表情には、驚愕の2文字が表れていた。

 何故ならば自分が屠ったハズのヒト種が、に立っていたからだった。



 立ち上がった少女のその小さな身体から溢れる清浄で禍々まがまがしく、禍々しく清浄な力の波動を魔犬種ガルム達のリーダーは感じ取っていた。


 そしてその2つの相反する力は大気を震わせ、周囲のマナを凍らせていく。

 大地は悲鳴を上げ森はザワ付いた。


 2つの相反する力の波動が臨界に達した時、少女はえた。



「う…うあ…うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁあ!!!!」


グルァ?!


 声にならない声の叫び。喉が張り裂けんばかりの絶叫。無理やり振動させられる鼓膜を抑えたくなるほどの叫喚。


 それは生きとし生けるモノの恐怖を呼び起こすが如くの雄叫びだった。


 その声はその場にいる魔犬種ガルム達の心と身体を速やかに凍て付かせていった。

 それに因って魔犬種ガルム達は四肢ししが震え、立っているのがやっとの状態に陥り恐慌きょうこうしていく。


 魔犬種ガルム達のリーダーはそこに至り初めて、「このヒト種を相手にしてはいけなかった」と悟り激しく後悔したと言える。

 そうなった時、もう既にに対する「期待」は失くなっており、後悔に対する「絶望」のみだった




 少女は光を見たような気がした。いや、やっぱり気のせいだったかも知れない。

 何も見えない世界だから願望や幻想や妄想の類だったのかも知れない。

 だけど、少女は光を見た気がしたのだ。



往生際が悪いなぁ…まったく。思い返してみればあの時、アタシの腹にはアイツの爪がちゃあんと刺さってたじゃないか。…ふぅ」

「あの状態で生きていられる確証なんて無いのよ?あれで生きていられたら、アタシは一体何者なの?自分が自分の事を信じられなくなるよ?」

「それともアタシは殺されても死なないリビングデッド生ける屍か何かなの?もしそうだったらお天道様に顔向け出来ないわね?ふふふ」


 話し相手なんぞ誰もいない独り言。この黒い世界に於ける気晴らし程度の独り言。

 上には更に上がいる事を知らしめられた自分への自虐。

 そして呆気なく殺された自分への皮肉。




グルルルォル!


 魔犬種ガルム達のリーダーは震える四肢ししむちを打ちながら、群れに向かって声を投げていた。

 だが、その声は恐慌状態にある群れの仲間には届いていない様子だった。



「奇声を発した得体の知れないこのヒト種の元に、得体の知れない何かが集まろうとしている」

「どうすれば良い?一体何が出来る?」

「群れを守る為に何をすれば良い?」


 魔犬種ガルム達のリーダーは必死に考えていた。だが模範的な解答など見付かるハズもなかった。



しまっては逃げる事も叶うまい。こんな状況を作り出したのは全て、浅はかだった自分のせいだ」

「だがッ!力のケタが違い過ぎて勝てはしまいが、我が爪で再び!」


 それが出した解答だった。解決策は無策で、導いた解答は特攻悪あがきしかなかった。




 少女は左右の手のそれぞれに1本ずつ剣を持っていた。ソレは「剣」と形容するのもはばかられる程の、力の波動で編まれた「剣」のようなナニカ。


 左手には黒よりも尚黒く禍々しい雰囲気を発している、漆黒の「剣」が在った。


 右手には神々しく慈愛に満ちて尚美しい光を放つ、白金プラチナ色の「剣」が有った。



 少女は到底相容れないであろう2つの「剣」とは形容し難いエネルギーの集合体を、左右のその手の中にある禍々しさと、神々しさの力の波動を徐々に引き寄せていく。



 2つのエネルギー体は当然の事ながら反発し、その反発したエネルギーは鋭利な刃となって少女の身体を引き裂いていった。


 だが、少女の身体からは血の1滴すら流れ出す事はなかった。それ以前に爪に因って引き裂かれた肉も内臓も砕かれた骨すらも、「まるでそんな事が無かった」かの様に完全に元通りになっていた。

 然しながら破れた服や壊れた装備はそのままの状態であり、付着した血液も元に戻っているなんて事はない。



 相反する力をその両方の掌に抱えた少女の掌が1つに重なった時、相反する2つの力は虚理の原則を破り1つの力を生成していく。



「ううう、ががががぐうぅぅぅ、ぐうわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」


 2つの力が混じりあったその時に、少女は再び奇声を発していた。

 2本の「剣」は1つに混ざり合い、言葉では決して形容出来ない色と形を形成して「そこ」に存在している。


 理論では語る事が出来ない存在。言葉では表現出来ない存在。矛盾を許容しながらも正論を否定するような存在。

 原理原則全ての法則に反する混沌カオス



 少女は両膝を曲げ体勢を低く取り肩の高さまで「剣」を上げていった。その瞳は閉じられたままで、姿形は少女の姿のままで、混沌をその手に持っている。

 少女がその手に持つ混沌の「剣」は大地に対して水平に構え、その切っ先をガルムに向けている。


 その勝負は一瞬だった。少女はその場にいる全てのモノ達の視界から消えたのだ。



 それに対してガルムのリーダーは無駄に足掻こうと必死だった。だが身体はまるで、氷になってしまったかのように微動だにしない。

 声を上げる事も出来ず、吼える事も雄叫びを上げる事もままならないまま、目の前で起きている「現象」を見せ付けられていた。


 もう既にそこには絶望は無い。かと言って希望も無かった。

 そこに在るのは本能から来る、死への恐怖と、生への執着しゅうちゃくのみだった。



「死にたくない。死にたくない。死にたくない」


 たったそれだけがその脳裏にこびり付いていた。



 少女は光を超えた速度で、切っ先を向けたそのままの体勢で、だった。

 少女の姿が消えたその刹那に、少女は魔犬種ガルム達の群れの前に現れていた。

 その群れのリーダーを通り越して。


 魔犬種ガルム達のリーダーは自分の身に一体何が起きたのか、知るよしも無かった。

 だからそのまま痛みすら感じる間もなく、その身体は中心から2つに、左右へとただ泣き別れ崩れていった。


 残された群れの魔犬種ガルム達は、絶対的なリーダーの死と共に更に錯乱し恐慌した。その結果、まるで狂ったように少女に対して次々に襲い掛かっていった。

 その後の魔犬種ガルム達に待っていたのは、一方的な無慈悲の虐殺ぎゃくさつでしかなかった。




「誰か呼んだ?」 / アタシを呼ぶ声が聞こえた

「ねぇ、誰なの?」 / アタシはここにいるよ?


 意味も分からないままの少女は自身の周囲に漂う3つの光球を見た。



「アナタ達が、アタシを呼んだの?」


 その光球は少女の問いに対して何かを語る事はなかった。

 そして何も音を発する事なく、少女の身体の内側に吸い込まれるように入っていった。

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