第3話 異変
【通信終了しました】
「それじゃあそろそろコフィンに入る時間だけど、ティニーは準備いいか?」
外すだけで30秒はかかる自分のシートベルトをゆっくりと外しながら言う。
「心の準備はいいさ。とっくに出来てる。でも少しだけ外を見させてちょうだい」
「ああ。別に焦るようなもんでもないさ。」
眠るとはコフィンと呼ばれる装置で眠ることだ。俺はコフィンを棺とも呼んでいる。
コフィンで擬似コールドスリープを行い、何度か交代を行った上でリギル・ケントに着く。基本は二人ともスリープするが、1週間に1度ぐらい交代で1日だけ起きる。有事の際にはその起きたときで対応をする。
毎月1日に1度一緒に過ごし、またスリープする。緊急事態の場合にはふたりとも緊急でクレードルが起こす。これを4年繰り返すわけだ。だから俺の主観ではだいたい42日もすれば星に到着だ。
【モーニングコールはこの素晴らしき世界でよろしいでしょうか?】
「気が利くね、それでいいよ。」
【それではモーニングコールは7時にセットします】
ティニーはしばらく外部投影モニタの方を見ていたが、2分程で戻ってきた。
「もういいのか?」
「それこそこれからいくらでも見る機会はあるんだ。クレードル、コフィン準備はいい?」
【はい、それではコフィンにどうぞ。】
ゆっくりと拡張領域の端の方にある棺が開き、そこにティニーは横たわる。
【疑似コールドスリープシステム・コフィン定数値にはティニエル用アセットを使用します。予定デコヒーレンス日は1週間後の2188年7月23日7時をセットします。プロシージャ・クンバカルナにのっとりデコヒーレンスを実行します】
「ええ、それじゃ頼む。トーヤ、それじゃ来月また会おうぜ。」
「ああ、またな。」
その声が小さくなりながらコフィンが閉まっていく。締まり際にティニーはウィンクしていた。
【コフィンシステムNo1のステータスはオールグリーン。疑似凍結を開始します】
コフィンに対する防御機構強化のためにコフィンが更にアルミガラスに閉ざされる。コフィンは物理的衝撃に弱いという短所があるため、その対策だ。
「ふぅ。なんかさみしくなったもんだな。」
なにせ宇宙空間はほとんど音がない。空気浄化システムにつながるファンの音だけが鳴っている。
外は真空であり物理的干渉は受け得ない。拡張空間に2つだけある椅子に座り、モニターを見る。
夜空より暗く、もっと星が輝いている。星は瞬くこともなくそこに毅然と存在していた。
「そういやクレードル、さっきのコフィンの証明を切るとかできるのか?」
【いえ、通常権限の場合は不可能です。AIは人間を殺傷することやその行為は行なえません。しかしながらファクトリーコードを実行すればデバッグモード下では可能です。】
「だよな。ロボット三原則が適用されるもんな。」
ロボット三原則ってのは「マスターの安全性の確保、命令への服従、他2つに反しない限りでの自己防衛」だ。
マスターはティニーと俺の2人であり、優先順位は俺が上になっている。一応この船の船長は俺ということになってるからな。
「クレードル、モニタ投影を地球方向へ切り替えてくれ」
【了解しました】
モニターには地球が少しずつ少しずつ小さくなっていく光景が見える。
非常にはっきり見えるのでまるですぐ近くにあるように感じるが、光を遮るもののない宇宙ではこのような錯覚が起こる。
「さて、もうそろそろワープ開始地点だ。想定通りのポイントαへ移動する。クレードル、想定と異なる観測結果はあるか?」
【X+73.2、Y+10.22、Z+39.26、約30.26光年に未確認の小型彗星の発見が地上より報告がありました、シップイオタの経路に修正が入るようですが、本船には影響ありません】
「OK。ポイントアルファに向けてワープ準備。方向制御、移動距離は既定値として設定。緊急接近時の距離は0.5光年を設定する。」
【了解。進行方向はα既定値を使用します。緊急距離は0.5を設定。緊急時には0.1光年先へ証明地点を変更し、クルーへの確認無しでワープアウトするものとします】
「ハイパースペースの証明を実施、終了し次第ワープを実施する」
【はい、ハイパースペースの証明、及びその維持と安定性監視プロトコルを実行します】
見えていた惑星達がぼんやりと見えなくなっていき、そのうち暗くなる。外からの影響を遮断しているからだ。
ハイパースペース航法はいわば指定した方向へ超高速移動を行うワープ方法だ。まぁワープとは聞こえがいいが、実際はどちらかというと大砲に近いような挙動でとんだ先がどうなっているかわからないから、安全性に問題がある。リスクが伴うからこそハイパースペース航法は民間人は使用できないことになっている。俺たちシップのクルーはモルモットのようなものというわけだ。
【疑似拡張空間の定義空間に外部から干渉有り。虚数通信に類似したものがこちらの固有波動数に送信されています】
「ん?拡張空間に?通信用波動数ではなくてか?」
【はい。相互干渉によるデコヒーレンス結果から受信内容を特定しましたが、未知のプロトコルのためです】
「つまり、誰かが俺たちがここにいるってことを分かって通信してきたってことか。クレードル、解析できるか?」
【いえ、既知のもののいずれともヘッダが異なるため何らかの通信であることはわかりますが、それ以上は不明です】
「・・・時空震ではないんだよな?」
【時空震に見られる波形とは異なります。一定強度が継続して受信されることから通信の可能性が高いです】
「それってつまり・・・」
偶然などありえない。俺たちの全く知らない"誰か"がこちらに接触してきているということだ。
そもそもハイパースペースに隔離されているんだぞ?ハイパースペース内では通信ができない。だからこそ定期的にワープアウトして状況を確認しているんだ。
これは既知の情報ではあり得ないことだ。つまり一歩間違えれば宇宙の藻屑になる可能性も十分に考えられる。
「直ちに疑似拡張空間を解除!閉鎖空間化しろ!定義空間の崩壊はあまりにも危険性が高い!」
【その場合、同擬似空間接続の際に時間がかかりますが、よろしいですか?】
「いいから早く!」
【了解しました。……完了しました。定義空間内に多くのエネルギーが残存しています。艦総量としてエネルギー総量は35%に低下】
「ああ、崩壊したらこの船なんか軽く吹き飛んじまうからな」
少し安心したのもつかの間、突然ぐんと上の方に引っ張られるように力がかかる。まるで車が急停止のように斜め上に力がかかるったため、バランスを崩しかける。
「今度はなんだ!」
【ハイパースペース外から干渉あり、定義済みのハイパースペース全体に指向性のある力がかかっています】
ハイパースペース内の他から干渉は不可能。
"誰か"は俺たちの知り得ない技術を持った存在だ。
「まずい!ハイパースペースの壁にぶつかっちまう!緊急スペースアウトだ!」
【了解しました。スペースアウトと同時に周囲空間のスキャンを行います】
緊急スペースアウトはそれなりに危険性がある。本来は虚数空間を通って飛ばしてきた道の途中で出るもんだから、小惑星帯にいきなり突っ込む可能性もあるし最悪目の前の星に突っ込む可能性すらある。
だが、ハイパースペースの壁にぶつかれば虚数空間の定義崩壊の可能性が非常に高い。
風景が正常な黒い宇宙に変わる。
【スペースアウト完了しました。スキャンを実施……完了】
計器を色々チェックして回る。とりあえずレッドランプは無い……なんとか船に異常は無いようだった。
【警告。現在近くの惑星の重力圏に居ます。早期の離脱を推奨します】
「近くの惑星……?」
窓から外を覗くとそこには、青い星が有った。
青と白、少しの茶色や他の色が混ざるこれは……地球?
いや、大陸と思われる茶色の形がまるで違う。こんな惑星が近くにあるはずはない……。
だが、あまりにもその星は……美しかった。
【警告。重力以外の引力を検知。早期の離脱を推奨します】
「なに!?さっきのやつか!?エンジン出力最大にして離脱する!」
パネルとスイッチを変更し、離脱を試みる。
だが距離がとれるどころか惑星との距離がぐんぐんと加速的に近くなっていく。
【警告。エンジンと同出力の引力が発生しました。これ以上の推力を得る方法がありません】
「おいおい!トラクタービームってやつか!?」
トラクタービームなんて人類の技術にはないSFでしかありえないものだ。
だが、そのありえないものとしか思えない状態が発生している。
どんどんと近くなっていく。推進力よりも引力の方が大きい。
これはつまり、墜落することが確定した、ということだ。
「ティニーだっている。仕方がないが不時着を決行する!侵入角を浅くとる為に引力に対して水平方向に緊急スラスターを稼働させろ!」
【姿勢安定システムは正常に稼働。侵入方向に対して回頭を実施……成功しました。想定される大気圏まであと21秒】
先ほど見た見た目からすると、この星は地球型惑星だ。この大気圏突入が船の操作における一番難しい部分にあたる。
「想定される大気圏突入まで減速の為に最大限侵入方向にスラスターを作動させろ!」
大気圏に突入したらスラスターは使えない。
出来る限り減速しなければ危険性が高くなる。せめて15km/s以下に抑えたい。
【姿勢制御情報はすべて手元コンソールにだせ!】
大気圏突入すればもはや口を開くことすら難しい。
俺はそのまま歯を砕かないようなギリギリのかみしめ方を意識して大気圏突入を行うのだった。
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コフィン
※オリジナル設定
物質の変化を止めるための論理冷凍保存装置。正確には冷凍はしていなく、論理的にはコールドスリープとほぼ同じ挙動を行うために便宜上呼んでいる。
肉体を分解し虚数域にエネルギーを保存し、情報の定義を続けるあいだ、時間経過を希薄に定義することで保存が可能。
量子力学における猫箱状態になっており、観測することは主観的、原子的にも不可能である。
解凍時には希薄化した時間経過と現実のギャップを埋めるために大量のエネルギーを必要とするが、その反映を行われずデコヒーレンスを上手く止めてやる必要がある。
エネルギーを必要とする割にはそのエネルギーがそのまま吐き出されるため、基本的にはそのまま虚数域へ保存される。
冷凍式コールドスリープとの最大の違いは冷凍式は「殺して冷凍して蘇らせる」手法であるのに対して、論理的コールドスリープでは「生きたまま存在を消したあとに出現させる」手法となる。
デコヒーレンス
量子物理学における遷移確率の消失(つまり、シュレディンガーの猫における、猫箱を開ける行為)をデコヒーレンスと呼ぶ。
※オリジナル設定
コフィンを開ける際にはデコヒーレンスが行われ、事実が確定する。
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