第143話 一緒に通学

「こうして学校に行くのも久しぶりだな。というか二回目だっけ」


 昨日決めたように、今日は悠斗も電車通学だ。

 以前美羽と一緒に登校した際は、クリスマスイブだった。

 妙な懐かしさにしみじみと呟けば、隣を歩く少女が嬉しそうに微笑んだ。


「そうそう。あの時は電車に乗る前までだったけどね」

「……よくよく考えると、あんなに離れる必要なかった気がするな。すまん」


 あの時は万が一にも美羽との関係がバレてはいけないと、過剰に気を付けてしまった。

 しかし、偶々たまたま車両が一緒になったところで何も問題なかったかもしれない。

 悠斗の自信のなさが招いた事態に謝れば、美羽がゆっくりと首を振る。


「もう過ぎた事だし、気にしないで。それに、今日からは一緒でしょ?」

「もちろんだ」


 以前とは違い、美羽と手を繋ぎつつ電車の到着を待つ。

 すぐに電車は到着し、朝早くのあまり混んでいない車両へと乗り込んだ。

 今は余裕があるとはいえ、すぐに混み出して座れなくなってしまう。

 席の確保の為に美羽と隣同士で座ると、肩に頭を乗せてきた。

 少ないとはいえ人の居る場所でくっつかれて、悠斗の心臓が鼓動を早める。


「……ばっちり見られてるぞ」


 早出のサラリーマンや、悠斗達と同じ境遇の学生から向けられる興味の視線が気恥ずかしい。

 こんな所で堂々とくっつくと注目を集めるのは、美羽とて理解しているはずだ。

 頬に熱が宿るのを自覚しつつ指摘すると、美羽が悪戯っぽく目を細める。


「いいのいいの。彼氏さんの肩を借りるのなんて普通なんだから」

「まあ、そうだけどさ。これからもっと人が多くなるんだぞ? 本当にいいんだな?」


 まだ電車の座席は空いているが、学校に着く頃には満員電車だ。

 当然ながら、視線の数は今と比にならないくらいに多くなる。

 そんな状況でも続けるのかと尋ねれば、美羽が迷いなく頷いた。


「いいよ。むしろ悠くんの傍から離れられなくなるから好都合かな」

「……分かったよ。勝手にしろ」


 美羽が望むのであれば構わないし、正直なところ悠斗も美羽と外でくっつけて嬉しい。

 昨日はつい癖で自転車通学してしまったが、やはり恋人と一緒に通学するというのは心が弾む。

 とはいえ、手を繋ぐ以上に恥ずかしいのは変わらない。

 大胆な行動をされるのが照れくさくて、そっぽを向きつつ許可する。

 しかし美羽には悠斗の内心など筒抜けのようで、くすくすと軽やかに笑われた。


「じゃあ今度からこうするね」

「はいはい。……まあ、一緒に登校出来るってのは良いな」

「そうだねぇ。これも、悠くんが頑張ってくれたお陰だよ。忘れないでね」

「ああ。分かってるさ」


 もっと胸を張れというメッセージを受け取り、周囲の視線に縮こまる事なく堂々と美羽を肩に寄り掛からせる。

 そうして何駅も過ぎると、やはり人が多くなってきた。

 まだまだ悠斗達は電車に乗らなくてはならないので座ったままだが、予想通り視線が増えていく。

 しかし、悠斗の心は少しも乱れていない。

 肩を寄せてくる美羽と、他愛のない話を続ける。


「そうだ。美羽って昼は食堂じゃないよな。途中でコンビニに寄るか?」

「ううん。折角だし、今日は食堂で食べたいな」

「珍しいな。いいのか?」


 美羽が今まで通り食堂を利用しないのであれば、一緒に人気の無い場所で食べようと思った。

 しかし、自ら進んで食堂の人混みに突っ込むつもりのようだ。

 悠斗に合わせる必要などないので確認を取れば、美羽は悠斗の肩から頭を離して真剣そのものの表情で頷く。


「前に食べた時はそれなりに美味しかった気がするけど、悠くんに変な物を食べさせてないか改めてチェックだよ」

「いや、向こうはプロなんだし、味に問題があったら駄目だろうが……。というか俺も美味いと思うし、チェックする必要あるか?」


 いくら大勢の学生向けで味が均一化されているとはいえ、変な物を作る訳がない。

 とっくに美羽の料理に悠斗の舌が慣らされてはいるが、それなりに美味しいのだ。

 ただ、悠斗の発言の何かが琴線に引っ掛かったらしく、美羽がすうっと目を細めた。


「へぇ。私の料理を食べてる悠くんに、美味しいって言わせるだけの腕があるって事かぁ……。あの時は全く意識してなかったからなぁ……」

「いや、美羽と比べたら劣るに決まってるだろ。落ち着けって」


 嫁の料理にケチをつけるしゅうとめのような態度の美羽に、地雷を踏んだとようやく気付いて慌てて宥める。

 しかし美羽に点いた火は消えないようで、ぐっと拳を握り込んだ。


「悠くんに美味しいって言われるのは私の料理の特権だもん。許せないよ」

「学食に対抗心を燃やしてどうすんだ。ほら、いいから落ち着け」

「あぅ。…………ふにゃぁ」


 淡い栗色の髪を撫でると、美羽があっさりと顔を蕩けさせる。

 それどころか、喉を鳴らして再び悠斗の肩に頭を乗せた。

 猫のような態度の美羽はあまりに可愛らしく、頭をずっと撫で続けていたい。

 しかし、電車内のアナウンスが次の駅が悠斗達の高校の近くだと知らせた事ではたと我に返った。


「「「……」」」


 とっくに電車内は満員であり、朝から思いきりいちゃついた悠斗達へ、微笑ましそうな視線や嫉妬の視線が突き刺さっている。

 美羽が頭を乗せてくるのに苦言を呈したにも関わらず、悠斗の方が過剰に触れ合ってしまったのだ。

 凄まじい羞恥が襲ってきて、美羽の頭から咄嗟に手を離した悠斗の頬を炙っていく。


「……すまん、変な事をしたな」

「んー、いいよー。というか、もっとやって欲しいなー」


 間延びした声で、美羽が頭をもう一度撫でろと催促してきた。

 どうやら先程までの気持ち良さに、状況が理解出来ていないらしい。

 昨日美羽のクラスで嫉妬された時もそうだが、美羽は悠斗が関わると周囲が見えなくなるようだ。

 とはいえ、今回ばかりは悠斗も人の事を言えない。

 早くしろと言わんばかりの悠斗の袖をくいくいと引っ張る仕草に、心臓の鼓動が先程よりも早くなる。


「後でな。というか、周囲を見てくれると助かる」

「……ぁ」


 美羽が周囲を見渡し、短く呟いた。

 教室とは違って逃げられないからか、周囲が見えないように顔を俯ける。

 白磁の頬がすぐに赤く染まっていき、もうすぐ火が出そうだ。


「俺のせいで、ごめんな」

「……別にいいけど、今すぐ逃げ出したいよぉ」

「分かった、ちょっと待ってろ」

「うん……」


 美羽が悠斗の服を摘まんで身を寄せたからか、彼氏に縋る彼女の形になってしまう。

 周囲の視線がより強くなるのを感じつつもジッと身を固めて待ち、目的地に着いた瞬間に美羽の手を引っ張って電車内から抜け出した。

 三月の半ばを過ぎても空気は少し寒いが、今はその空気が有難い。

 電車内から流れ出る人の波から外れ、美羽と共に胸一杯に吸い込む。


「はぁ……。やらかしたなぁ。今度から気を付ける」

「ふぅ……。気を付けるというか、むしろあれに慣れてしまえばいいんじゃないかな?」

「俺が無理だから勘弁してくれ」


 まだ頬の赤い美羽が、瞳にほんのりと期待を込めて悠斗を見上げた。

 しかし、あんなに恥ずかしい思いは二度としたくない。

 必死に懇願すると美羽も悠斗が頷くとは思っていなかったようで、へにゃりと力なく笑みながら頷いた。


「そうだよねぇ、分かったよ」

「代わりに、撫でるのは家でするからさ」


 最近は些細な事で美羽の頭を撫でているので今更ではある。

 それでも、美羽は花が綻ぶかのように微笑んだ。


「なら期待してるね。それと私を引っ張っていくの、かっこよかったよ」

「……やっと落ち着いたのに、また恥ずかしがらせるなよ」

「ふふ、ごめんね」


 熱を引かせるつもりのない美羽に文句を言うが、全く反省していない笑顔を浮かべられたのだった。

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