第140話 告白後の朝と昼

「おは、よ、ぅ……」


 教室に挨拶の声を響かせようとしたのだが、大量の瞳と目が合って尻すぼみに小さくなってしまった。

 おそらくだが、この場に居る全員の視線が向けられているはずだ。

 その種類は多く、興味深そうなものや微笑ましそうなものもあるが、当然ながら睨まれてもいる。

 しかし非難の視線から逃げるつもりはないと、気を取り直して動じていないような態度を取りつつ席に向かう。


「ねえねえ芦原、東雲さんと付き合ったんでしょ?」


 悠斗が席に着くまで我慢出来なかったようで、クラスメイトの女子が進路を塞ぎ、瞳を輝かせながら尋ねてきた。

 教室内は静まり返っており、全員が悠斗の発言を今か今かと待ち侘びている。

 

「ああ。昨日から付き合ってるぞ」

「きゃー! 本当なんだー!」

「そう言ったでしょ? 私はあの時ちゃんと見てたんだから!」

「見たかったなー! 東雲さん抱き着いてたんだよね!?」

「そうそう! 芦原が告白したのに、東雲さんの方から抱き着いたの!」

「はぁ……」


 悠斗の言葉を皮切りとして瞬く間に教室内が騒々しくなり、あまりの凄まじさに重い溜息をつく。

 詳しく確認していなかったが、大勢の人が告白を覗いていたのだから、あの場にクラスメイトが居る可能性はあった。

 今更怒るつもりはないし資格もないとはいえ、それでも堂々と覗いたと言われるのは複雑だ。

 何も言えずに肩を落としながら席に着くと、普段よく話している男子達が寄ってくる。


「詳しく聞かせろ! 何がどうなってんだよ!」

「バレンタインの時は興味のない振りしてたのに、しれっと受け取ってたんだな!? 抜け駆けは狡いぞ!」


 責める様な口調だが彼らの表情は緩んでおり、何だかんだで悠斗を祝福してくれているらしい。

 良い友人に恵まれたと笑みつつ、弁明の為に口を開く。


「悪かった。相手が相手だし、もらう予定があるって言ったら絶対探ろうとするだろ?」


 あの時は美羽からもらうのが確定していたので、本当に興味がなかった。

 しかし、詳しく説明すると今以上の騒動になるのは目に見えている。

 申し訳ないとは思いつつ、誤魔化させてもらった。

 ある程度仲を深めているがゆえの弄りを否定できなかったらしく、彼らの顔に苦笑が浮かぶ。


「絶対探ってたな……。まあそれはいいとして、一年は芦原達の話題で持ち切りだぞ」

「だろうな。正直やり過ぎたかもしれん」


 美羽には想い人がいると噂になっていたのだ。昨日もその噂は消えていなかったので、話題にならない方がおかしい。

 ただ、悠斗とてあんなに大勢の人に見られながら告白するとは思わなかった。

 後悔はないが頑張り過ぎたかと渋面を作れば、クラスメイト達も似たような顔になる。


「明らかにやり過ぎだっての。かなりの人に見られてたんだろ? 度胸あるなぁ」

「度胸なんてなかったさ。だからバレンタインでは何もしなかったんだからな」


 度胸がある人なら、あの時に美羽と付き合う事が出来たはずだ。

 けれど、悠斗が弱かったせいでこんなにも遅くなってしまった。

 誇れるものではないので首を振って否定すると、クラスメイトが生暖かい笑みを浮かべる。


「仕方ないって。あんな状況で東雲さんから堂々とチョコを受け取る度胸なんてねえよ」

「そう言ってくれると助かる」

「にしても、その感じだと東雲と前から知り合いだったみたいだな」

「それ聞きたい! 昨日は明らかに初対面じゃなかったよね!?」


 盛り上がりが一段落したのか、悠斗達の会話に数人の女子が割って入ってきた。

 バレンタインデーのお返しを用意していた事や、昨日の悠斗と美羽の様子を知られて「昨日が初対面だ」とは言えない。

 先程は何とかなったが、ここまで来たらある程度は仕方ないと割り切り、確認を取る。


「話せる範囲でいいならな。それと、変に言いふらすなよ?」

「うん! 任せてよ!」

「そういう訳で、頼む!」


 悠斗の周囲で男女関係なく大勢の人が頷いた。

 こんなに多くの人に囲まれるのは球技大会以来であり、若干の恐怖を感じる。

 おそらく、釘を刺しても広がってしまうだろう。

 後で美羽に謝ろうと決意しつつ、口を開く。


「俺と美羽は――」

「きゃあ、美羽だって!」

「……そこからなのか」


 長い話になると覚悟しつつ、美羽と以前から知り合いだった事を軽く話すのだった。





「いやぁ、大変だったな!」

「傍観しやがって。助けてくれたっていいだろ」


 食堂で定食を食べつつ、向かいでけらけらと笑っている蓮を僅かに睨む。

 朝の一幕の際に蓮は一切助けに入ってくれず、教室の端で意地悪そうに笑っていただけだった。

 完全な味方とは思っていないが、それにしても多少は助けてくれたっていいはずだ。

 けれど、蓮はどこ吹く風と言わんばかりに涼し気に笑う。


「本当にヤバそうだったら助けるつもりだったけどな。もうあれくらいじゃへこたれないんだろ?」

「そりゃあそうだけど。人が悪いぞ」

「悪かったって。改めて、おめでとう」

「……ありがとう」


 昨日悠斗を送り出しても、結果が噂として広がっていても、悠斗の覚悟をもう一度確かめたかったようだ。

 お墨付きをもらっただけでなく真っ直ぐに祝福されて、文句が言えなくなる。

 納得がいかずに眉を顰めながらお礼を言うと、蓮が苦笑を浮かべた。

 

「にしても、付き合って最初の昼くらい一緒に食べさせて欲しいよな」

「全くだ。折角付き合ったのに、何も変わらないっての」


 本来であれば、今頃美羽と一緒に昼飯を摂っていた。

 しかし美羽のクラスの女子がかなり根掘り葉掘り聞きたいようで、時間が取れなくなったらしい。

 メッセージアプリの「本当にごめんなさい」という文面からは、美羽が必死に頭を下げる光景が浮かんだ。

 とはいえ美羽が人気者なのは十分に理解しているし、今日は周囲が騒ぎすぎて一緒に食べられないかもしれないとは少しだけ思っていた。

 なので呆れ気味に悪態をついたものの、美羽に怒ってはいない。ただ、周囲への怒りは別だ。


「……ホント、言いたい事があるなら面と向かって言えっての。付き合わせて悪いな」


 興味の目で悠斗を見るならまだいい。しかし時折「覗き魔の癖に」、「ずっと黙ってたやつが何でだよ」という悪口が聞こえてきている。

 悠斗も正しい事をしてはいないので正論は言えないが、陰口を叩く人に言われたくはない。

 針のむしろの中なのに一緒に食べてくれる蓮に謝罪すると、周囲など全く気にしていないように蓮がからりと笑った。


「こんなの家の方のごたごたで慣れてるから気にすんな。噂は悪いように広がりやすいし、言いたいやつには言わせておけよ」

「そうだな。周りを気にするより、美羽の方を気にしたい」

「その調子だ。因みに、放課後は?」

「美羽を迎えに行くつもりだ。駅までだけど、送りたいしな」


 もう自転車で通学してしまったので、彼氏として美羽を駅まで送り届けるのが悠斗の役目だ。

 それに、この調子だと美羽が放課後も捕まりそうな気がする。

 昼休みはまだいいが、せめて放課後くらいは一緒に居たい。

 その為なら実力行使も辞さないつもりだ。

 今回は譲らないと強い意志を込めて呟くと、蓮がご機嫌な笑みで頷いた。


「それでこそ彼氏だ。俺の目に狂いはなかったな」

「誰目線だよ」

「いいじゃねえか! 一度やってみたかったんだよ!」


 決して折れないとはいえ、それなりに多い悪感情の視線の中でふざけ合うのは気が楽だ。

 おそらく、蓮はワザとやってくれているのだろう。

 是非とも乗らせてもらい、くだらない話で盛り上がるのだった。

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