第105話 手の繋ぎ方

 旅行二日目は自由行動となり、蓮と綾香は十時頃に外へ出て行った。

 昨日は情けない姿を見せたので、今度は悠斗が美羽の部屋をノックする。

 「はーい」という軽やかな声が聞こえ、すぐに扉が開いた。


「朝ご飯ぶりだね。悠くん」

「おう。それでだな、まあ、何だ、外に行かないか?」


 大した用事もないのにお出掛けに誘う事が妙に気恥ずかしく、僅かに目を逸らしながら告げる。

 すると、美羽がはしばみ色の瞳を輝かせた。


「うん! すぐ準備するね!」


 弾んだ声を上げて、美羽が部屋の中へと引っ込んでいく。

 暫く扉の前で待っていると、外出の用意を終えた美羽が出てきた。

 今日も相変わらず可愛いなと思いつつも、言葉にはせずに手を差し出す。


「行くか」

「はぁい」


 外出に誘ったものの、特に予定はない。

 それでも、美羽がはにかみながら悠斗の手を握って隣に並ぶ。

 旅館の人に挨拶して外に出ると、昨日と同じく雪が降り積もっていた。


「今日も雪だらけだな」

「家の傍だと積もらないから、新鮮だねぇ」


 感慨深そうに美羽が呟き、悠斗の手を放して道の脇にしゃがむ。

 突然の行動を疑問に思って美羽に近寄ろうとすると、腹に白い物が突き刺さった。

 勢いはなかったので痛くはないが、突然の行動に目を見開く。


「は、え?」

「えへへ。隙あり、だよ」


 悪戯が成功した子供のように、美羽がにんまりとした笑みを浮かべた。

 急に雪を投げつけられた事への怒りなど、少しも湧き上がらない。

 むしろ無邪気に微笑む美羽が可愛すぎて勝手に頬が緩むが、やられっぱなしというのもしゃくだ。

 美羽への仕返しの為に、表情を獰猛な笑みへと上書きする。


「へえ……。やってやろうじゃないか」

「ふふ、そう簡単にやられないよ?」


 受けて立つと言わんばかりに美羽が悠斗を煽った。

 ここまでされては絶対に引けないと、美羽とは反対の道の端に行って雪玉を固める。


「よし、覚悟しろ――ぶっ!?」


 準備が出来たので美羽に当てようと振り向いた瞬間、悠斗の顔に雪玉が当たった。


「あ、やっちゃった……」


 顔に当てるつもりはなかったようだが、悠斗が急に振り向いたせいで当たったらしい。

 美羽がしまったという風に顔を引きらせる。

 怒るつもりなど全くないものの、この場はノリに身を任せるべきだろう。

 先程作った雪玉を持って、ゆっくりと立ち上がった。


「やられたらやり返すのが当然だよなぁ?」

「ひゃー! 逃げろー!」

「待てコラー!」


 美羽が逃げ出したので、すぐに後を追う。

 地面が濡れているので滑らないか気掛かりだったが、問題なさそうだ。

 とはいえ転んでは大変だと思い、ゆっくり追っていると美羽を見失ってしまった。


「逃げ足は速いんだな……」


 スマホがあるので連絡は取れる。旅館の位置を調べたら、迷う事なく帰って来れるはずだ。

 それでも念の為に美羽を探していると、繁華街とは反対にある住宅街の方から幼げな声が聞こえてきた。

 小さくはあるが、毎日聞いている声を聴き間違えはしない。

 何かトラブルに巻き込まれていたらと不安になって見に行くと、美羽が必死な表情で初老の男性と話していた。


「怪我をせんかったらそれでいい。旅行中なのじゃろう?」

「ですが、お詫びをしたいんです!」

「そうは言ってもなぁ……」


 どうやら、美羽が何か粗相をしてしまったらしい。

 とはいえ明らかに男性が困っているようなので、ここは間に入るべきだろう。

 二人に近付くと足音で気付いたらしく、美羽が悠斗を見てバツが悪そうに眉を下げた。


「美羽、どうしたんだ?」

「えっと、走っててこの人とぶつかっちゃったの。それで、お詫びに雪かきしようと思ったんだけど……」

「大した量でもないのじゃから、手伝われるまでもない。迎えも来たようじゃし、気にするな」


 雪が積もっているとは言っても大雪ではないので、本当に人手は要らないようだ。

 けれど美羽の性格上、このままでは絶対に納得しない。

 どうするべきかと僅かに思考すると、すぐに答えは出た。


「美羽が迷惑を掛けたようですし、俺にもやらせていただけませんか?」

「じゃがのぉ……」

「お願いします!」

「……分かった分かった。なら玄関前だけ頼む」


 悠斗と美羽から頭を下げられては断れなかったらしい。

 老人が渋々とだが頷き、雪かき用の道具を二人分持ってきた。


「ありがとうございます。それじゃあやるか、美羽」

「……ごめんね」

 

 悠斗にまで迷惑を掛けたと思っているようで、美羽が今にも泣きそうに顔を歪ませる。

 そんなに気に病まなくてもいいのだと、道具を持っている手と反対の方で美羽の頭を撫でた。


「美羽が怪我してなかったらそれでいいさ。さあ、やろうか」


 お詫びをするのだから、ずっと美羽を慰める訳にはいかない。

 申し訳ないと思いつつ手を離して作業を促すと、気持ちを切り替えたらしく、やる気に満ちた顔で美羽が頷く。


「うん!」

「ほぉ……」


 老人が感心したような声を漏らして、玄関の奥に引っ込んだ。

 つい老人の前で美羽を撫でてしまい、少しだけ気恥ずかしくなりつつも、美羽と一緒に手を動かし始める。

 とはいえ玄関前だけなので、それほど時間を掛けずに作業は終わった。

 道具を返すと、老人が穏やかに笑んで頭を下げる。


「すまんのぉ。助かったわい」

「いえ、私が迷惑を掛けたんですから当然です!」

「……今時珍しいくらいに真っ直ぐな子じゃな。恋人を大切にするんじゃぞ?」


 からかいの色を込めて老人が悠斗を見上げた。

 先程悠斗が美羽の頭を撫でたので、恋人と思われているらしい。

 訂正しようかと思ったが話がややこしくなるし、その発言に対する答えは悠斗の中で決まっている。


「はい、もちろんです」


 今度はしっかり捕まえておくという意味を込めて、美羽と手を繋いだ。

 悠斗があっさりと認めた事で美羽が驚きに目を見開き、その後とろりと蕩けたような笑みを浮かべた。


「……えへへ、ありがと」

「もういい時間なんじゃから、観光に行きなさい」


 お互いに禍根はないからか、老人が微笑を浮かべて立ち去るように促す。

 厚意に甘えさせてもらい、老人へと頭を下げた。


「はい。お騒がせしました、それでは」

「失礼します」

 

 悠斗達が見えなくなるまで老人に見送られていたが、もう大丈夫だろうと肩の力を抜く。

 すると、美羽が手の繋ぎ方を変えて指を絡ませた。

 今まで一度もした事のない恋人繋ぎに、悠斗の心臓が騒ぎ立てる。


「……いや、何で?」

「恋人なんでしょ? ならこうするのが普通だよね?」


 先程の悠斗の言葉を引っ張りつつ、美羽が照れくさそうに淡く穏やかな笑みを浮かべた。

 もうトラブルの件を気に病んではいないようなので、これくらいはいいかもしれない。

 とはいえ、一言くらい注意はすべきだ。


「蓮や綾香さんに見られたら茶化されるぞ?」

「それでもいい。今日はこうしていたいな」

「……じゃあ、そうするか」


 絡ませた指にきゅっと力を籠めると、美羽も同じように握ってくれた。

 心臓はどくどくと激しく鼓動し、無性に恥ずかしくて美羽の顔を見ていられない。

 それでも、繁華街へと寄り添い合いながらゆっくりと歩いていく。

 その後、夕方まで昨日のように食べさせ合いをしたり、のんびりと観光をする悠斗達だった。

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