第107話 スカンディーナの方々に囲まれて困った時に王太子が助けてくれました。

金曜日のお昼休み。その日の定食には人参のソテーがでかでかとのっていた。

隣のフィル様を見ると、最初は人参を横に分けていたのだが、私の視線を感じた瞬間、仕方なしに小さく切って口の中に入れていた。

うん、ちゃんと約束を守ってくれている。私はそれが嬉しかった。


私は大きな口を開けて人参を頬張った。フィル様に見せつけるように。まあ、はしたないのかもしれないけれど、人参を食べているアピールだ。


フィル様は嫌そうな顔をしたが、もう少し大きく切って今度は口に入れてくれていた。


メルケルの方を見ると私に食べさせられたからか、イングリッドの辛子攻撃を怖れてか、ちゃんとアルフと同じだけ食べている。そう、育ち盛りはちゃんと食べないといけないのだ。


「アン、お昼食べたらどうするの」

エルダが聞いてきた。


「私、来週、歴史の発表なの。その資料を図書館に行って借りてくるわ」

「じゃあ俺も行こう」

フィル様が言ってくれるんだけど。


「フィル、少しでも仕事片付けないと。合宿に参加できないぞ」

バートが横から注意してくれた。


「えっ、いや、少しくらいは」

「フィル!」

「じゃあ、俺がついていきますよ」

メルケルが言ってくれた。


「でも、学校の中だから問題はないわよ。一人でも」

「いや、俺も図書館に用があるので」

私の言葉にメルケルが言うんだけど、メルケルと図書館って一番合わなさそうなんだけど。

何の用があるんだろう?



「何の本を借りるの?」

私が聞くと


「それがその」

メルケルは誤魔化す。何かとても怪しい。


「図書館には本を借りに行くんではないの?」

「はいっ。実はアンネローゼ様に会っていただきたい者がおりまして」

メルケルが唐突に言った。


「会ってもらいたい者って、誰なの?」

「友人たちです」

「友人たちって」

「お願いします」

「えっ、いや、別にお会いするのはやぶさかではないけれど」

私は不吉な予感がした。



メルケルに連れられて、図書館の端の人目のないところに行くとそこに4人の男子生徒がいたのだ。


一人がいきなり跪いてきたのだ。残りの皆も跪くんだけど。もう止めて!


「アンネローゼ様。私、貴方様の遠縁に当たるヴァンドネル伯爵が一子の二クラスと申します」

「あ、あの、ニクラス様も他の方々も、平民の私に跪くのは止めて下さい」

私は慌てて言った。そう、私はあくまでも元王女だ。平民に伯爵家の人が跪くのは止めて欲しい。


「いえ、アンネローゼ様は正当なスカンディーナの後継者であらせられます。その御方に跪いてご挨拶するのに何の問題がありましょう」

伯爵令息がそう言うんだけど、絶対におかしい。


「それは私の生まれてすぐの時でしょう。今は平民のアンなんです」

「そのような。アンネローゼ様はスカンディーナの唯一の正統の後継者ではありませんか」

「えっ」

私は戸惑ってしまった。


「今の王族は善政を布いていらっしゃったアンネローゼ様のご両親を弑逆簒奪した者たちです。全国王陛下の唯一のお子様であらせられるアンネローゼ様が正当な後継者であることは間違いございません」

二クラスはそう言うんだけど。

「ニクラス様。何度も言うように、私は平民のアンなのです。それは思うところも色々ありますが、今スカンディーナは女王陛下がきちんと治めていらっしゃるではありませんか」

そう、私は平民のアンなのだ。私が正当な王族なんて考えたこともなかった。それに今は少なくともおばである女王が治めている。それで問題ないと私は思っていた。ブルーノらが私を許せないと攻撃してくるなら、対処はするが取って代わろうなんて思ってもいないのだ。

「しかし、国土は荒れて、凶作が続き、民は貧困にあえいでいます」

「そう言われても私は今は平民のアンなんです。スカンディーナの政治にかかわるつもりは無いんです」

私は言い切った。

「民は貴方様に期待しているのです」

伯爵子息は勝手なことを言うんだけど。


「そんなの平民の私がやってもうまくいくとは思えません」

そう、私はそう思っている。

「そのようなことはございますまい。足りない分は私どもが力を合わせてさせていただきます。どうかお願いします」

この伯爵子息は言ってくれるけど。



「いい加減にしないか。アンが嫌がっているだろう」

私が唖然としていて言葉を探している時に、フィル様が現れてくれたのだ。


「殿下。これはあなたには関係のない話だ」

「何を言っている。アンは私の婚約者だ。関係ないはずはなかろう」

伯爵にフィル様が言ってくれた。


「しかし」

「も、申し訳ありません」

不満そうな二クラスを前にメルケルがいきなり頭を下げて謝ってきた。


「アンネローゼ様のお心を全く考えずに、いきなり変な話をしてしまいました」

メルケルがそう言ってくれるんだけど。


「おい、メルケル!」

「二クラス様、ここは」

他の仲間が伯爵を抑えている。


「政治の話は学園では基本は禁止だ。それをわきまえて欲しい」

フィル様はメルケルと二クラスを見比べて言うと、

「行こう、アン」

そう言うと強引に私はフィル様に手を引かれてしまった。


伯爵子息らの言いたいことは判るけど、私は基本的にスカンディーナに関係するつもりはない。そう、この時は全く無かったのだ。


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