第103話 演劇練習2 私の騎士に隣国の子供たちが飢えていると聞いて私は涙が止まらなくなりました
今日は第1幕の後半で、騎士メルケルとの出会いだ。
幸せな亡国の王女と食うのも困っている騎士メルケルの出会い、ここで王女はカルチャーショックを受けるのだとか。フィル様が機嫌が悪くなるところなんだけど。フィル様にとってはイングリッドの脚本は不満だらけらしい。
私達は配置につく。
結局イングリッドは名前を考えるのが面倒くさいので、本人は否定したが絶対にそうだ、名前は本人の名前が採用されることになった。
「フィル様。人参嫌いなんですか?」
「いや、別にそういうわけでは」
「でも、人参だけ残されていますけれど」
「そうなんだ。実は苦手で」
「じゃあ私が食べさせてあげますわ」
「えっ、いや、アン、それは流石に」
その文句を言って開いた口の中に人参を放り込んだ。
「な、何ていうことだ。好き嫌いするなんて流石に豊かな国の王子様は違うな」
大声でメルケルが言った。
ちょっと、何か実感こもり過ぎなんだけど・・・・。何か私もとてもひどいことしているように思う。
「な、何を言うのだ。好き嫌いくらい、普通だろう」
「それは食の足りている国の王子だから言えることだ。俺たちの国では今も何千人という子が食べ物もなしに飢えているんだ」
私はメルケルの迫真の演技に呆然としてしまった。そうなんだ。そんなに子供たちは飢えているんだ!
「カーーーーット、カット、ちょっとメルケル、台詞が違うんだけど」
「いや、でも、この方が良いかなと思って」
「うーん、まあそうね。まあ、演技も迫力があったし、それでいいわ」
イングリッドが頷いた。
「それよりもアン、そのリアクション何よ。涙なんか流して。次のセリフは」
イングリッドは目から涙を流している私を見て唖然としてるんだけど。
「だってイングリッド、スカンディナの子供たちが食べ物もなくて、今でも飢えていると思うと涙が止まらなくて」
私は泣きながら言った。そうなのだ。期せずして涙が後から後から漏れてくるんだけど。
「いやいや、ちょっと待ってよ。この前は普通にメルケルに食べさせやっていたじゃない」
「でも、子供よ。可愛い子供達が飢えているなんて思わなくて。メルケルら大人はがんばって畑耕せばいいけれど、子供たちはまだ働けないじゃない」
「いや、アン、君が泣きたくなる気持ちも判るけれど、これは物語だから」
フィル様が必死に横からフォローしてくれるんだけど。
「でも、メルケル。現実なんでしょう?」
「いや、確かに子供たちは皆飢えているわけではないので」
私が聞くと慌てて、メルケルは否定したが、
「本当に? 一人も?」
「いや、それは探せば飢えている子供はいますが」
「アン、それは無理だから。このオースティン王国でも、飢えている子供はいるから」
「そうなの? なのに、フィル様は好き嫌いしているの?」
「えっ、いや」
フィル様は私に見つめられて言葉を失っていた。唇を噛んでいる。
「判った。これからは好き嫌いを直すから。だから、もう、泣き止んで」
フィル様も私の涙に慌てて覚悟を決めたみたいだった。
「何か豊かな国は違うな。好き嫌いなんて」
メルケルが呆れているんだけど。
「アン、良い? じゃあもう一度行くわよ」
涙を何とか引っ込めた私はイングリッドの合図でもう一度最初から始めた。
途中までセリフは同じで、
「な、何を言うのだ。好き嫌いくらい、普通だろう」
「それは食の足りている国の王子だから言えることだ。俺たちの国では今も何千人という子が食べ物もなしに飢えているんだ」
「えっ、そうなの。メルケル」
私は驚いて言った。
「何言っているんだ。アン。そんなの大げさに言っているに違いないだろう」
フィル様がいう。
「君が気にすることではない」
「ふんっ、大国オースティン王国の王太子がどんな人物か見てやろうと思ったけれど、女に嫌いなものを食べさせてもらっているだけの男なんて本当に期待外れだな」
「何だと」
「フィル様。ここは抑えて下さい。貴方様はこの国の王太子殿下です。ここは留学生にも広い心のあるところを見せないと」
私が言うと
「まあ、確かにそうだな」
フィル様が私に微笑んだ。
「メルケル。あなたの事は私の心の片隅に覚えておきます」
「ふんっ、平民に覚えられても仕方がないんだが」
憎まれ口をメルケルが叩く。
「き、貴様、アンがせっかく言ってやったのになんてことを言うんだ」
フィル様が食って掛かるが、
「まあ、王太子よりもお前の方がまともだな。俺はメルケル。宜しく」
フィル様を無視してメルケルが手を差し出す。
「貴様、俺のアンに手を差し出すな」
「まあ、そうおっしゃらずに」
憤るフィル様を抑えて私はメルケルに挨拶したのだ。
「私はアンよ。よろしくね」
私はメルケルの手を握った。
第一幕はここまでだった。
「おい、イングリッド、待てよ。これじゃあまるで俺はバカ殿じゃないか」
フィル様が怒ってイングリッドに食って掛かった。
「えっ、今まで気づかなかったの? そのように書いたんだけど」
「な、何だと」
「それよりも、脚本、これじゃあ、もう一つよね。もう一度この土日で考えてくるわ」
怒っているフィル様をイングリッドは無視しているんだけど。
「ええええ! また中身変えるの?」
私は驚いて言った。後一ヶ月くらいしか無いんだけど。本番まで。
「まあ、そんなに変えないから。それよりも、メルケル。あなた、土日私の屋敷に来なさい。色々教えて欲しいの」
「えっ、侯爵様の屋敷にか」
驚いてメルケルが聞いた。
「ちょっと、私の騎士を勝手に誘わないでよ」
私が文句を言う。
「じゃああなたも来れば」
「当然行くわよ」
「じゃあ私も行く」
「ちょっと待て、当然俺も行くぞ」
私の言葉にエルダとフィル様が声を上げるんだけど。
「えっ、フィル、仕事は良いのかよ」
バートが慌てて言ってきた。
「じゃあ半日だけ」
「まあ、いいっか。この土日はイングリッドの家で合同合宿ってことで」
アルフがぶち上げた。
「えっ、でも流石にまずいんじゃない」
私が慌てるが
「えっ、良いわよ。40人くらい、2人部屋くらいにすれば部屋もなんとかなるわ。でも、あんまり待遇には期待しないでよ」
「本当に良いのかよ」
言い出しっぺのアルフも慌てていた。
結局イングリッド邸での週末合宿が決行されることになったのだった。
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ここまで読んで頂いてありがとうございます。
私の他の物語紹介です。
『ブス眼鏡と呼ばれても王太子に恋してる~私が本物の聖女なのに魔王の仕返しが怖いので、目立たないようにしているつもりです』
https://kakuyomu.jp/works/16816927862146961833
初めて恋愛日間ランキングに載りました。学園に入学したエレはブス眼鏡と陰で呼ばれているほど、分厚い地味な眼鏡をしていた。エレとしては真面目なメガネっ娘を演じているつもりが、心の声が時たま漏れて、友人たちには呆れられている。実はエレは7歳の時に魔王を退治したのだが、魔王の復讐を畏れて祖母からもらった認識阻害眼鏡をかけているのだ。できるだけ目立ちたくないエレだが、やることなすこと目立ってしまって・・・・。そんな彼女だが、密かに心を寄せているのが、なんと王太子殿下なのだ。昔、人買いに売られそうになったところを王太子に助けてもらって、それ以来王太子命なのだ。
その王太子が心を寄せているのもまた、昔魔王に襲われたところを助けてもらった女の子だった。
二人の想いにニセ聖女や王女、悪役令嬢がからんで話は進んでいきます。
そんな所に魔王の影が見え隠れして、エレは果たして最後までニセ聖女の影に隠れられるのか? 魔王はどうなる? エレと王太子の恋の行方は?
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