90 黒鳥居の向こう側 03


 異世界で見つけた剣は一色の薙刀を軽々と受け止める。

 逆に薙刀に纏った黒い靄が霧散する。


 一色は淡々とした顔のまま、薙刀での攻撃を繰り返す。

 僕はそれを受ける。

 慣性に従ったまま一色の攻撃を受け続け、畑の真ん中に着地する。


「ちょっと! 一色! 落ち着いて!」

「…………」


 無表情のまま攻撃を続ける一色が怖い。


「一色! 取り憑かれ過ぎ!」


 これで何回目?

 三回目?


 憑依体質とかいうのなのかな?

 いやでも困る。


「ええと……前はどうしたんだっけ?」


 剣で受けている内に黒い靄を失った薙刀がボロボロになっていく。

 この薙刀は一色の武霊傀儡の武器だと思う。

 たしか、一回目はアリスが解決したんだよね。

 二回目は……武霊傀儡を支配されたから、その大元を倒したんだっけ?


 大元を探すって……どこにいるかもわかってないし。

 さっきの大きな赤ちゃん?

 なんか違う気がする。

 だとするとあの女の子?

 生活魔法・失せもの探しをしてみるけどわからない。

 アリスもまだ見つかってないし……。


 ううん。


「一色、ごめん!」


 覚悟を決めて魔眼・遠視を多重起動させて、一色に魔力喰いを集中させる。

 ずわっと、黒い煙が一色の体中から溢れ出し、昇っていく。


「ぐっ……うおお!」


 一色が焦った様子で僕に襲い掛かって来る。


「ちょっと我慢して」


 黒い靄がなくなってしまえば、とりあえずは支配から抜けられるのではないか?

 そう思って魔力喰いを続ける。


「ぐふっ」


 やがて一色を覆っていた黒い着物のようなものがなくなり、彼女はその場で倒れそうになる。


「おっと」


 それを受け止める。


 とりあえず再び神聖魔法・聖砦を構築して近づいてくる餓鬼や鬼に対抗しておき、一色に呼びかける。


「ん……」

「あ、気が付いた?」

「彼方? はっ!」


 見下ろす僕に気付いた一色が、顔をこわばらせる。


「ど、どうしたの?」

「ま、まさかいま、私は彼方にお、お姫様抱っこされているのか⁉」

「ん? あ、ああ……そうかも?」


 そうかもというか、そうだね。


「もうこのまま離れない」

「いや、立てるなら立とうね」

「無理。少なくとも今夜はもう無理」

「無茶を言わない。ほらほら」


 我が儘のいなし方はアリスで教わったので神聖魔法・祝福と回復魔法で治療をしてから立たせる。


「後はアリスだけか」

「え? アリスが見つかっていないのか?」

「そうそう。……アリスって入って来たよね?」

「いや、わからない」

「そっか。そうだよね」


 最初にあの黒鳥居を潜り抜けたのは一色、その次が僕だ。

 アリスもその後に潜ったとは思うんだけど。


「僕が入った後で使えなくなった可能性もあるのか」


 いないと心配するぐらいならその方がまだマシなんだけど。

 向こうで心配したアリスがなにかをしでかすかもしれないと考えると、それもまた怖い。

 逆に、なにもされていないとそれはそれで寂しいかも?


 いやいや、変なことは考えない方がいいよね。


「それにしても、一色はどうしてあんなことになってたの?」

「あんな? ……あっ⁉」


 僕に問いかけられてなにかを思い出したのか、一色が声を上げた。


「そうだ! 私、先輩に会って……」

「会えたの?」

「ああ。それで、一緒に出口を探そうとして……気が付いたら、こうなってた」


 なにがなんだか。


「とりあえず、なんとかここを脱出する方法を見つけないとね」


 餓鬼たちが再び聖砦の外に集まり、侵入しようと頑張っている。

 それらを魔力喰いで吸い倒していくことを繰り返す。

 このままなら、たぶん朝まで保つ。

 さっきの一色みたいな邪魔がなければ。


「そういえば、一色はここがなんだかわかる?」

「ああ。おそらくは隠れ里系の特殊な空間だ」

「出る方法は?」

「それはその時々だからわからないが、出口がないということはありえない。ここは鏡の世界のようなものだから、何も映していない鏡にはなにもないように、この世界も向こう側とどこかで繋がっていなければ存在できない」

「そっか」

「しかし、ここは相当に淀んでいるみたいだな」

「そうだね」


 遠視と魔力喰いの組み合わせを五つ展開させているのだけど、おかげでそこには黒い靄が竜巻みたいに空に昇っている。

 貯蓄魔力値が凄い勢いで溜まっている。

 朝になったらまた何かを育てよう。


「それにしても、なくなったりしないのかな、この黒い靄。あ、そうだ。これってなんていうの?」

「邪霊の気、邪気、瘴気、怨念、負の意識……呼び方は色々だね。好きに呼べばいい」


 そういえば、一色と紅色さんが霊障みたいなのになった時、楢爪さんがそんなことを言っていたっけ。


「その時々で呼び方は変わるかもしれないけど、本質はそんなに変わらないから」

「そっか」


 ふと、気になった。

 魔力喰いというスキルで、これらを吸収することができる。

 アリスはたしか、この世界では魔力がこういう形で表れているみたいなことを言っていたけれど……なら、魔力ってなんだろうって考えてしまうのは余計なことなのかな?


「全部を吸い取るのはいくら彼方でも無理じゃないか? いや、どうなるかはまったくわからないけど」

「ここが壊れたりとかしないよね」

「……それもわからない。そんなことをしようとした術者なんて、いままでいなかっただろうし」

「そっか」

「…………」

「…………」


 僕と一色は目を合わせた。


「「じゃあ、どうなるかやってみようか」」


 どうせこの状態が続く限り魔力喰いは止められないんだからそうしよう。

 二人でそういう結論になった夜だった。


 その後、すぐに夜が明けた。

 なんか嫌がられたような雰囲気があるんだけど、違うのかな?




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