75 憑依スライム・アリス&カナタ16


「心配しなくとも帰るのは簡単だ」

「うん、そうだよね」


 ここにいるのは僕たちの魂の一部。それをスライムに憑依させているだけなんだから戻るのは簡単だと思う。


「でも、それだとこの体はずっとここにいることになるよね?」

「いや」

「いや?」

「前にも言っただろう? 体内にスライムが入ると……」

「あ」


 栄養を全部スライムに取られるんだっけ?


「だからその内このモンスターは死ぬだろう」

「でも、その後は?」

「……海の中を流されるだろうな」

「うう……」


 それを聞いて思わず身震いする。

 深海の世界は魅力的だけど、同時にめっちゃ怖い。

 所詮は借り物の体? スライムなんだけど、ちょっと愛着が付き始めているのも事実。

 もうだめだと脱出してしまうのはなんだかかわいそうだ。


「心配せずとも地上に戻る方法はある」

「本当に?」

「侮るなよ。我は魔王だぞ」

「そうだけど」

「こんなのは転移で一瞬だ」

「そんなことできるの?」

「当たり前だ。世界間を移動できる我だぞ? 同じ世界の間を移動するなど容易い」


 ぽよんとスライムボディで胸を張るアリスを見て、信じることにする。


「そっか、それならいいんだけど……」


 安心したら周りをちゃんと見る余裕ができた。

 ここはどの辺りなんだろう?

 やっぱり胃?


「これだけ広いと僕らがいるぐらいだと飢えたりしない、かな?」

「かもしれないな」


 それならよかった?

 人間じゃないとはいえ、理由もなく殺すのは悪いよね。

 後、気になるのは……。


「……なんか、ゴミが多いね」


 そこら中に船の残骸みたいなのや、大型生物の骨みたいなのがある。

 なんかグルグル変な音が続いているし。


「もしかして、不調だったりして」


 胃の中に消化不良の物がたくさんあったら気持ち悪いよね? たぶん。


「ちょっと、掃除しようか」

「む? モンスターハントはしないのか?」

「それもいいけど、大型生物の内部を冒険っていうのも楽しそうだよね」


 船の残骸とか形の残っている骨とかもロマンを感じたりする。


「ふむ……まっ、あの骨とか溶かしたりしたらいい魔力が手に入りそうだな」

「なんの骨がわかる?」

「うむ。……あの長いのはシードラゴン種だな。あっちのでかい肋骨はキングホエール種か。平たいのはブレードマンタ種だな。お、これはフォートレスクラブか?」

「どれも大きいよね」

「そうだな。どれもこれも、生息場所次第ではまさしく王として君臨しているだろうな」

「え?」

「あまり気にするな。それより、まずはフォートレスクラブにしよう。うまくいけばお宝が手に入るかもしれないぞ」


 アリスの言い方からして……いや、なんとなくわかってたけど……。


「この胃の持ち主って、すっごく大きいよね?」

「超すっごく大きいぞ」

「うへぇ」


 もう、それ以外に感想が出ない。

 それからじわじわと時間をかけて山みたいに大きなサザエみたいなのを溶かす。

 すると……。


「あれ? なんか出て来た」

「おうっ! 出たか!」


 アリスが嬉しそうに叫んでぴょんとそこに跳んだ。


「なに?」


 見ればそれは黒い球だ。

 大きさはサッカーボールぐらい?

 うん? この光沢、見たことあるような?


「……真珠?」

「そうだな。あっちの世界にもあるのだろう。誰ぞが小さいのをアクセサリーにしているのを見たぞ」

「しかも黒真珠」

「うむ」

「でっかい」

「価値があるぞ」

「うわぁ……」


 お宝ってことだよね。


「まぁ、ここにある骨を売っても一財産どころじゃなく儲かるがな」

「うへ」

「売るか?」

「う~ん、骨はいただきます」


 こっちでお金儲けしてもねぇ。

 使い道があんまりないし。


 そういうわけで次々と骨を消化して貯蓄魔力値を頂いた。

 黒真珠はもう見つからなかったけど……。


「また見つけたぞ」


 キングホエールの骨の所に移動したらアリスが呼ぶ。


「今度は何?」

「これだ」


 白っぽい、石?


「キングホエール種の腸内でたまにできるものでな。香料としても貴重だが、魔法薬の材料としてはかなり貴重だぞ」


 ホエールってことは鯨。

鯨の腸内。香料。


「竜涎香?」

「そちらではそういうのかもな」


 竜涎香を海岸で見つけたってニュースを前に見たことがあるけど。


「竜涎香ならあっちでも売れるかも?」


 売るなら紅色さんか退魔師協会の楢爪さんに相談してみたらいいかも。

 それを考えて首を振った。


「売るか?」

「……手間を考えるとね。アリスは使い道ないの?」

「ふむ。我も錬金術は嗜むからあるにはあるぞ」

「それなら、アリスが持っていればいいよ」

「そうか?」

「うん」

「ふむ……」


 と、少し考えたアリスなんだけど。


「そうか」


 ニヤリと笑った。

 ちょっと失敗したかなと後悔した。




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