53 GW騒動記03


 振り返ると受付カウンターにいたスーツの女性が出て来ていた。


「予定していたメンバーが全員揃いましたので、これから部屋割りをします。その他の連絡事項もお伝えしますので集合してください」


 スーツの女性の言葉に従ってロビーの各所にいた人たちが集まって来る。

 一色にキレられていた男子と仲間たちも一緒にいた大人に合流している。

 僕もアリスと一色の袖を引いて紅色さんに合流した。


「それでは改めまして、この度は今回の仕事をお請けいただきありがとうございます。今回は広域浄化の大仕事となります。全体的な脅威ランクはCからBと低めに設定しておりますが深刻度はSオーバーを設定しております。なにが出るかは予測できませんので、十分に気を付けてください」


 スーツの女性は淡々とそう告げる。


「脅威ランクとか深刻度って?」


 一色に小声で質問する。


「簡単に言えば脅威ランクは敵の強さ、深刻度はその場所の浄化のしづらさ」

「ありがと」


 わかったとは言い難いけどこれ以上の詳しい説明を聞いている暇もない。

 女性の説明は続いている。


「今回は実習も兼ねてそれぞれの弟子や附属校の生徒の皆さんもいらっしゃいます。単独での行動は避け、無理もしないようにお願いします」


 それからさらに食事やお風呂のこと、その他のスケジュールなどを話していく。


「この旅館は退魔師協会によって結界が張られており安全ですが、外はそうではありません。勝手に外に出るのはもちろんですが、単独行動は絶対に避けるようにしてください」


 スーツの女性……名前がわからないので協会員さんとしておく……協会員さんはそう締めくくるとそれぞれの集団の代表に部屋の鍵を渡していく。


「境衣さん」


 鍵を受け取ってさあ移動しようとしていたら協会員さんが紅色さんを止めた。


「どうしたの?」

「どうしたのじゃないですよ。どちらですか?」


 そう言って、協会員さんが僕とアリスを交互に見る。


「一色ちゃんは何度か見てるからわかりますけどこのお二人は初めてですよね? なら、境衣さんの言う『天才』はどちらかってことになるんですけど、それとも両方ですか?」


 そんな会話が大人の間で交わされる。

『天才』っていうのがどういうことかわからないけれど、質問をする相手がいるのに軽く見るだけで紅色さんと会話するというのはどういうつもりなのだろうか?

 ちょっとむっとしていると、協会員さんがそれに気付いたのか表情を改めた。


「ごめんなさい。悪気はないの。紹介されていないのにいきなり話しかけるのは失礼でしょう? それに、退魔師さんの流派によっては弟子の行動を制限している場合もあるから、どちらにしろ、保護者の了解を得るのは大事でしょう?」


 保護者。

 その人、ここに来るまでに缶ビール十本以上も空けてますけどね。


「では、改めて挨拶させてもらうわね。退魔師協会の職員で楢爪小舟(ならづめこぶね)よ。よろしく」

「あ、よろしくお願いします。琴夜彼方です。こっちがアリス」

「まだ助手だからね。小舟ちゃん」

「ふふふ、楽しみにさせていただきます」


 意味深に笑う。


「それより小舟ちゃん。こんな大仕事に高校生を巻き込んじゃっていいの?」

「それが上の判断でして」

「上ねぇ。深刻度がS上なのに?」

「どうも、いまの上の方々は深刻度を軽視されているようでして。脅威ランクが低いのだから時間をかければ問題ないだろうし、手数がいるなら……と」

「まっ、成功しようが失敗しようが私は報酬もらって帰るだけだけどね」

「いや、成功してもらわないと。扇谷近辺の土地をうちが買い上げましてですね」

「ああ、やっぱりそういうことしてたんだ。オカルト地上げとか、最低」

「いや、これはそもそも……」


 なにか言い訳をしている協会員さん改め楢爪さんを放置して、紅色さんはエレベーターのある方へ向かっていく。

 僕たちもそれに付いて行った。


 渡された鍵は二本だった。


「どういう部屋割りにする~?」


 紅色さんが楽しそうに鍵を振る。


「大人チームと子供チームで!」


 ずばっと手を挙げたのは一色だ。


「いや、男女分けが普通じゃないの?」


 そう言いつつちらりとアリスを見る。

 あいかわらずご機嫌斜めだ。

 うーん、こんなアリスを紅色さんと一色に押し付けるのも悪い気がする。

 とはいえ僕の口から家分けでというのもなにか……紅色さんに茶化されそうだしなぁ。


 そんなことを考えていると、いきなりアリスが動いた。


 問答無用で紅色さんの持っている鍵を一つ取ると、僕の腕を引っ張ってそちらに部屋に向かっていく。


「それじゃ、この部屋割りで」

「ああ!」


 ニヤニヤ笑いの紅色さんと未練を見せる一色を置いて、僕たちは部屋に入った。


「うわ、広っ!」


 部屋に入って最初の感想がそれだった。

 靴を脱ぐとすぐに外を見渡せる広い居間があった。


「おお」


 と思わず呟きながら窓に寄って外を眺めて、すぐに気付く。

 隣が見えないように柵がしてあるけど、あそこってまだこの部屋の領域だよね?

 あ、そういえば玄関のところで隣に行く扉があった。

 トイレじゃなかったのかと戻ってみると、そこはトイレと室内風呂に繋がる空間になっている。大きな洗面台もあるし、ドライヤーもある。タオルと浴衣も積まれている。

 ここは脱衣所だ。


「うわ、マジか」


 奥に行ってみるとさっきの柵に囲われた空間になっていて、そこは露天風呂だった。

 ヒノキ? 木製で囲われた風呂に、湯が入り続けている。


 あれ? 温泉、枯れたって言ってなかったっけ?

 手を付けてみると温かい。

 それにすぐ目に付くところに湯を止めるハンドルも見つからない。

 さすがに呑んでまで確認しようとは思わないし、味でわかるわけもないんだけど、見た目は完全に露天風呂だ。


「アリス、露天風呂だよ!」


 居間に行ったままだったアリスにそれを告げに戻ると、なんと彼女は全裸だった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る