32 ぐったりとどっさりな日曜日


 車が市内に戻った頃には朝になっていた。

 ファミレスで朝ご飯を御馳走になる。

 その頃には疲れていたのでアリスがチョコパフェを頼むのを止めることもできなかった。

 元気でも止めることができたかどうかは疑問だけれど。


「ああそうだ、これ」


 アパートの前に到着したところで紅色さんが封筒を渡してきた。


「なんです、これ?」

「お給料」


 意味深な厚さの封筒にびっくりする。。


「次からはもっと儲かるから、それじゃあね」

「あ、ちょっと……」


 車が出発してしまい、見送るしかない。


「もうよいから、我は眠いぞ」

「あ、うん」


 大あくびするアリスに押されて部屋に戻る。


「もう、まずは寝るぞ。全ては起きてからだ」

「でも、風呂には……」

「生活魔法を使え」

「あっ」


 生活魔法の中には自分の体の清潔さを保つ魔法もある。

 なるほどとそれを使用すると、乾いた汗の嫌な感覚と頭皮の脂っぽさが消えた。

 風呂上がりに髪まで乾かしたときのさっぱり感だ。

 周りの空気もきれいになった気がする。


「おお、便利」


 服の汚れも一緒に落ちたみたいで感動する。


「ほれ、寝るぞ寝るぞ」

「あ、うん。だから真っ裸にならない!」

「ふん、寝る時くらい自由になれんのか」

「自由って」

「衣で武装する必要もなく、心安らかに眠りを享受する。これほどの贅沢がどこにある?」

「え? うう~ん」

「加えて愛しい夫殿が横におれば天上の愉悦にもまさるというものではないか? ん?」

「んぐっ!」


 見えそうで見えないポーズで煽って来るアリスに息を呑む。


「ふふふ……疲れておるが、カナタが望むならかまわんぞ?」

「ええい!」

「ぶほっ!」


 しかしこれ以上の挑発には乗らない。

 大きめのシャツを上から被せる。


「寝る!」

「ああ、カナタ! 怒るな!」


 背中に貼り付いてくるアリスの感触にドキドキしていたけど、やっぱり疲れていたんだと思う。

 すぐに眠くなった。



††紅色††


 Prrrrrrr……


「は~い。ああ、おつかれおつかれ」

「#$#%#$%#」

「なに? 興奮しすぎ。こっちは寝起きなんですけど?」

「あれ⁉ あれ⁉ なんなんですか!」

「あれってどれ?」

「どれってわかっているでしょう⁉ 御山の件ですよ」

「ああ、御山ね。御山。……名前は?」

「そんなことどうでもいいでしょう⁉ いいですか紅色さん! あそこにいたのは戦国時代よりも昔に土地神に馬鹿なことした馬鹿大名の馬鹿怨霊なんですよ。下手に社を作って慰撫して、でも民も馬鹿だから歴史を忘れて放置して、馬鹿怨霊に馬鹿戻りした馬鹿だったんですよ!」

「ちょっと馬鹿馬鹿言いすぎじゃない?」

「脅威ランクはBですけど深刻度はSだったんですよ? いままでの紅色さんなら土地鎮めに半年はかけていたはずでしょう」

「だねぇ」

「それがどうして一晩できれいさっぱりなくなっているんですか!」

「いやぁ……天才をみつけちゃったかも?」

「は? なんですかそれ⁉」

「それ以上はまだ秘密」

「ふざけないでください!」

「ふざけてないよう。じゃあね」

「あ、ちょっ!」


 通話終了。


「……まっ、頼り過ぎは危険かもしれないけど」


 アリスのことを思い出しながら紅色は呟く。

 一度も手伝いはしなかったけれど、彼女の存在感はずっと彼方とともにあった。

 彼方を試したことも見抜かれていたし、あの山にこもっていた瘴気を払ったのは彼方ではなくアリスなのではないかと思っている。


「払った?」


 本当に?


 自分の言葉に疑問を抱く。

 払うというのは、要は淀んでいたものを風で拭き散らし、より広大な場所に希釈化させるということでもある。

 だが、あの消え方はそういうものではない。

 まさしく言葉通りに消えてなくなっている。


「たとえばだけど、あの淀みが全てあの子が吸い取ったとかだったりしたら?」


 彼方が事故物件でやったこと。

 あれができるようになったのは間違いなくアリスが関係しているに違いない。


「怖いねぇ。怖い」


 そう呟くと紅色は睡魔に負けて瞼を下ろした。



†††††



 十二時過ぎたくらいで目が覚めた。

 おおう、お昼ご飯の時間だ。

 アリスはまだ寝てる。


「あ、そうだ」


 紅色さんに貰った封筒を確認してみよう。

 座卓に置いておいた封筒の中身を確認する。


「ふぐっ!」


 思わず変な声が出た。

 札束を固定する紙を初めて見た。


 え?

 ていうことは……。

 え?




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