第34話 正しく恐れよ


激しい雷雨の中で戦うタケミとバアル。


タケミは雷雨の中で立ち尽くしていた。

「はぁ……はぁ」


酷く息をきらしている。


「随分とボロボロになったもんだな」

ゼブルは既に満身創痍のタケミを見てそういった。


しかし彼はまだ倒れずに立っている。


「はぁ、なにこれぐらい……いい感じに身体の毒素が出てくれて……スッキリ健康になれるぜ」

息をなんとか整えようとするタケミ。


「ふん、そこまで口が叩けるならまだ元気だな」

バアルが再び高速で動き始める。


(そう言ったものの、どうするかなー。相手の攻撃が殆どみえないな)

相手の攻撃が身体に触れる、その感触を察知してなんとか深手を負わずに済ます事しか出来ていない。


当然、彼からの攻撃も先ほどからろくに当たっていない。


(これ以上赤鬼の出力を上げてもダメだ、今のままスピードを上げた所で攻撃が相手を捉えらんねぇなら意味がない)


タケミは自分の呼吸に意識を向ける。


(集中しろ、なんでもいい、アイツの動きに対応できる方法を)



バアルはタケミの周囲を高速で移動しながら彼を観察していた。

(このままでは状況を打破できない事に気付いたか。無闇に拳を振るうことを止めたな)


背後から迫り攻撃するバアル。


タケミはギリギリの所でそれを避けた。


(なんだ、今避けたか?偶然、いや希望的観測はやめよう。特にこの男に対しては)


彼は再び攻撃を仕掛ける。

なるべくタケミに感づかれないように特殊なステップとフェイントを織り交ぜていく。


今回の攻撃は避けられなかった。


しかしバアルの警戒心が解ける事はなかった。

代わりに彼はタケミの変化に気づく。


タケミは目を閉じていたのだ。

(目を閉じている?視覚で追えないから他の感覚に意識を集中させるということか?)


タケミは依然として、自身の呼吸と鼓動に意識を集中させていた。

(音にも頼るな。遅すぎる。思い出すんだ、山の時、どうして生き抜けたのか)


彼の脳内には、この世界に来てからずっと暮らしていた山の光景が広がっていた。


(あの時はまだ力もなかった。走ってもすぐに追いつかれる。それでも生き抜けたのは魔獣の殺気を感じ取れたからだ)


彼はバアルの攻撃を受けながらも思い出していた。あの頃の彼はまだ自身を守る術が殆ど無く、ただがむしゃらに逃げ回っていた。しかし、あるとき彼は気付いた、魔獣が襲ってくる瞬間に熱を感じる事に。それは殺意や敵意、そういった強烈な意識なのだと彼は理解した。


(なんであの熱が分かるようになったのか。おれが恐れてたからだ。でも足がすくわれる訳じゃない、恐怖と上手く付き合えていたんだ)


しかし彼は次第に強くなり、魔獣達の頂点に立つようになるとその感覚は徐々に薄れていった。


恐怖を自身から遠ざけてしまったのだ。


(山を出てから分かっただろう?おれはまだまだなんだ。とんでもない奴らがいる、だから正しく恐怖しろ。それこそが生き抜く最善の方法だ)


ソウトゥース、フォルサイト、そしてバアル・ゼブル。彼らとの戦いでタケミは再び恐怖を取り戻しつつあった。


彼の赤鬼が解除される。


「なんだ、体力温存か?それとも諦めたか?」

バアルが話しかける。


「……」

タケミは黙ったままだ。


(分かるぞ、貴様の感覚がまるで刀剣のように研ぎ澄まされていくのが。ならばみせてみよ!)


次の瞬間、タケミは体正面中央に強烈な熱を感じた。

とっさに身体を動かすタケミ。


目を開けるとバアルの腕が目と鼻の先を通り過ぎようとしていた。


(これだ!)

タケミは目の前を通過しようとするバアルの右腕に噛みつく。


「なにをッ!?」

流石にこれは予想外だったようで、バアルが驚いた顔をする。


「どうら、ふかまえたぞ(どうだ、捕まえたぞ)」

タケミの歯がバアルの腕の甲殻を砕き喰い込む。


「……ッ!!なんと野蛮な!」


タケミは再び身体から大量の蒸気を発生させた。


彼は両拳を握りしめる。


(これは流石に……良くないな!)

バアルが自身の腕を切り落とそうとする前に、タケミの拳が襲いかかった。


まずは左脇腹に拳が突き刺さる。

次は右側頭部に、そして振り抜いた拳を返す反動で左側頭部を。


相手は自身の意思で動くことは出来ずに、ただ外部からの力に振り回されるだけしか出来ない。

まるで暴風雨に攫われる木の葉のように。


自分がどんな状態にあるのか、正確には把握できない。ただバアルは自身を襲う、想像以上の衝撃にどう対処するかを考えるしかなかった。


(いかん、流石にこれを受け続ける事はできん!なんとか脱せねば)


タケミもまた一心不乱に拳を繰り出していた。


ただ目の前にやってきた機会にありったけをぶつける事だけを考えていた。


(コイツに2度同じ事は通用しない!このチャンスは絶対に逃がせねぇ!!!身体がぶっ壊れようが構ってらんねぇッ!今はひたすらにッッ!)


するとタケミの右腕に亀裂が走る。


タケミは獣のような咆哮をあげ、その腕で渾身の一撃を放った。



今までにない衝撃、もし常人がそこにいたら鼓膜が破裂していたであろう轟音が放たれた。


気づけばバアルは遥か遠くの地面に倒れていた。


タケミの口には千切れたバアルの腕がぶら下がっていた。どうやら先程の一撃で腕の根本から千切れてしまったようだ。


「ガハッ!!ハァ、ハァ……ッ!!」

倒れたままバアルは血を吐き出す。


(なんだ、今のは……?明らかに奴が現状で出せる力では無かった!!)


彼は千切れた腕を再生させ起き上がる。

(何にせよ腕のお陰で助かった)


「ちくしょう……もうちょっと……殴れたのに」

タケミも大きく息を荒らげていた。


彼は自身の右腕に目を向ける。


腕全体に亀裂が走っていた。

亀裂からは血が流れている、どうやら皮膚が裂けたようだ。


タケミ視点ではその傷の原因がよく理解できていなかった。しかし相手のバアルは何が起きたのか、その一部始終を観ていた。


(先の一撃、その直前に奴の右腕が膨張した。恐らく筋肉が膨張し、その急激な変化に対応出来ずに皮膚が裂けたのか)



「また、おかしなドーピングを……」

バアルはそうつぶやく。


「ん?ドーピングって……おお!おお!?なんだなんだ?」

タケミが質問しようとすると地面が大きく揺れた、その後に突風が吹き荒ぶ。


「フォルサイトか、随分と派手にやっているな。にしても……」

バアルは衝撃の発生源に目を向けた。


「なるほど……よし、もう近接で貴様と戦うのはもうやめだ。慣れないことはするもんじゃないな、こういうのはアイツに任せた方がいいな」


バアルは飛び上がり、空中で止まる。


「また銃か?」

「いや、今回は我の真の魔法を見せてやろう」

そう言ってバアルは右手を空に向けた。


「我が本領を目の当たりにすること。光栄に思うが良い」


彼の背後に大量の文字と幾何学模様が組み合わされた陣が展開される。


「なんだ、それ」

「魔法陣というものだ。初めて見るか?まあ今時は中々みないな」


氷を纏ったもの、太陽のように光を放ち炎を纏うもの、雷が周囲を駆け巡っている巨大な石がその魔法陣から現れる。


空を埋め尽くさんとする隕石だ。


「隕石ィ?!」

「ほう、知っているのか。この世界の上に鎮座するあの空、その更に上に存在する巨大な石、このような物が無数にあるとは興味深い。世界の広さを学べるな」


バアルが指をならす。

魔法陣から現れた隕石はタケミのいる地表めがけて動き始めた。


「さあ、今度はどうする?近接戦が出来るのは分かった。しかし遠距離、魔法にも対処できねばこの先生き残れんぞ」


「どうするったって。そりゃあ……」

タケミは深く屈む。


隕石は雷雨の中を突き進む、それに向かってタケミは飛び出した。


「やはりそうくるか」

「おれに出来る一番のやり方だ!!」

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