第32話 自分に出来る最善のこと
魔力開放をしたマリス。彼女が生み出した海に飲みこまれないようにと炎の壁を周囲に張っていた。
「わが身を守れ!アルミス・イグニス!」
しかし相手の水の勢いは増す一方。
「ふん!炎に関しては他の魔法に比べてまだマシ。まあマシ程度だがな!」
マリスは竜巻のような海流を生みだし、ユイの炎をかき消そうとする。
(なんとかこの水を攻略しないと。炎で周囲の水を押しのけてもその場しのぎにすぎない。この包囲網から出る手段を、なんでも良いからやらないと!)
「何企んでんだ?!」
マリスが高速で接近してくる。
怒涛の水流に炎の壁を押し崩され、ユイは海に飲み込まれてしまう。
ユイは杖を振るおうとする。しかしそこは水中、当然地上のように振るうことはできない。
軽々とその攻撃を避けて背後に回り込むマリス。
「そおら!これで終わりだ!!」
ユイの背中に目掛け槍を突き出す。
「ッ!!」
しかし槍が捉えたのはユイのローブだけだった。
上方から赤い光が。ユイは転移魔法を使い海水の上空へと逃げ出したのだ。
ユイが魔法を放った。特大の炎の槍がマリス目掛け飛来する。
「しまった!!……なんて言うと思ったかっと!」
マリスは炎の槍を素手で掴み、ユイに投げ返す。
投げ返された槍はユイの左足側面をかすめた。
それだけでもかなりの損傷を負った。
「ぐッ!」
撃ち落されたユイは再び海水に落ちる。
「転移魔法の事を知らないとでも思ったか?随分と温存してるなと思ったが、切り札もダメだったみたいだな。水に逆戻りだぞ」
マリスは足をタコの足のように変化させる。
「水中で呼吸も出来ねぇ劣等種にこんなのはどうだ?」
その足でユイに絡みついた。
「そぉら、これはどうだ!?」
ユイの身体に絡ませた足に力をいれて彼女の全身を締め上げる。
ユイはもがくが余計に身体は締め上げられる。
「無駄だぜ、タコの足ってのはすべてが筋肉だ。お前みたいな、か細い腕じゃとてもとても。ほら酸素がどんどん無くなるぜ!」
身体が握り潰されそうになり、たまらずユイは口から酸素を逃してしまう。
(だ、だったら……!)
「おっと、魔力を吸い取ろうとするならやめておいたほうが良いぞ」
ユイは全身の力が抜けていくような感覚に襲われる。
「ああ、だから言ったのに、魔力を吸うどころか私に吸われてるじゃねぇか」
(な、なんで!?)
戸惑うユイの顔を見てマリスは話す。
「魔力は少ない方から多い方に流れる。つまりお前より単純に私のほうが魔力が多いってことだ。私は魔力量もそして魔法の技術も何かもがお前以上の存在って事だ」
締め上げられるユイの身体からは軋む音が。
「さて、得意の魔力吸収は効かなかった。もう策はねぇのか?そろそろ降参か?」
ユイの意識は徐々に薄れていく。
「ふん、そろそろか?」
マリスがそういうとユイが足に噛みついてきた。
「っ!何して……」
直後、彼女を中心に大爆発が起きる。
その勢いでユイは海水から飛び出た。
「はぁはぁはぁ、危なかった。服ちょっと焼けちゃった。土壇場だけど出来たぁ」
ユイはボロボロの身体に追い討ちをかけるように火傷を負った。しかし、爆発の寸前に防護魔法を行使した事で体がバラバラにはならずに済んだのだ。
「ふざけた真似しやがって!」
マリスが怒った顔をして現れる。
「うわ、怒らせちゃった?」
「まさか自爆みてぇなことするとはな。全く人間の考える事はよ。それに嚙みつくなんて、うーバッチぃぞ!」
こちらも多少の火傷は負っているがそれはみるみるうちに回復していく。
「でもちゃんと出れたでしょ?水でちゃぷちゃぷ遊ぶだけじゃあ私は倒せないよ」
ユイは杖に炎を纏わせて構える。
「まだまだ、降参なんてしなよ」
ボロボロな体、それでもニヤリと笑って見せるユイ。
「ふん、そうかよ、どうせまた小賢しい事を考えているんだろうが。圧倒的な力でねじ伏せてやる」
槍に激流を纏わせるマリス。
「これで終わりだ。万物穿て!我が絶槍!」
マリスは足元から大波を発生させ、その勢いに乗ってユイに迫る。
(きた!これで決めるしか他にない!腹をくくれ!イトウ・ユイ!)
ユイは動かずに構えたままだ。
「ははは!迎え撃つ気か?どんな小賢しい作戦を考えたのか、私に見せてみろ!!」
波の勢いを増し、突撃するマリス。
(そこッ!!)
ユイは勢いよく杖を突き放つ。
「甘い!」
しかしマリスは身を翻し、尻尾でユイの突きを弾く。弾かれた杖は遠くに飛ばされてしまう。
「これで最後だ!!」
マリスの槍がユイの腹部に突き刺さる。
「がぁッッ……!!」
刺された部分から酷く出血した。
ユイから流れ出た血が槍に伝っていた。
「ふん、アホが……素質は悪くねぇのに、くだらねぇ意地を張りやがって。それで死んだら元も子もないだろうが」
そう言ってマリスが槍を引き抜こうとすると、ユイの手が、槍を持つマリスの手の上に重なる。
「まだ生きてるみたいだが、残念もうおしまいだ。さっさと治癒魔法でも使って治さねぇと人間のお前じゃ死んじまうぞ」
「やっと、捕ま……えた」
ユイがそういって笑う。
すると槍に付着した血が発火し、炎の縄となってマリスの腕と槍を捕らえた。
「何っ!てめぇ!最初からこれを狙って!?」
「へへへ……ゴホッ、はぁはぁ、今は魔法使いとしてあなたと張り合うのはもうやめた、自分にできる最善のものを考える」
ユイは口から血を吐きながらマリスの体をつかむ。
「これで本当に最後」
首を後ろに倒すユイ。彼女の額が炎の揺らめきのような光を放つ。
マリスは押しのけようとするが身体に力が入らない。
「な、なんで魔力がお前に吸われるんだ!?死に損ないで私よりも魔力がないお前に!?」
魔力を吸われているのはマリスだけではなかった。
ユイの足元にある地面も魔力となって彼女に吸収されていた。
(物質を魔力に変換してる?!それがこいつの!)
「ベル……イグニスッ!」
ユイはマリスを掴んだ手を思いっきり引き寄せると同時に頭を前方に振り出す。
互いの額が強烈に衝突、すると爆炎が発生し二人を大きく吹き飛ばした。
飛ばされた先でユイは地面に倒れる。
なんとか顔を上げて前をみた、するとそこにはマリスがまだ立っていた。
「うそ、これでも……ダメなの」
彼女が落胆の声を出すと同時にマリスが口を開く。
「く、くそぉ!」
そう怒鳴る彼女は頭をおさえる。
「二度も……、全く……理解、できねぇ……!」
この言葉を放ち、マリスは地面に倒れた。
同時に彼女の背後にあった海水はその形を崩し、辺り一帯に広がる。そして滝のような豪雨は止み、雨雲の隙間から太陽が現れた。
「や、やったぁ、おわっ……た」
ユイにはもう立ち上がる力は無かった。
なんとか大きい外傷だけを応急手当てするユイ。
ふと、血がついた手が目にとまる。
その時タケミの事を思い出した。
彼に無茶はするなと言った事を。
「ははは、私も人のこと言えないかな。本当はみんなのところに行きたいけど、ちょっと休憩」
そういって少しばかり目を閉じて休むのであった。
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