潜入捜査
提供された情報によると、リアルでのリリーと思しき女性――日高つばめは中野のメイドカフェ【冥途の土産屋】で働いていたらしい。
――とんでもないセンスの店名だな。
私は店のホームページを開いてザっと眺める。コンカフェといっても夜はバーになってお酒も出すらしい。
すでにつばめ――こと源氏名すずめの紹介ページは消えていた。しかし、ネットに残っていた紹介ページとテイストは同じであり、情報に間違いはなさそうだ。
この店の同僚や彼女を指名していた客から話を聞ければ真相に近づくことができるだろう。
――でも、どうやって?
客として行って話を聞いてもらえるだろうか。
いや、それは難しいだろう。つばめがいなくなった今、彼女を指名していた客はそもそも来ないだろうし、他の客同士で会話をするなんてことはありえない。
金を払って女の子との時間を買いに来ているのだ。私がかわいい女の子であっても、つばめの話に時間を割いてはもらえないだろう。
となると選択肢は一つだ。
――体験入店で潜入捜査しかない。
私は引きこもり気質のコミュ障である。あまり人と喋るのも好きではない。他人の粗探しとか、推理をしている時は饒舌だが、いわゆる日常会話とか雑談みたいなものは得意とはいえない。
だが、やらなければならない。
――私だってやる時はやるんだ!
でも、体験入店の面接ですら落ちたら?
ありうる。十分にありうる。
マッキーに同行を頼むしかないだろうか。誘って、一緒に体験入店行こうよとか言ったら面白がってついてきてくれるかもしれない。彼女とセットであれば私がオマケでくっついていても体験くらいは許されるだろう。
――いや、マッキーってモデルやってるんだっけ。じゃあ、ダメか。
モデルといってもおそらくチラシとかちょっとした地方誌みたいなやつなのだろうが、芸能人というくくりの人間が場末のコンカフェに体験入店は許されないはずだ。事務所が許可するはずもないし、黙ってやって何かペナルティがあっては申し訳ない。
こちらは趣味の探偵ごっこなのだ。
――仕方ないかぁ。一人で行こう。
私は勢いのままDMで面接希望を送ると、5分で是非来て欲しい旨の返事がくる。
行くか行くまいかで悩み始めるとおそらく私はなんとかこの冴えた頭で行かずに済む言い訳を捻り出し、遠回りをしてしまうだろう。
それならと先に自分を追い詰めたのだ。
この作戦自体は間違っていないと思う。私はもう中野のコンカフェに行かざるをえない。
しかし……鏡に映った自分の顔は青ざめて引きつっている。
――いや、どんだけ嫌なのよ。私。あー、なんかお腹痛くなってきた。
僅か数分前の自分を恨めしく思いながら、胃薬を飲み、鏡に向かう。
あまり化粧品は持っている方ではないが、今日は普段使わないようなものも総動員でしっかり顔を仕上げていく。
もともとで十分かわいいので化粧など頑張る必要はないと考えてはいるのだが、流石に水商売の面接でそういうわけにもいくまい。
そして化粧をしていくうちにだんだんと気分が高揚してくる。
――お、けっこうイケてるじゃん。
やはり化粧もある意味アバターのようなもので、纏うことで心も強くなるようだ。
しかし、ひとつ問題があった。
「着ていく服がないわ」
私は衣装持ちでもない。クローゼットの中には普段大学に行く時に着るファストファッションしかない。あと黒ばっかり。
こればかりは仕方ない。
手持ちの中から一番マシな服を選んでいくしかない。
今から買いに行ってもいいが、私は自分のセンスをあまり高く評価していないし、そもそも服にお金をかけることに抵抗がある貧乏性なのだ。
面接のためだけにブランドものの服を買いたくはなかった。
「もういいよ。私くらいかわいいなら何着たってかわいいわい!」と思うしかない。
結局のところ、ちょっと化粧が厚めになっただけで普段と然程の変化は出せなかったが、なんとなく気持ちに勢いはついたので良しとする。
私は鞄を持って家を出た。
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