探偵とエルフ

 私は配信を終了すると、フローラにDMを送りVR空間内で落ち合うことにした。

 音声が流出しないクローズな喫茶スペースでもいいのだが、今回はいくらマイナーとはいえ相手がアイドルなので一緒にいるところを周囲から見られないように私のVR上の自宅を場所に選んだ。

 しかし――。


「椅子がないですね」


 そう、私のホーム――無料の六畳ワンルームスペース――は英国風家具のハリボテと自分が雑談配信で座るための安楽椅子しかない。


「ソファ……買いますか」


 VR上の話なので別に立ったままでもいい。肉体は座っているだろう。

 アバターが立っているだけだ。

 だが絵面がよろしくない。

 ゲームのモブのように直立不動で立って相談を聞くというのは探偵としての美学が許さないのだ。


 私は家具屋のカタログを見て、安くて見栄えが悪くないものを探す。

 VR上にもかかわらず、合皮と牛革の差があって、金額が何倍も違うのは冗談としか思えない。

 テクスチャに差があるのだろうが、パッと見なんにも変わらない。

 そしてソファの元となる牛さんはこの世のどこにも存在しない。牛のデータから作ってNFTで世界に一つだけの牛革ソファなんて作るわけないのだ。

 いや……付加価値をつけるためにやっている会社もあるのかもしれない。

 ともかくあったとして意味がないので、私は合皮の黒い二人掛けソファを購入すると部屋の設定画面を選択し、配置する。

 こうなると絨毯もほしくなってくる。

 グレーの毛足が長い安物の円形ラグを敷く。


 さすがに英国風家具セットの本物を揃えることはできないが、出しっぱなしにしておくのはカッコ悪すぎるのでハリボテは格納する。

 この家具の格納スペースも無料だと10個までとなっている。

 大きさじゃなくて個数というのがいかにもVRという感じだ。


 ともかく、客を招く最低限の最低限――お互いが座る椅子のみ――の状態にはなった。

 VR上だと着替えもデータで睡眠を摂ることも食事を摂ることもないので、キッチンはないし、クローゼットやベッドを置く必要もないのでどうしても部屋の間を埋めるということが難しい。

 そもそもログインログアウトで毎回経由はするものの必要ないといえばないのだ。家なんて。

 

 私が一息ついて、ヘッドセットを外し、リアルの方で水を飲んでいるとDMが入る。


[着きました]


 私は再びヘッドセットを装着すると、フローラに招待コードを送る。するとすぐに玄関から彼女が入ってきた。


「お邪魔します」

「どうぞどうぞ。ようこそいらっしゃいました。なにもないところですが……本当になにもないんですが……」

「そ、そうですね」


 買ったばかりのソファに彼女を座らせ、私は安楽椅子に腰かける。


「さて、お話を聞かせてください」

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