解決編 探偵 vs V殺しの呪術師(後編)

 私が引退した10人はすべて呪井じゅじゅが中の人であると指摘すると、じゅじゅは小さく溜め息を吐く。


「証拠はあるんですか?」


 わかっているはずだ。

 証拠が何かはわからなくても、もう自分が追い詰められているということを。

 コメント欄はとんでもないスピードで流れていく。


「あります。あなたが消していった10個のアカウントの動画が幾つか残っていました。どんなにファンが少ないマイナーなVでも熱狂的なファンというのは付いているもので、彼らがこっそり動画を録画して保存していたんです」

「その動画になにがあったんですか?」

「あなたの声です」

「声?」


 じゅじゅは何かを思い出そうと目を閉じる。

 すると窓の外で雷が光り、薄暗い室内を一瞬だけ明るく照らした。

 それはまるで、じゅじゅに何かの閃きを与えたかのように見えた。


「あぁ、どこかでミスしていたんですね。きっと。それともボイスチェンジャーを使っても声紋判定というのはできるんですか?」


 じゅじゅはもう暗に認めてしまっているが、私は続ける。

 最後まで推理と証拠の提示はやりきらなくてはならない。


「一人二役ですからね。大変だったでしょう。生放送でコメント拾ったりはできないわけですから、先に録っておいた対戦動画に後から声を被せたりして。かなりの労力だったと思います。だからミスにも気づけなかった」

「…………」

「じゅじゅは地声か殆ど変えてないんでしょう。あまり声を変えていないVとのコラボ時にボイスチェンジャーが外れている瞬間があったんです。つまり、相手のVもあなたと同じ声でしゃべる瞬間がありました。それを声紋判定AIにかけたところ……じゅじゅ、あなたと100%一致したという結果が出ました」


 私は該当箇所の動画を仮想ウィンドウでじゅじゅと視聴者に見せる。


「なるほど…………認めます。彼女たちはすべて私自身で、私の意思でデータを削除しました。つまり……呪い殺したのではなく、自殺です」


 じゅじゅの顔は苦悶に歪んでいる。

 アバターの奥のヘッドセットを被った本物の彼女が顔を歪め、声を絞り出しているのだ。


「どうしてこんなことをしたんですか?」

「どうしてだと思います? 名探偵でもわかりませんか?」


 少しだけ挑発的な言い方だった。


「動機……気持ちの問題は幾ら証拠をかき集めても証明できるものではないので……あくまで私の推測になりますが」

「聞かせてください」

「所謂、炎上商法というやつの亜種だったのかなと思っています。つまり現実世界で犯罪スレスレのことをやったり、誹謗中傷ギリギリのラインを攻めた毒舌のような炎上商法はリスクが高いですし、視聴数を稼ぐことはできても人気者にはなれません。でも、呪いキャラに不穏な噂というのは非常に相性がいい。つまり人を本当に呪うことができる……かもしれないという噂での集客は理にかなっているように思います。ただ誤算は生贄にしたVたちにも僅かながら熱狂的なファンがついてしまったことだと思います。今のあなたは人気者だ。手抜きの呪われ要員でも人を惹きつける魅力があったのかもしれないですね」


[やっぱニコすげー]

[どんな奴が中入ってるんだよ]

[リアルもミステリ作家って言ってるけど、本当は探偵なんじゃねーの]

[〈¥2525〉]


 ――おいおい、待て! ここでスパチャしても私には入らないぞ!


「そんな風に考えたんですね。でもね、ニコさん……少しだけ違うところがあります」

「参考までに教えていただけますか?」

「わたし自身は彼女たちのことも愛していました。最終的には捨て駒や生贄になってしまいましたが、そういうつもりはなかったんです。彼女たちも私の一部です。どれも私の趣味や内面を表現したVたちです」

「ではなぜ消したんですか?」

「誰も見てくれていないと思ってしまったんです。本当は彼女たちは趣味に特化したサブアカウントでそれなりに力を入れるつもりで試行錯誤してたんですよ。でも、じゅじゅの方ばかりが人気になって、もう一つのVは全然人気が出ない。それで苦しくなって消しちゃってただけなんです、最初はね。最後の何人かは噂になってるって知って、そこから人が流入してる以上はもうこの呪いの噂を消すことの方がリスクだと思って……やめられなくなって……仕方なく作ったVです。最後の3人は本当に生贄のつもりで最初から作りました」

「誰も見てくれてない、なんてことはなかったんですけどね」

「バカでした。じゅじゅの人気と比べてしまって。数十人なんてゼロと同じだって自分に言い聞かせて、消してしまった。ファンにも彼女たち……もう一人のわたし達にも可哀想なことをしてしまった」


 私は彼女のことを決めつけていた。

 でもきっと彼女の言うとおりなのだろう。

 彼女は色んな自分を表現したい人だったのだ。

 でも、周囲が評価したのは彼女の暗い一面だけで、あとの支持されない面は否定されたように思えて消してしまったに違いない。


「でも、今日こうしてニコさんが止めに来てくれてよかった。ありがとうございます。私はもう私を消さなくて済む」

「いえ……差し出がましいようですが……一つ提案があるんですが、いいですか?」

「なんでしょう?」

「きっとあなたが人気が出ないと思って消してしまった子たちはあなたの中で生きています。それにその子たちを好きでいてくれたファンもいます。だから……たまには麻雀したりポーカーしたりしてみてもいいんじゃないですか?」

「受け入れられるでしょうか?」

「それはわかりませんが……そういう一面を見せても応援してくれる人たちが本当のファンってやつなんじゃないでしょうか」


 じゅじゅは顔を上げ、画面の向こうに問いかけた。


「私がたまに呪いキャラっぽくないことしても……好きでいてくれますか?」


[もちろん!]

[ニコ、良いこと言った!]

[俺はじゅじゅがどんなゲームしたって好きだぞ!]

[今度、麻雀しよう]

[基本ニコアンチだけど今回はいい仕事したと認めざるをえない]

[〈¥25252〉]


 ――だから、そのお金は私はもらえないんだって!

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