V殺しに何の得があるのか?
私はライブハウスを飛び出して、男性に声をかける。
ログアウトされてしまえばおそらくもう二度と会うことはできない。
今回のテロ行為のためだけに作ったアバターであることは明白だ。ログアウトしなくても呪井じゅじゅが通報すればVRセキュリティに捕まってアカウントを凍結される可能性もある。
「すみません!」
「俺か?」
「そうです。あなたです」
男性は自分が話しかけられるとは思っていなかったようで、ややたじろいでいる。
「ライブは観なくていいのか? それとも俺を殴りにでもきたのか?」
当然の疑問である。
別にライブは観なくていい。あとVR上で殴っても仕方ない。別に痛くないし。ちょっとビックリするくらいだ。
世の中にはVR上での刺激も現実のように感じてしまう人もいるらしいが、極めて稀だ。
「殴ったりしないです。私は別に呪井じゅじゅのファンではないので」
「ファンじゃないのにライブ観に来てたのか? なんで?」
「そうですね。まぁなんというか彼女のことが知りたくて」
男はようやく私の恰好が探偵風であることに気付いた素振りを見せ、わざわざファンでもないのにライブ会場に来た理由は察したようだ。
というか、自分だってじゅじゅのファンじゃないじゃないか。
「どこか落ち着けるところでお話ししませんか?」
「わかった。俺も誰かに話したい気分だ」
※
私たちは盗聴盗撮ができないようにセキュリティが強化されたスペースを借りる。
店舗の外観はまるでチェーンの喫茶店だ。
こちらの世界では飲み食いはしないので、喫茶店や飲食スペースはこういうプライベートな会話を良い雰囲気で行うために使えるようになっているのだ。
「えーっと、では改めまして、藤堂ニコと申します。探偵活動をしてます」
「はぁ。俺は……スズキってことにしておいてくれ」
使い捨ての姿で本名や普段VR上で名乗る名前を教える必要もないという判断だろう。
「その探偵Vとして、V殺しについて調べてまして。お話を聞けたらと」
「アイツは……呪井じゅじゅは俺の推しを殺したんだ」
まぁ、そうだろうなと思った。
「えーっと、ナオちゃんでしたっけ?」
「
「それがじゅじゅに殺されたんですか?」
「あぁ、そうだと思う。ネット掲示板ではアイツと絡むと引退する呪いをかけられるという噂で盛り上がってる。なぜかはわからないがきっと何か秘密があるんだ。俺や他のファンもじゅじゅとは絡むなって言ったんだけど、せっかく多くの人に見てもらえるチャンスだからって彼女は麻雀対決コラボをやっちゃったんだ」
「コラボしたんですか? 彼女の動画一覧見てもコラボ動画は見つからなかったんですが」
「アイツは自分のチャンネルには出さずに相手側のチャンネルにだけ出るんだ。そしてその相手は引退してチャンネルを削除してしまうからなにも残らない」
「ふーむ」
「本当はダメなんだが、俺はナオちゃんの動画は全部保存してあるか見せてやるよ」
「ありがとうございます、では後で拝見します。しかし、聞けば聞くほど不思議というかじゅじゅ側にはなんの得もないんですよね。なぜそんなことをするんでしょう。コラボも別に得しないし、そんなデビューしたての新人が引退したって彼女には関係ないでしょう」
「そこはわからない。掲示板で叩かれて炎上するだけだ」
私は腕を組んで考える。
何か見落としがあるような気がする。
「しかし、じゅじゅって麻雀打てるんですね」
「結構上手かったよ。ナオちゃんは負けてしまった。そうだ……あの麻雀対決が引退を賭けた勝負だとしたら説明がつくんじゃないか?」
男が言うことは一瞬で否定できた。
――んなわけない。
「フォロワー数の桁、何個違うと思ってるんですか。じゅじゅがリアルで実はプロ雀士だったとしてもリスクとリターンが見合ってないですよ」
「そうだな。さっきじゅじゅにはそもそもコラボも相手の引退もなんの得もないって話したばかりだ」
「冷静になってください。とりあえずそのコラボ動画観てみましょうか」
「あぁ、ちょっと待ってくれ。仮想ウィンドウの公開設定を変えて、お前にも見えるようにしてやる」
私たちの目の前に50インチほどのウィンドウが現れる。
「こんにちは! 今日は呪井じゅじゅ先輩と麻雀対決コラボをします! わたしが一番得意な麻雀での対決なので是非1回くらいはトップ獲りたいと思います! 本当は生放送でみんなのコメント拾いながらやりたいんですけど、今回は真剣勝負ということでズルできないようにというのとお互いに深夜にしか時間が合わなかったので録画でお送りします!」
そして麻雀ゲームでの対決がはじまった。
VR空間上で顔をあわせてのヴァーチャルプレイではなく、通信対戦という形をとっている。
この動画の中に何かヒントが隠されているのだろうか――。
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