第9話 冒険者になろう!
わたしたちは大通りを行き交う人を捕まえて、宿の評判を聞いたりしてみた。
どの人も親切だった。なかには「女の子二人なのに大変ね」と言ってくれる若い女性商人もいた。
大通りの露店でいろんな便利道具を売っているところだった。
わたしはその商人の女性に微笑む。
「大変なこともありますけど、お姉ちゃんがいてくれるから楽しいです」
「り、リディア……」
恥ずかしそうに、お姉ちゃんがわたしの服の袖を引っ張る。
短髪の女性商人はくすっと笑い、大通りの海側を指し示した。
「あっちにある『九龍の鱗亭』ってところは、女主人が経営している信頼できる宿よ。あとは……そうね。冒険者ギルドに併設されている宿も、良いと思うけれど。辺境伯様の認めている施設だから、変な心配はないし。ただ……」
「冒険者ギルドに登録することが、宿に泊まる条件なんですよね?」
わたしにも、冒険者ギルドについて、本で読んだ程度の知識があった。
冒険者と呼ばれる職業の人たちは、遺跡――いわゆるダンジョンに眠る財宝や、魔物からとった素材を売って生きている。
あとは用心棒のような依頼もすることがある。
その冒険者たちの作る組合が、冒険者ギルドで、大きな街には必ず一つある。
冒険者として活動するなら、ギルドへの登録は原則全員がしないといけない。冒険者たちは、ギルドに手数料を払うことで、貴族たちから活動を認められていた。
貴族たちもギルドから税金を取り立てて潤うという仕組み。
この街なら、リトリア辺境伯が、ギルドを通して冒険者たちを管理している。
ただ、冒険者ギルドに登録するには、それなりの剣や魔法の実力が必要で、試験もある。
女性商人はうなずいた。
「でも、この街の冒険者ギルドは、そんなに加入するのが大変ってわけじゃないわ。あなたたちも挑戦してみてもいいかもね」
「ありがとうございます。助かりました。あっ、これ、買いたいです」
「まいどありっと」
わたしが街の地図を買うと、女性商人はにっこりと微笑んだ。
今後のことを考えると、地図はあった方がいい。
本当は、港町らしい貝殻のアクセサリーなんかにも心を惹かれたんだけど、ぐっと我慢だ。
お姉ちゃんにつけてあげたら、とても似合うと思うのだけど……。
お金がないので節約しないと。
わたしたちは、二人とも動きやすいさっぱりとした服を着ている。
早くおしゃれができるような、余裕のある生活を送りたい……。
一方、お姉ちゃんは考え込んでいた。
そして、ぽんと手を打つ。
「あのね、リディア。私たち、冒険者になるのも良いかもしれないと思ったの。治癒院も魔道具店もすぐに開けるわけじゃないわ。お金も人脈もないから、まずは冒険者から始めてはどうかなって」
「うん。わたしは、冒険者になってお金を稼ごうかなとは思ってたよ。でも、お姉ちゃんには……危険なことはしてほしくないかも」
冒険者稼業は儲かるし、わたしの魔法剣士としての力を活かすこともできる。
ただ、ダンジョンには危険がいっぱいだ。命を落とす可能性だってゼロじゃない。
わたしはともかく、お姉ちゃんにはそんなことをしてほしくはない。
でも、お姉ちゃんは翡翠色の美しい瞳でわたしを見つめた。
「私だって、リディアに危ないことをしてほしくないわ」
「ありがとう。お姉ちゃんがわたしのことを心配してくれるなんて、嬉しいな」
「あなたはわたしの妹だもの。当然よ」
お姉ちゃんが恥ずかしそうに、ぷいっと横を向く。
こんなふうにお姉ちゃんに心配してもらえるなんて、本当に夢みたいだと思う。
わたしは微笑んだ。
「でも、わたしは大丈夫だよ? 平気平気」
「リディアが強いことは知っているの。でもね、私にだって、できることがあると思うの。私だって回復役は務められるから。リディアが前衛で、私が後衛で戦えば、私がリディアを助けられるわ」
たしかに、冒険者は一人で戦うわけにはいかない。単独で活動する冒険者も皆無ではないけど、普通は危険だから、最低でも前衛・後衛の二人一組でダンジョンに行く必要がある。
そういう意味では、わたしにも後衛役が必要だ。
ただ、信頼できる仲間を見つけるのは、簡単じゃない。命を預ける相手なんだから、当然だ。
見ず知らずの人ばかりの街なら、なおさら信頼できる仲間を探すのは難しい。
もし、わたしの後衛を、お姉ちゃんがやってくれるなら、心強いとは思う。
お姉ちゃんは戦闘経験はないけれど、回復魔術のスキルはとても高い。
それでも、お姉ちゃんに万一のことがあったらと思うと、わたしには、そんなことをお願いはできなかった。
わたしは迷いながら言葉を紡ぐ。
「お姉ちゃんがそう言ってくれるのは、すごく嬉しいの。でも、やっぱりお姉ちゃんに危険なことはさせられないよ」
「ねえ、リディア。あなたは、私たちは二人で最強だって言ってくれたよね? あの言葉は嘘?」
「お、お姉ちゃんがいてくれれば、心強いよ。それは本当! 聖女のお姉ちゃんなら、きっと誰よりも上手く後衛役ができるもの。でも……」
「それなら、決まりね。私とリディアの二人で、冒険者ギルドに登録しましょう」
「お、お姉ちゃん!」
「……私はずっとあなたにお姉ちゃんらしいことをしてこなかったもの。今だって、私はあなたに頼りっぱなし。だから、私にも姉らしいことをさせてほしいの。少しは私を頼って、リディア」
そして、お姉ちゃんは微笑んで、そっとわたしの黒髪を撫でた。
わたしはびくんと震える。
わたしはお姉ちゃんを見上げた。
お姉ちゃんと一緒に戦ってみたい気持ちはある。でも、もしお姉ちゃんが傷ついたら……そうなったら、わたしは……。
そう考えて、わたしは心のなかでそんな考えを否定した。暗いことを考えるのはやめよう。
わたしが、お姉ちゃんを守ればいいんだ。
大丈夫。実力相応のダンジョンに挑めば、滅多なことでは命を落とすこともないし。
なによりも嬉しかったのは、お姉ちゃんが、わたしのためを思ってくれたことだった。
わたしは……お姉ちゃんの妹でいられる。
わたしは微笑んだ。
「ありがとう、お姉ちゃん。じゃあ、お姉ちゃんに甘えちゃおうかな」
お姉ちゃんがぱっと顔を輝かせる。
「ええ。私は、リディアの役に立てるように頑張るから!」
「うん。わたしもお姉ちゃんを守ってみせる。だから、二人で最強の冒険者になろうね」
わたしたちは、二人でうなずきあった。
さあ……まずは冒険者ギルドでの登録をしよう!
ここから、わたしたちの生活は始まるんだ。
<あとがき>
冒険者編、開幕!
面白い! リディアやソフィアの姉妹が可愛い! これからも期待!
そう思っていただけましたら
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