なんかエロいな
農場ボードとメインボードのコマやらなんやらを片付けてリセットした後、箱から職業カードと小進歩カードの束を取り出して、説明を開始する。ふー、やっとカードの説明が出来るよ。カードなしのアグリコラもこれはこれで新鮮で楽しかったけど、やっぱりアグリコラはカードを使わないとね。
「黄色いのが職業カード、橙色のが小進歩カードね。職業は授業のアクションスペースで出せるカードで、小進歩はスタプレとか増員のついでとかに出せるカードで……」
こんな感じで、何枚かわかりやすい効果のカードを例に出して説明していく。サンナナのアグリコラは拡張が入ってるから、説明テキストが長くて意味がわかりにくいカードもたくさん入ってるんだよね。私もカードの効果を誤解したことが何回もあるなぁ。今でもけっこうやらかすし。アグリコラはすごく面白いゲームなんだけど、カードの効果を理解するのに読解力を要求されるのがちょっとした欠点なんだよね。
「普段はドラフトでカードを回しながら手札を作っていくんだけど、最初はどんなカードが強いのか判断が難しいだろうから、今日は職業と小進歩を7枚ずつ配り切りでやろうか」
「うん。わかった」
「職業カードの3+以上のカードは3人戦以上じゃないと使わないから、手札にあったら捨てて引き直してね」
こうして手札を配り終わったら、ジャンケンでスタプレを決めてゲームスタートだ。毎回思うんだけど、アグリコラは手札を見てどういう戦略で行くか考えているときが一番楽しい。土屋さんもこの楽しさがわかってくれるといいな。
「じゃあジャンケンしようか」
「あ、その前に、織木さん、ちょっと良い?」
「ん、何?」
「このメインボードとは別になってるアクションスペースって、オプション?」
そう言って土屋さんが指を差した先にあるのは、林と増員と家畜市場と資材市場が一緒になっている選択スペース。3・4人戦で使うやつとはちょっと違うけど、いわゆる『甘えマス』と呼ばれているやつだね。
「そうだけど、それがどうかした?」
「さっきやってて思ったんだけど、これがあると木にあまり困らなかったんだよね。ない方がバランスが良いような気がする。なしでやらせてもらっても良い?」
「別にいいけど、それ、なかったら木が辛くなるよ? あと、増員もしづらくなるよ?」
「うん。それでいい。アグリコラって、苦しいゲームなんでしょ? 私、苦しい方が好き」
なんかエロいな、土屋さん。じゃなくて、変わってるな。
確かに土屋さんの言っていることは、的を射ている。ゲームの中で1ラウンドに供給される木の量は、例えば4人戦だと3木・2木・1木の累積スペースがあるから、計6木材。これをプレイ人数で割ると、1人あたり1.5木材になる。2人戦の場合は甘えマスありだと、3木・1木で4木材、2で割ると2木材。甘えマスなしだと3木だけになるから、2で割ると4人戦と同じ1.5木材になる。だから木の供給量だけで言えば、甘えマスなしの方が4人戦と同等になるという意味では、適正ということになる。1ラウンドあたり0.5木材違うということは、10ラウンドやったら1人あたり5木材違うということ。これは木の部屋1軒分の木の量だから、プレイ感はかなり変わってくる。
しかし、初見プレイでそんなことに思い至ってくるとは全く思わなかったし、思い至ったとしてもそのことを指摘して甘えマスなしでやりたいと言ってくるとも思っていなかった。……土屋さんて、いったい何者?
「わかった。いいよ。これは箱にしまうね」
「ありがとう、織木さん」
「いえいえ。じゃあ、ジャンケンしよっか」
ジャンケンの結果、またスタプレは土屋さん。私は2番手。うーん、ジャンケン弱いなぁ、私。ま、いっか! 職業は引き直しでちょっとだけ見てるけど、改めて手札を確認。どんなカードが来たのかなー?
【職業】
彫刻師 種子研究者 かまど焚き 恐妻家 港の商人 木材の専門家 異端教師
【小進歩】
再生レンガ 籠椅子 開墾鋤 永久ライ麦栽培 手押し台車 天秤 餌皿
お。『かまど焚き』と『手押し台車』のコンボがあるな。かまど焚きは、木材の累積スペースに行くとパン焼きアクションが出来る職業カード。手押し台車は、パン焼きアクションをするたびに、その前に占有している累積スペース1か所につき小麦1つをもらえる小進歩カード。早めに増築増員を決めて、累積スペースにワーカーを何人か送り込んでから最後に木材を取りに行けば、大量の小麦と飯が手に入る。……ただ、2人戦だと木材の累積スペースが3木の1か所しかないんだよね……。絶対初手で行かないと木なんて取れないだろうし、せっかくコンボしてるけどちょっと使いにくそう。初手で木を取ってパン焼きできるだけでも全然悪くないんだけどね。
入り方はどうしよう。土屋さんが職業を出して来たら、3木取ってスタプレ『天秤』、かな。天秤は、出している職業と進歩が同数になったら2飯もらえる小進歩カード。ただし条件として、職業を1枚でも出しているともう出せなくなる。わりと好きなカードなんだけど、つい効果に引っ張られて余計なカードを出してしまいがちな側面もある。カードに使われないように注意しないとな。あくまでカードを使うのは、私なんだから。
考えがまとまったので土屋さんの方を見ると、すごく真剣な表情で、1枚1枚丁寧にカードテキストを読み込んでいる最中だった。すごい集中力。何か声をかけようかと思ったけど、やめた。
自分の手札をテーブルの上に伏せて、考えに耽っている土屋さんを眺めてみる。雰囲気あるな、土屋さん。今彼女の頭の中では、どんな構想が、どんな戦略が練られているんだろう。思い出すな、初めてアグリコラをやったときのこと。
なんだか不思議だ。全然待たされている感じがしない。むしろ、思考に集中している土屋さんに見入ってしまう。声をかけちゃいけない、邪魔しちゃいけない。まるで読書に没頭している文学少女みたいだ。静かな店内に、時計の秒針の音だけが響いている。
「うん。決めた。お待たせ、織木さん」
「準備できた? じゃ、1ラウンド目のカードをめくるよ」
「どうぞ」
「羊さんだね」
1ラウンド目のラウンドアクションスペースは羊市場。ストックから羊さんのコマを取って、カードの上に置く。
さて、土屋さんの初手だ。扇状に広げていたカードを左手にまとめて、右手がワーカーを掴む。土屋さんが手を伸ばした先にあるのは――。
「3木材」
……へー。職業、出さないんだ。
じゃあ、天秤はあきらめるか。職業、何出そうかな。
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