第10幕 素直になったらどうや

 作業は順調に進んでいた。


 被服部隊はこんなペースで間に合うわけねえと、必死の形相で追い込みのデスマーチ。役者連中はセリフを覚えただけで、棒読みはあまり変わらず演技の形になっていない。小道具班は100均の似たもので代用以外の言葉を知らない。脚本家の愛生美織は暴走し、もはやシンデレラの原型はどこにもない。


 順調というのは嘘だ。どったんばったんの大騒ぎだ。


 唯一大道具班だけがそれなりに順調なのかもしれない。


 兼田が、ありものの背景をネットから引き伸ばし印刷して、そのままダンボールに貼り付け上から塗るという、天変地異の神業を見出さなければ、今頃手描きで一生背景ボードを作っていたかもしれない。四分の三の絵心が死滅している事実が判明したときは絶望したがなんとかなるものだ。小南はオタクなので女の子の斜めからの角度の萌え絵(肩から上)なら抜群に書けることが判明した。


 恋バナや猥談やソシャゲやYouTubeや音楽や、とにかく彼らが四方山話を喋り散らかしていてもこれだけ進むのだから、当たりを引いたのかもしれない。


 なんて、思っていた。


 ただ、美味いだけの話なんてそうそうない。世間一般の会社では、自分の抱えている仕事を終わらせると上司から更に仕事を恵んでもらえるという怪奇現象がしばしば発生するらしい。学生なれども我々大道具班もそれに倣って、他のチームのヘルプに駆り出されることになってしまった。他人の楽を許さない社会。


 ということで放課後、我らが村雨君が助っ人先の割り当てを適当に決めたのだが、俺だけはお姫様たっての希望で役者組にスカウトされてしまった。


 いつもは炎天下に体育館横の広い空きスペースで大道具の作業をしていたのだが、役者組は教室での作業だ。エアコンって素晴らしい。もう暑いのやだ、この家の子になる。


 自席で冷風を浴びながら、手渡された仮の台本をペラペラと捲り目を通す。


 特にセリフが多そうな役は七つ。他のセリフ少ない組は、自分と同じように他の班の手伝いに行っているらしい、というか役名だけあって台本に名前がない。完成遠くね?

 あと、じゃあ俺じゃなくてそいつら呼べ戻せよと内心思った。でもまあエアコンあるしいっかと口をつぐんだ。


 さて、その七名の内教室には五名がいる。シンデレラと王子様と義母と義姉2。欠けているのは義姉1と借金取りらしい。


「借金取り?」


「やるからには既存のファンも楽しめるよう原作を超えた新しい展開にしたいんだって」


「原作崩壊させて叩かれる映画監督みたいなこと言ってんな」


「恋愛要素を足してキャッチーに仕上げた自信作らしいよ」


「足されてるの借金取りなんだが」


「定番だよね」


 どんな定番だ。


 このシンデレラ公演で座長を務める林道さんが、いつの間にやら隣に来て説明してくれる。

 半年クラスメイトしていたが、初めて喋るくらいの感覚だ。改めてまじまじと眺めると、なるほど確かに格好いい。俺が女なら惚れていた。


「で、一通り読んだけど、俺は何すればいいの?」


「通しで一回やりたいから、今旗の代役で借金取りをしてほしいんだ」


「セリフ多くない?」


「読んでくれさえすれば、演技とかは全然気にしなくていいから」


「一人足りなくない?」


「王子の出番ほとんどないから私が兼任するよ」


「じゃあいいけど。今旗と為近はなんか用事?」


「今旗はバイト、為近は演劇部の方に行ってる。役もらったからね」


「へー、それってすごいの?」


「一年で為近だけだよ役貰えてるの」


「為近のくせにすごいのか」


「為近はすごいよ。すごいくせに駄目な子なだけで」


 共通認識であった。素材は良いよね。


 見知らぬ人ばかり(クラスメイト)の中で、頑張ってそんな雑談をしていた。深山は他の人と練習中で、こちらをちらちらと見るばかり。ファン超えて母親面である。


 なんとか一通り目を通すまで居心地の悪い時間が続いた。


───────────────


 この物語は、シンデレラがガラスの靴を置き去りにして帰って来てから、おおよそ二週間経過したところから始まる。


 あまり馴染みはないが、シンデレラのクラスこの一家の名前はトレメイン家らしい。そんなトレメイン家は没落貴族。舞踏会での玉の輿に私財全てを賭けて挑んだのだが、成果はなくあえなく散った。残ったのは拵えた借金のみ。

 そんな現状を嘆きながらキャラクター紹介をしていく。

 そして起点となるのは借金取りの登場で、そこから物語は回りだす。


「邪魔するディ」


「ちょい待ち、大阪弁がシンプルに下手。邪魔するでえ!やん?それやと邪魔するdayなんよ、分かる?」


「アイヨー」


「あいよぉ!ね。それだとコテコテのチャイナキャラみたいなアイヤーだから」


「……代役だから別に俺の演技力はどうでもよかったんじゃないですか?」


 と、林道さんから俺への方言指導もたまに行われる。向こうでは関西訛り強いって言われていたんだけど、本場の人は、特に関西の人は方言にうるさい。マックというと何故か空気がひりつく。そんなどうでもいい話も間に挟みながら、練習は続いていく。


 トレメイン家が借金取りを王子の使いと思い込み勘違いするひと騒動の後、本物の王子の使いがやってくる。しかし肝心のシンデレラは結婚する気がない。身分差もあるし、自分は貧相で貧乏くさいし、堅苦しい生活は性に合わないしどうせ飽きたら捨てられると決めつけている。舞踏会の日から窓の外を見つめ毎日物思いに耽っているくせに。


 そこで借金取りは起死回生の一手を思い付く。自分に自信がなくて結婚に踏み出せないシンデレラを、なんとかして王子様に嫁がせる作戦を。そうすればシンデレラはお姫様になれて、家の借金は肩代わりしてもらい、晴れて一件落着というわけだ。


「で、助けたところでこう言うんや『スナオニナッタラドウヤ』」


「スナオニナッタラドウヤ」


「違う。ちょっと間違えただけや、普通でええ!」


「そんな変なイントネーションで言えるかなぁ……素直に、すなおに、スナオニナッタラ。緊張するなぁ」


 借金取り発案の一世一代のお芝居。もはや借金取りが主役じゃね、この物語……。


 王子様たちがシンデレラを無理矢理呼び出して、ガラスの靴を履かせる。そこに借金取り扮する強盗がやってきてピンチなところを王子様が助けてみせる。それを見たシンデレラが、王子様を信頼し自分の気持ちに素直になるという段取り。だがしかし、そう上手く話は運ばずこじれて行くことに……。


 この絵空事の茶番が始まるまで外で待機していた借金取りの前に、本物の強盗がやってくる。


「どうしよう、ホンマにスナオニナッタラドウヤってちゃんと言えるかなぁ」


「どうしよう、ホンマに強盗なんかやっていいんやろか……」


 ここで借金取りが強盗に向き直り一言。


「スナオニナッタラドウヤ」


「そうや俺には家族のためにお金が必要なんや、やるしかない。サンキュー変な姉ちゃん!」


 借金取りは観客席を見て一言、「上手く言えた……!」


 こうして行き違いで背中を押されて家の中に押し入った強盗は、たまたま入り口近くに陣取っていた義母を人質に取る。


「おい、強盗や!金目の物全部出さんかい!」


「段取りが違う!」


 作戦の台本と違った展開に怒った義姉が、強盗を殴り義理の母を流れでなんか引き離す。そして


「そんな夜中にブタメン啜ってばかりの貧乏くさい女人質にしてどうする!短くなってシャーペンで使えなくなった芯を素手で持って使い始める貧乏くさい女じゃなくてこっちにせえ!」


「確かにな!」


「失礼ですわよ!!」


「いや何で人質渡すねん!」


「しまった……!」


そしてまだ強盗が偽物と思い込んでる王子がイキリだす。


「おいやめたまえ!」

「なんやお前舐めとんのか」

「その人は私の大切な人だ。その薄汚い手を離せ!」


 何も恐れずに強盗に近づいていく王子様に、強盗は拳銃で威嚇射撃を行う。


「ふふふふふん、そそそそのて、程度、何も怖くない」


「スナオニナッタラドウヤ」


「ひいぃ怖いぃぃぃ」


事態に気付いた王子様は逃げ出してしまう。


「なんでこうなったんや……」


「「お前のせいや!!!!」」

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