番外編(if)
番外編 ある休日の自爆
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、ピピ──カチッ。
(う、ん……いま、何時だ……?)
俺はベッドに横になったまま、すぐ耳元で鳴り響く目覚まし時計に右手を伸ばす。
半開きの目で時計を見ると、時刻はもう午前11時半を回ろうとしていた。
う~ん、これぞ休日の醍醐味。とはいえ、さすがにそろそろ起きないとな。
(つーか、なんか左腕がダルいな……)
まだうまく頭が回らない状態で、俺は左腕に妙な痺れを感じて首を動かす。
もしかして、ずっと左腕を下にして寝ちまってたんじゃ──。
「……ぅん……すぅ、すぅ……」
「…………」
「……ん……そうたぁ…………」
「…………は?」
腕の痺れの原因を探ろうと左を向いた俺は、一瞬で眠気が吹っ飛んだ。
ここは俺の部屋で、俺のベッドの中。当然、ここには俺しかいないはず。
なのに……俺の左腕を枕代わりにして、なぜか幸せそうに寝息を立てている水嶋の姿が、そこにはあったからだ。
(な……はぁ!?)
俺のすぐ目と鼻の先にある、水嶋の美貌。ときおり寝言で俺の名前を口にしながら身をよじり、その度に水嶋の胸元にある深い谷間が、服の隙間から見え隠れする。
今はブラも着けていないようで、体が動くたびに彼女のハリのある豊満な双丘が自由自在に形を変えた。
「うおぉぉぉい!?」
驚きのあまり俺が叫ぶと、そこで水嶋も目を覚ましたらしい。
「くあ……」と猫みたいなあくびをして、グシグシと眠そうな目をこする。
「ん……ああ、起きたんだ……おはよ、颯太」
「あ、ああ、おはよう……じゃないだろ! なんでお前がここにいるんだ!」
「お~、ノリツッコミ。ふふ、起き抜けからキレキレだ」
まだ若干寝ぼけた様子でクスクスと笑う水嶋。
ずいぶんとのほほんとした様子だが、こっちはそれどころではない。なにしろ現在進行形で不法侵入の被害に遭っているのだから。
「……1、1、0──と」
「え~、いきなり通報はひどくない?」
「やかましい。文句は署でお巡りさんに聞いてもらうんだな」
「も~、冷たいじゃん。昨日は夜遅くまであんなにしてくれたのにさ」
「おい待て、いま聞き捨てならないセリフが聞こえたんだが!?」
昨日の夜ってなに? 「した」って、ナニを!?
「あれ、もしかして覚えてないの?」
「な、何を、ですか……?」
「だから、昨日の夜、ずっと私としてくれてたんじゃん、って」
「…………い」
いやいやいやいや待て待て待て待ってくれ!
したって、俺は別に昨日の夜は水嶋と一緒になんかいなかったはずだぞ?
家に帰ってきて夕飯を食べたら、そのままダラダラ映画でも観て、日付が変わる頃にベッドに入って寝る。そんないつもの夜だったはずだ!
し、しかし、だとしたら、だ。
朝起きたらこうして隣で水嶋が寝ていたというこの状況はどう説明する? もしかして、俺が忘れているだけで、昨日の夜、本当にこいつと何かあったのか……!?
(お、思い出せ! 昨日の夜、俺は……)
混乱する頭をそれでもフル回転させながら、俺は記憶の引き出しを必死に漁る。
昨日の夜、俺はたしかに部屋で1人映画を観ていた。それは間違いない。
そして、そろそろ日付も変わろうかというころ、いつものように寝る準備をしていたら、急にスマホに着信があって……そうだ、電話だ! 水嶋から電話がかかってきたんだ!
【眠れないから、ちょっとお喋りしようよ】
たしかこいつにそんな風なことを言われて、仕方なく付き合ってやることにしたんだ。だけど、段々眠くなってきちまって、こいつの話にも相槌を打つのが精いっぱいになって……。
「そうか……俺、電話したまま寝落ちしたのか……」
「ふふ。電話越しの颯太の寝息、赤ちゃんみたいで可愛かったな」
「う、うるさい! つーか、夜遅くまで電話をしてただけじゃねぇか! まぎらわしい言い方をするんじゃない!」
「まぎらわしいって? 私、最初から『電話をした』って言ってるつもりだったんだけど? ……もしかして颯太、ちょっとエッチなこと考えてた?」
相変わらず俺の腕を枕にしながら、水嶋がからかうような口調でそう言ってくる。
く、くそ……殴りたい、この笑顔!
「いや、待て。昨日の夜に寝落ち通話をしていたのは思い出したけど、それと今お前が俺の部屋に侵入していることとは何の関係があるんだ?」
「またまた。颯太がOKしてくれたんじゃない。来ていいよ、って」
「はぁ? 俺がそんなこと言うわけ……」
「ううん。昨日の夜、言ってたもん。颯太が寝落ちする直前くらいかな? 私が『明日の朝、颯太の部屋に遊びに行ってもいいよね?』って聞いたら、『おお』って」
いやそれ眠すぎて適当に相槌打ってただけのやつ!!
詐欺じゃん! そんなんもう詐欺じゃん!
「だから私、もう10時ぐらいには颯太の家に来てたんだよ? 約束してます、って言ったら、颯太のお母さんも快く入れてくれて……あ、そうそう。例によって今は颯太以外みんな用事があってお出かけしてるよ。出かけてる間、颯太のことよろしくね、ってお願いされた」
……だから、なんで母さんはそう水嶋に甘いんだよ。相変わらずこの家のセキュリティがザルすぎるんだが。
「まぁまぁ、そう嫌そうな顔しないでよ。今日は颯太と一緒にダラダラゴロゴロしたいなって思って来たんだからさ。颯太のお母さんたちが帰ってくるまで、2人でゆっくりお家デート、しようよ」
「……お前なぁ、ちょっとは悪びれる素振りを見せてみろよ」
俺はため息を吐きつつ、水嶋の頭の下からゆっくりと左腕を引き抜いてベッドから這い出る。
「あれ、もう起きちゃうの?」
「起きるよ。もう11時半だし」
「ふ~ん、そっかぁ。じゃあ私も」
むくりとベッドから上体を起こして、水嶋が大きく伸びをする。
背筋をそらすぶん、ただでさえ主張の激しい水嶋の胸がさらに強調され、着ているシャツのボタンはもう今にも弾け飛びそうだった。
「……つーか、それ俺のシャツなんだけど?」
「うん。その辺に落ちてたから、着た。ああ、安心して。パンツだけはちゃんと履いてるから」
「いや、『着た』じゃなくて……」
「颯太の匂いが染みついてて、すごく落ち着く。君にずっとハグされてる感じ。……これ、いくらですか?」
「非売品ですが!?」
下着の上に俺の白シャツ一枚だけを羽織って、ベッドの上で女の子座りする水嶋。
こんなだらしない格好でもそれなりに様になるんだから、モデルってのはすごいよな。まぁ、この絵面はファッション誌って言うより、どっちかというとグラビア雑誌の表紙みたいだけども……。
「ふふ……颯太の初彼シャツも、私が貰っちゃった」
何がそんなに嬉しいんだか、水嶋はしきりに俺のシャツの匂いをスンスンと嗅ぎながら微笑んだ。
まったく。勝手に部屋に入った挙句、ベッドにまで潜り込んできて、あまつさえ人のシャツまで借りるなんて。普通なら問答無用で追い出してるところだ。
……ちょっと前までの俺だったら。
「はぁ……顔洗ってくる」
「あ……」
俺が素っ気ない態度で部屋を出ようとすると、さすがの水嶋も不安そうな声を漏らした。
「やっぱり……こういうの、嫌だった、かな?」
いつものクールビューティーなイケメン女子っぷりはどこへやら。
水嶋がらしくもなくそんな風にしおらしいことを言うもんだから。
「…………ったく」
俺は気恥ずかしさを誤魔化すようにガシガシと頭を掻いて、そのままクルリと水嶋の方へと振り返り。
──ぎゅ。
「ふえっ?」
ベッドの上に座る水嶋をおもむろに抱きしめた。
「しょ、そ、颯太……!?」
「……家デート、するんだろ? 俺が顔洗ってる間に、お前も着替えとけよな」
水嶋の整った顔がみるみる内に赤みを帯びていく。
さっきまでの小悪魔っぷりが嘘みたいにウブな反応を見せる彼女の頭を二度、三度と撫でて、俺はあくまで平静を装って部屋を後にする。
「………………んんんんんん~~~~~~~~!」
しかし、部屋の中から、水嶋が声にならない声をあげながら身悶えする音が聞こえてきたところで。
「…………くそったれ」
俺も洗面所に向かう途中、照れ臭さと尊さに耐えきれずに、思わずしゃがみ込んでしまった。
「可愛すぎるだろ──俺の彼女」
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