第70話 走れヒーロー

 校舎のあちこちを駆けずり回ってみても、どこにも水嶋の姿は見当たらなかった。


 仕方なく昇降口までやってきた俺は、水嶋の靴箱を覗いてみる。


 案の定、中には上履きが入っていた。どうやらすでに学校を後にしてしまったみたいだ。


「……とりあえず行くしかねぇ」


 捜索範囲が一気に広がってしまったことに軽く気が滅入りそうになりつつも、俺も上履きからスニーカーに履き替えて昇降口を飛び出した。


 今日も今日とて運動部連中がトレーニングに精を出しているのを横目に、俺は正門を出て最寄り駅までの通学路を走り抜ける。


 途中、放課後に水嶋と立ち寄ったことがあるクレープ屋やゲームセンターなどにも足を運んでみたが、やはりあいつの姿はない。


「はぁ……はぁ……っ! ったく……俺は典型的なインドア派だっつーのに……!」


 結局、水嶋を見つけられないまま、俺は学校の最寄り駅までたどり着いてしまっていた。


「くそ……どこにいるんだ、水嶋っ」


 もしかして、あのまままっすぐ家に帰ってしまったんだろうか?


「……今はとにかく、あいつが行きそうな場所を探すしかないか」


 俺は駅のホームへと降りて電車に飛び乗る。

 やってきたのは、隣町にある商店街だった。


「あの広場は……」

 

 商店街のゲートを潜り抜けると、見覚えのある広場が見えてきた。


 俺がここでベジタブグリーンの代役を務めてヒーローショーに出演したのが、まるでつい昨日のことのようだ。


 思い返せば、あの日俺が舞台から落ちそうになった水嶋を助けた時も、水嶋は俺のことを「私のヒーロー」と言っていた。


 あの時は、単に俺がヒーロー役をやっていたからそう言っていただけだと思ってたけど……あの言葉の裏に、あの遠足の日の出来事が隠されていたなんて。


「はぁ……ふぅ、着いた」


 広場を通り抜け、夕焼け色に染まる商店街の街角へ。

 たどり着いたのは、ヒーローショーの後に俺が水嶋と待ち合わせをしていた喫茶「オリビエ」だ。


 カランコロン、というドアベルの音を響かせて店内に入ると、マスターが相変わらず恭しい口調で出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。1名様でしょうか?」

「あ、いや、その……実は、人を探していまして」

「人探し、ですか?」


 はて、と首を傾げるマスターに、俺は水嶋の外見的な特徴を説明する。

 しばらく考え込んでいたマスターは、やがてポンと手を打った。


「ああ、あの綺麗なお嬢さんですか。いえ、今日はお見えになっていないと思いますが……」

「そう、ですか……わかりました」

「お力になれず申し訳ない。もし彼女がここにいらっしゃいましたら、あなたが探していたと伝えておきますよ」

「は、はい。そうしてもらえると、助かります」


 紳士的な老店主に頭を下げて店を出た俺は、いよいよ心当たりがなくなってきてしまい頭を抱える。


 さっきからチャットでメッセージを送ってみても既読すらつかないし、ダメ元で何度か電話をかけてみても繋がらない。どうやらチャットはブロック、電話は着信拒否にでもされているようだ。


 くそ……他にないのか? 

 あいつが行きそうな場所とか、あいつが行きたがるような場所とか……。


「……あいつが、行きたがる場所……?」


 そこまで考えて、俺の脳裏にふと、あの事件の直前にしていた水嶋との会話がフラッシュバックした。


『──いつか君と一緒に、海に行きたいな』


 ブー、ブー、ブー!


「おわぁ!? な、なんだ……?」


 不意にスマホに着信があり、俺はおっかなびっくり画面に目をやる。


「よ……吉田さん……?」


 表示されていたのは、水嶋のマネージャー、吉田さんの名前だった。

 そういえば、あいつが入院している時に連絡を取り合うために、一応連絡先を交換していたんだっけ。


「も、もしもし……?」

《もしもし、佐久原さんですか?》

「は、はい。そうですけど……どうしたんですか?」

《その、ちょっとお聞きしたいんですけど……水嶋さんがどこにいるか、ご存じありませんか? 今日は学校が終わったら一度事務所に顔を出すと言っていたのですが、まだ来ていなくて》

「え?」


 俺が驚きの声をあげると、吉田さんが声のトーンを一段下げて続ける。


《こちらから電話やチャットをしてみても、まったく音信不通なんです。それに……ついさっき、『Sizu』のフォトテレのアカウントに妙な投稿がアップされていまして。もしかしたら何かあったんじゃないかって、不安になってしまって……それで、佐久原くんなら何か知っているかもと思ったのですが》

「妙な投稿、ですか……?」

《はい。一枚の写真だけが添付されてて……ああいえ、実際に見てもらった方が早いかも……いま、チャットでリンクをお送りします》


 吉田さんの慌てた声が聞こえた直後、彼女とのトークルームにURLが送付されてきた。通


 話状態を維持しながらリンクに飛んでみると、たしかに「Sizu」のアカウントの最新の投稿ページがあった。


「っ!? これって……!」


 投稿には、ハッシュタグもコメントも何も添えられていない状態で、一枚の風景写真が載せられていた。


《……おそらく、どこかのの風景だと思うのですが……目印になりそうなものが何も無くて、私にはどこの写真なのか全くわからないんです。いつ撮影された写真なのか、そもそも水嶋さん本人が投稿したのかもわからないし……》


 たしかに、いきなりこんな写真だけを投稿して音信不通なんて不自然だろう。投稿のコメント欄にも、不思議に思ったらしいユーザーたちの声が集まっている。


〈Sizuさん、フォトテレ更新おつです!〉

〈コメントもハッシュタグもないんだが? なんぞこれ?〉

〈これどこ? 海? 白いのは砂浜かな?〉

〈今度の撮影現場とかじゃないの?〉

〈Sizuさ~ん、何の匂わせなんですか~?(>_<)〉

〈特定班はよ〉


 写真に映っているのは、白い砂浜と、その向こうに広がる海と空。

 たしかに、これだけで場所を特定するのはかなり至難の業だろう。


 だけど。


「……吉田さん。俺、わかったかもしれないっす。あいつの居場所」

《ほ、本当ですか?》

「はい。なんで、今からちょっと行ってきます」

《え? え? ちょ、ちょっと、佐久原さん!? せめて場所を──》


 吉田さんの言葉も聞き終わらぬうちに素早くスマホをポケットにしまうと、俺は再び商店街を走り抜けた。

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