第11話 お前だって女の子だろ?
その後も、俺は水嶋の「ファッションショー」にとことん付き合わされることとなった。
一発目こそ「水着」という悪ふざけをかましてきたものの、それ以降の水嶋はいたって真面目なコーディネートを披露していた。さすがにモデルというだけあって、何を着てもバッチリ
とはいえ、あえて大きめのシャツを着たり、下は必ずスカートではなくパンツスタイルだったりと、水嶋のチョイスはやはりボーイッシュなものばかりだ。
露出も少ないし、どれも一発目ほどのインパクトは感じない。「似合ってんな」とか「オシャレだな」という感想は抱いても、特にピンとくるものなどはなかった。
まぁ、これは俺のファッションセンスが貧弱だからでもあると思うけど。
「う~ん。これも颯太の好みじゃなかったか」
そうして五、六通りのコーデを試したあたりで、さすがの水嶋も悩ましげな表情を浮かべる。
「やっぱり、ここはセクシー路線で行くしか」
「いや、それはもういいから」
またまた色仕掛けに走ろうとした水嶋を制して、俺はふと疑問に思っていたことを口にする。
「ていうか、さっきから似たような雰囲気の服ばっかりじゃないか? メンズライクというか、クール系とかカッコイイ系のさ」
「そりゃあまぁ、それが私の……『Sizu』のスタイルだからね」
売り場から持ってきた新しい服を試着室のハンガーにかけながら、水嶋がさも当たり前のことのようにそう言った。
それから冗談めかして、けれどどこか自嘲気味に肩を竦めて呟く。
「学校の制服はともかく、私がヒラヒラしたスカートとか、リボン付きのブラウスとか、そんないかにも『女の子』って感じの格好をしたって、似合わないでしょ?」
「そうか? べつに似合わないってことはないんじゃねぇの? 知らんけど」
「え……?」
何気なく言った俺のセリフに、けれど水嶋が不思議そうに眉を寄せる。
しばらくキョトンとした様子で黙りこくったあと、再び苦笑して手を振った。
「いやいやいや。私、
服を掴んでいた水嶋の手が、わずかにギュッと握りしめられる。
「逆に、どうして女の子っぽい服が似合うと思ったの?」
「あん? そりゃ、お前だって女の子なんだし、女子っぽい格好したって何も不思議じゃないだろ」
「……!」
今度こそ驚いたといった様子で、水嶋が目をまん丸に見開いた。
な、なんだ? 俺、そんなに変なこと言ったかな?
「あの、水嶋……さん?」
何か気に障ったのかと不安になった俺は、恐る恐る声をかける。
対する水嶋は何事かを考え込むように俯いていて、それからおもむろに面を上げた。
「そっか……ふふ、そっか」
もしかして怒らせてしまったのか、という俺の不安とは裏腹に、水嶋はなぜか晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。
「そうだよね。私だって、女の子だもんね」
「え? お、おうよ。何を今さらなこと言ってるんだか……」
「あ~、ごめんごめん。面と向かってそんな風に言ってもらえたこと、今まであんまりなかったからさ。ちょっと新鮮でびっくりしちゃっただけだから」
ヒラヒラと手を振ってそう言うと、水嶋はギュッと胸元で手を握りしめた。
「…………う~ん、やっぱ好きだなぁ」
それから何事かブツブツと呟いた後、俺に向かってピンと人差し指を立てる。
「よし、じゃあ次で最後の一着にしよう」
「そうか。やれやれ、ようやくファッションショーとやらも終了か」
「終わった気になるのはまだ早いよ。どれが一番だったか、颯太が決めるんだからね」
ああ、そういやそういうルールだったっけ。しまったな、まだ全然なにも考えてないぞ。
「じゃあ、ちょっと売り場に行ってくるから。颯太、目を閉じててくれる?」
「は? なんで?」
「いいから」
言うが早いか、水嶋はさっさと売り場へと向かってしまった。
なんだっていうんだ、一体。まぁ、ひとまず言う通りにしてみるか。
※ ※ ※
「颯太~、着替え終わったよ~」
「お~う」
水嶋が服を選びに行ってから待つこと十数分。
俺が目を閉じている間にコーデ一式を持って来て、試着室で着替え終わったらしい水嶋から声がかかる。
「じゃあ、開けるね」
試着室のカーテンがゆっくりと開いていく。
果たして、カーテンの向こうから現れた水嶋は、それまでのクール系、ボーイッシュ系なコーデとはガラリと雰囲気を変えてきていた。
「えへへ……どう、かな?」
照れ臭そうにはにかんだ水嶋は、フリルの付いたブラウスに膝上丈のスカート、腰回りに巻いたカーディガンと、一転して女子女子したファッション。
服装に合わせて髪型も変えたようで、サラサラの長めショートヘアーの一部を後頭部でハーフアップにまとめ上げている。
なんていうか、マジで正統派な美少女って感じの雰囲気に大変身していた。
「お、おう……いいんじゃねーの?」
不覚にも「可愛い」とか思ってしまった。
俺は誤魔化すようにぶっきらぼうな口調で答えたが、もしかしたら若干声が裏返っていたかもしれない。
畜生、これがいわゆる「ギャップ萌え」というやつか。「女子っぽい格好でも不思議じゃない」なんて、余計なことを言うんじゃなかったかなぁ……。
「本当? いや、ちょっと恥ずかしいんだけど……実はこういう格好も結構好きなんだよね。モデルを始めてからは、めっきり着なくなっちゃったけどさ」
そう言った水嶋の声は少しだけ残念そうだった。
詳しいことはわからないが、水嶋がこういう女の子っぽい格好をあまりしないのは、もしかしたらモデルのSizuとしてのイメージを損なわないようにするため、なのかもしれない。
そう考えると、モデルっていうのも色々大変そうだな。
「さて、と。じゃあ颯太、ジャッジしてよ」
「うん? ああ、どれが一番良かったか、だったっけか」
水嶋に問われ、俺は考える。
「やっぱり水着?」
「違うわ! あれは選考対象外だ!」
どんだけ水着を推してくるんだこいつは……。
というか、今さらだけどこのままこいつに
ここはあえて適当に選ぶか。それとも、どれも良かったから決められない、とでも言って誤魔化すか……。
「そうだな。俺は……」
そこまで言って顔を上げた所で、まるで初めてドレスを着せてもらった少女みたいに、嬉しそうに鏡を見つめている水嶋の姿が目に入る。
普段の大人びた雰囲気とは違い、年相応の女の子らしさを垣間見せる、そんな水嶋を前にして。
「……それが一番良いんじゃないか?」
気付いた時には、俺はごく自然にそう答えていた。
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