第十五幕 40 『迫りくる闇』
ーー イスパル王国 王都アクサレナ ーー
アクサレナの空には暗雲が立ち込めていた。
暫く前から何とも言えない不穏な空気が漂い始め、今となっては息苦しさを覚える程だった。
それは、ここアクサレナだけでなく全世界規模で起こっていたのだが、一般市民はそれを知る由もなかった。
ただ、誰もがその空気を感じ、途轍もない何かが起きていることだけは察することが出来た。
国王ユリウスと王妃カーシャも、アクサレナの王城のバルコニーから祈るような気持ちで東の空を眺めていた。
「ユリウス……」
「あぁ……おそらく、これは邪神と何か関係があるのだろうな……」
「カティアたちは大丈夫かしら……」
不安げにカーシャが呟く。
彼女の姉、カリーネがこの世に遺したたった一人の愛娘。
もちろん、カーシャ自身にとっても大切な我が子である。
母親として心配は尽きないが……
「信じて待つしかないだろう。カティアと、その仲間たちを」
「そう……よね。あの娘は……いえ、あの娘たちは神々の祝福を受けた希望の光。きっと……今頃頑張っているわ」
心配は尽きないが、ユリウスの言う通り今は信じて待つしかない。
せめて、この想いが届くように……と、カーシャは祈る。
その時……!
突如としてアクサレナの上空に
それは『歪み』だった。
球状の歪み、まるで水面の油膜のようなそれは見る見るうちに空に広がり、異様な景色を映し出す。
その景色は空間を超越して、アクサレナのみならず全世界で観測された。
空を跳ぶ島。
それを形容する言葉はまさにそれだった。
誰もがそれを呆然と見上げ、このあと何が起こるのか戦々恐々とする。
そして、腹の底まで響くようななにものかの声が聞こえてきた。
『人間たち諸君。今日はめでたき日。邪神が完全なる復活を果たし、人類すべてが変革を果たし、世界が変革を果たす、記念すべき日だ』
「何だ!?これは!!?」
突然始まった何者かの演説。
ユリウスは事態に理解が及ばず、彼にしては珍しく狼狽して叫び声を上げた。
「いったい何が始まろうと言うの……?」
カーシャも、突然の異常事態に不安を隠しきれない様子。
「今……邪神と言ったな……?では、まさか……あそこにカティアたちがいるというのか!?」
そのユリウスの言葉が聞こえたわけではないだろうが、空に浮かんだ歪みに映った場面が切り替わる。
そこは先程の浮島の上部、何らかの建物の床であることが見て取れた。
そして……
「カティア!!?」
そこには、何者かと対峙するカティア、テオフィルス、ミーティアの姿。
そして、カティアと共に黒き神の神殿に向かったはずの他の仲間たちが、力なく倒れ伏しているのが見えた。
『さあ……見るがいい!!神に祝福されし希望の娘……カティアの身と魂が、黒き神に捧げられるところを!!』
ーーーーーーーー
邪神リュートはその恐るべき力でもって、今この場の場面を全世界に知らしめている。
彼に立ち向かうのは、もう3人だけ。
私とテオとミーティア。
だけど、その場を絶望が支配しているのが分かる。
どうにか自身を奮い立たせてたっているけど、恐怖がじわりじわりと心の中を侵食するのを止められない。
多分、二人も同じような状況かもしれない。
邪神リュートの力は想像を絶するものだった。
私達が全力で、力を合わせて戦ってもかすり傷一つつけられず、逆にほんの少し本気を出しただけのリュートに、成すすべもなく仲間たちは倒されてしまった。
幸いにもまだ誰も死んではいないけど、ここで私達が敗れてしまえば次に目を覚ました時はもう邪神の手先となっているだろう。
邪神リュートは全世界に向けて宣言する。
いま、この時をもって世界は変わるのだ……と。
邪神が完全に復活してしまえば、異界の扉は大きく開け放たれ、次々と異界の魂がこの世界に現れて、リュートの言う通りとなってしまうだろう。
そして更に……リュートは私を黒き神の供物として捧げる事を宣言した。
その瞬間……忽然と姿を消したリュート。
刹那のあと、再び現れたのは私の眼の前。
テオとミーティアが叫びを上げて私の元へと駆け寄ろうとするのが、スローモーションのように感じられる。
そして、全く反応できなかった私の身体をリュートが抱きすくめたと思えば……彼から溢れ出た『闇』が、触手となって絡め取る。
それは私の全身を這いずり回って……
「あっ!?あああぁぁーーーーーっ!!!!??」
ずぶり……と身体の中に侵入していく……!!
あまりの苦痛に私は絶叫を抑えることが出来ない……!!
全身を灼熱が貫き、同時にそれとは真逆の凍えるような寒さが私を襲う!!
そして……私の意識は闇に飲まれてしまった。
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