第十四幕 24 『動き始める運命』


ーーーー グラナ帝国領内 某所 ーーーー



 グラナ帝国のとある場所。

 やや薄暗い屋内……すり鉢状の円形議場。

 円卓を囲む5人の人影が、何事か言葉を交わしていた。




「……『薬師』が墜ちたか」


「はい。これで七天禍は私と、『軍師』、『占星術師』、『魔剣士』の4柱となりました」


「皇族たちの様子はどうか?」


「変わりませぬ。末の姫がイスパルに亡命していたのは意外でしたが……何が出来るものでも無いでしょう。仮にブレイグ将軍の部隊と合流しても、たかが知れてます」


「うむ……」




 人影のうちの一人は、シェラと良く似た美貌の持ち主……『調律師』ヴィリティニーアだ。

 となれば、ここに集うのは七天禍の残り4人と、そして……



「『軍師』よ。これまでの作戦は尽く失敗しているようだが……。あるいは、これもお前の目論見通りなのか?」


 威厳あふれる男の声。

 フードを目深に被って顔は判然としないが、ゆったりとしたローブ越しからも鍛えられた巨躯に纏った覇気が感じられる。

 その言動からすれば、彼がこの場の中心であることは容易に察することが出来る。



「然り。全ては、邪神復活までの道筋……定められた運命・・に導くための過程をなぞっているに過ぎません、魔王・・様」



 男……魔王の問い掛けに慌てることもなく答えるのは『軍師』と呼ばれる人物。

 やはりフードを被って容姿は分からないが、声は男性のものだ。



「戯言を。どう見ても失敗は失敗でしょう。そんな誤魔化しが通じるとでも思うのですか?七天禍に列する程の魔族は早々作り出せるものでは無いのですよ」


 軍師の、ともすれば言い訳にも聞こえる言葉に、調律師が追求の声を上げる。



「……ふっ」


 だが、軍師は意にも介さず笑い声を漏らした。



「……何が可笑しいのです?」


「いや、何……随分と感情豊かになったものだな……と思ってな」


「…………」


「いや、勘違いするな。馬鹿にしてるわけではない。寧ろ、好ましい変化だと思ったのだ」


 軍師の言葉は、確かに人を揶揄するような響きでは無い。

 それが感じられたためなのか、調律師も押し黙る。



「それくらいにしておけ、ヴィー。軍師は我らより長い時を魔族として存在しいる。その深謀遠慮は我も計り知れぬ。実際、300年前も……こやつの言う通りの結末となった」


「父さ……陛下。はい、差し出がましい真似をして申し訳ありません」


「よい。して軍師よ、次はどうするのだ。あのカティアと言う娘が、我らの障害となっているのは確かだろう。全面侵攻の前に排除すべきか?」


「いえ。既に時は満ちました。今こそ、カルヴァードへの全面侵攻の時。そして、件のカティア姫は、我らが黒き神の御下へ招き……復活の為の生贄となってもらいましょう」



 この時、ついに世界を揺るがす事態の引き金が引かれたのである。

 それを成した軍師の言葉にはまるで気負いなど無く……ただ決められた事を淡々とこなすだけの、あくまでも事務的な口調であった。



「カティアは泳がせる……と言う事か」


「ええ。ですが……『占星術師』、お前は刺客としてカティア姫を……」



 軍師は、それまで黙ってただ話を聞いていた人物の一人に水を向ける。


「……良いのですか?軍師殿は、カティア姫を黒き神の御下に『招く』と仰いましたが?」


 軍師に指名された占星術師は疑問を投げかける。

 その声は高く透き通った女性のものだった。


「構いません。そこで死ぬのなら、それまでの事」


「分かりました。運命の輪を繋ぐのも、断ち切るのも……全ては星の巡りの導きのままに……」


 そう言うと、占星術師はその場から掻き消えるように居なくなってしまった。



「ふ……行動が早いな。もう行ってしまったか。それで、『魔剣士』は……」



 軍師は最後の一人に声をかける。

 その人物は魔王にも劣らぬほどの巨躯の持ち主。


「……俺は好きにさせてもらうぞ。お前の命令に従う義理も無い」


 野太い男性の声が、はっきりと告げる。

 拒絶されたとも取れる答えに、軍師は特に気にした風もなく……



「構わない。お前は自由に動くといい」


「ああ、そうさせてもらう。じゃあな」


 彼もまた、その場から姿を消す。



 そして、それ以上は誰も何も語らず……


 残った者たちも忽然と姿を消して、その場は静寂に包まれた。








 地上に生きる多くの人々にとって、逃れることの出来ない運命の流れ……

 それは、水面下で静かに…しかし、大きく動き始めようとしていた。

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