第十四幕 5 『王樹の空』


「当事者って……まさか、リュートがここに?」


 意味深な笑みを浮かべるメリアさんに、そう問いかけるが……


「まぁまぁ、そう慌てないで。取り敢えず、シェロがお茶を淹れてくれてるから……あ、ちょうど来たわね」


 と、そのタイミングで部屋の扉が開いて、トレーを片手にシェロさんが入ってきた。


 ……はぐらかされてしまった。

 この人、何だかいたずら好きっぽいところがあるんだよね。


 まぁ、今は彼女の言う通り……せっかく淹れてくれたお茶を楽しみましょうか。



「どうぞ。お口に合うとよろしいのですが」


 そう言ってシェロさんは、私たちのテーブルの前にティーカップとお茶請けを置いてくれる。


 カップの中には湯気を立てる鮮やかな緑色の液体。

 最初に招かれた精神世界でも出された緑茶だ。



「これは……変わったお茶ですね」


「あ、テオは初めて?これ、東方のお茶なんだよ。……私たちの前世にも同じようなお茶があったんだよ」


「ああ、なるほど。……頂きます」


 私が前世で飲んでいたと聞いて安心したわけではないだろうけど、躊躇わずにカップに口をつけるテオ。

 一口二口と口に含んでゆっくり香りと味を確かめている様子。



「……これは爽やかな味わいだ。とても美味しいです」


 良かった、気に入ってくれたみたい。

 何だか私も嬉しくなるよ。


「お気に召して頂けたようで嬉しいわ。やっぱりこれが一番落ち着くのよね」


 そう言いながら自身もお茶を飲んで一息つく。


 私も頂こう。



「ふぅ……確かに、落ち着きますね」


 もと日本人としては、何だかほっとする味。

 茶葉分けてもらえないかな?



「シェロも一緒に飲んだら?」


「いえ、私のことはお気になさらず。私は失礼しますので、ごゆっくりどうぞ」


「もう……相変わらず堅いのね」


 メリアさんの誘いにも応じず、あくまでも世話人の立場は崩さないシェロさん。

 女王に使える優秀な執事みたいな感じだった。







 そうして、暫くはお茶を楽しみながら他愛のない話をしていたが、お茶も飲み終わったしそろそろ『当事者』とやらに会わせてもらえないものか?


 そう思っていると、メリアさんは徐ろに立ち上がって……



「さて。では、そろそろ行きますか」


 いよいよか。


 私とテオは頷いてソファから立ち上がり、メリアさんの後に続いて応接室の外に出る。


 一旦ホールに出てから別の扉に入ると、上に向かう螺旋状の階段が現れた。



「こっちよ」


「更に上に行けるのか……」



 さっきの応接室やホールなんかもそうなんだけど……この階段も木をくり抜いたり削ったりして加工したものではなく、最初からこういう形であるかのように木と一体になっている。

 後から扉を付けたり家具を入れたりしたのだろう。








 メリアさんの後に続いて私達は階段を登っていくが、もう随分と高いところまで来たんじゃないだろうか。

 登っても登っても終わりが見えない。


 だけど、永遠に続くかと思われた階段もようやく終わりが見えてきた。

 出口らしきところから光が差し込んでいるのは、木の外側に出るという事だろうか。


 私はそこから見えるであろう景色を想像して、ワクワクしながら最後の階段を登り切る。




 そして、私たちの目に飛び込んできたのは……











「うわぁ……」


「おぉ……」


 私とテオの口から感嘆の声が漏れる。

 ただただ圧倒されて他の言葉が出て来ない。



 それは絶景と言う言葉では言い表せないほどの光景。

 遥かな天空から望むのは目にも鮮やかな緑。

 そして空の青。

 彼方にきらめくのは海だろうか?


 飛竜籠から見た空の景色とはまた違う雄大な景色。


 森の香りを運んで駆け抜ける風と、柔らかに降り注ぐ日差しの暖かさを肌に感じ、私達は暫し無言でその光景を目に焼き付けるのだった。






「凄いでしょう?ここまで登ってくるのは骨が折れるけど、その分感動も一入ひとしおじゃないかしら」


 そう言うメリアさんの得意げな表情を見るのは何度目か。

 確かにこれは自慢したくなるかも知れない。



「さあ、こっちよ」


 暫くは私達に絶景を堪能させてくれてから、彼女は出口から伸びる王樹の枝の上を歩き始めた。


 それは非常に太く十分に広いので普通に歩く分には問題ないのだけど……



「ひぇ……ここから落ちたら一巻の終わりだよ」


「真ん中を歩けば問題は無いが……恐ろしいな」


 私もテオも、なるべく下を見ないように慎重になって恐る恐るメリアさんの後に続く。



「大丈夫。落ちても別の枝に引っかかるわよ」


 ……それは、大丈夫と言うのだろうか?



「あそこが目的地ね」


 彼女が指さす方を見ると、木の枝の先に……何と家が建てられているではないか。


 こんなところに住む人物とは一体……

 賢者リュート、あるいは関わりのある人物と言う事なんだろうけど。





 そして私は……また一つ運命が繋がるのを目の当たりにする事になる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る