第十三幕 41 『森の魔女』


 迷いない足取りでロビィは朝靄の森の中を進む。

 整地された街道ではないがペース自体は悪くないので、順調に進んでいると言えるだろう。



「しかし、メリエルやロビィの案内なしにこんな森の中を彷徨う事を想像したら……ぞっとしないな」


 テオが染み染みと呟く。

 本当にその通りだね。

 何の手がかりもなしに深い森の中を探索するのはリスクが非常に大きい。


 熟練の斥候でも、目的地がハッキリ分からなければ退路を常に把握しつつ地道に探索するしか無いだろうし。




















「靄が濃くなってきたね……」


 白く立ち込める靄が徐々に濃くなっていき……もう殆ど霧と言っても良いくらいだ。

 ただでさえ見通しの悪い悪い森の中が、ほんの数メートル先も見えない程に視界が遮られる。



 ふと、違和感を覚える。

 それが何なのかは直ぐに分かった。



「……え?皆、どこに行ったの!?」



 そう。

 気が付いたら、先程まですぐ近くにいた仲間たちが誰もいないのだ!



「これじゃあ、まるで……前のメリエルちゃんみたいじゃない!?」


 何気に失礼なことを言ったが、まさに彼女が迷子になるのと同じような状況だ。

 逸れようがない状況で孤立するなんて……


 どう考えても普通の状況ではない。

 もしや、これも大森林結界の力のなのか……?


 嫌な汗が背中を伝い落ちる。



 どうする?


 とにかく進んだほうが良いのか?

 それとも下手にその場を動かない方が良いのか?

 判断材料がない。





 どうしようか……と、途方に暮れていると。

 何だか前方が気になった。


 特に何らかの気配や変わったものを見つけたわけではない。

 何となく……意識が誘導されるような感じ。

 精神干渉でも受けてるのだろうか?


 だが、イヤな雰囲気は感じられないし、このままこの場にいるだけではどうにもならなさうなので、先に進むことにした。

 目印も道案内も無い、ただ自分自身の直感だけに従って……
















 似たような光景が続くと時間の感覚が曖昧になる。

 一体どれくらい歩いただろうか。

 景色に変化が訪れたのは唐突だった。



 深い森の中にあって、まるでそこだけ切り取ったように開けた草原が現れる。

 そして、その中心には赤茶けたレンガ造りの一軒家が建っていた。

 家の周りには色とりどりの花が咲き誇る花壇が囲む。


 鬱蒼とした森から一転して突然メルヘンな光景が現れた事に戸惑う。



「こんなところに民家……?」


 そう呟きを漏らして呆然と佇んでいると、どこからともなく声が聞こえてきた。



「ようこそお嬢さん。私の領域へ」


 透き通るような美しい女性の声だ。

 だが、どこにも姿は見えない。



「どなたですか?ここは一体……」


「私は……『森の魔女』よ。さぁ、遠慮なく入ってらっしゃい」



 『森の魔女』……?

 それは確か……


 入って来いと言うのは、あの家の事だよね。

 悪い雰囲気はしないし……ここで引き返すわけにもいかない。


 私は意を決して家に近づき、木の扉に手をかける。

 当然ながら鍵などはかかっておらず、キィ…と僅かな音を立てて扉はあっさりと開いた。


 一応警戒しながら中を覗き込むと、そこはごくありふれた民家の居間と言った雰囲気。


 そして、ソファに腰を下ろす人物と目があった。

 煌めく黄金の髪、澄んだ青い瞳の美しい女性だ。

 彼女は私に微笑みかけながら言う。


「どうしたの?そんなところに立ってないで、中に入って?」


「は、はい……では、お邪魔します……」


 少々気後れしながら私は家の中へ入った。



「さ、どうぞ座って」


「……失礼します」


 勧められるまま私はソファに腰を下ろす。

 取り敢えず挨拶をしないと。



「あの……お招きいただきましてありがとうございます。私はカティアと申します。それで、その……あなたは……」


「カティアさんね。よろしく。私はメリアよ」


 やはり、そうなのか?

 『森の魔女』はウィラー初代女王の通称だ。

 しかし……


 いや、直接聞けばハッキリすることだ。


「メリア様は、ウィラー初代女王のメリアドール様なのですか?」


 その私の問に、彼女は笑みを深めて……




 そして私は驚愕の事実を知ることになる。

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