第十三幕 4 『歴史の裏側』


 シェラさんは静かな口調で語り始める。

 それは、歴史では語られることが無かった真実。

 その当時を生きた彼女だからこそ知り得た裏舞台だ。


 リル姉さんたち神々も神界から地上の全てを隅々まで見通せるわけではないので、これから聞く話には私の知らない情報も多いだろう。









「300年前……ちょうど今のエフィメラのように、私はグラナ帝国を出奔して、父様……魔王や黒神教を打倒する道を探っていました。そして、各地を転々としながら……紆余曲折を経て当時のアルマ王国の王子テオフィールと、イスパルの王女リディアと出会ったのです。彼らと、もう一人の戦士…ロランと共にパーティを組んだ私は、長い旅路の果てに再びグラナへと足を踏み入れました」



「……英雄テオフィール王子とリディア姫の仲間に、戦士と魔導士がいた事は物語でも聞いたことがありましたが……それがシェラさんだったんですね」


 エフィに初めて会った時にその事実に気が付いたけど……改めて本人の口から語られると、やはり驚きである。

 エフィ以外の皆も、それは初めて聞く話だろうから驚きの表情だ。



「当時は『リシィ』と名乗ってました。エフィメラが呼んでいた通り『リシェラネイア』が私の本名です。歴史上も物語上も名前が伝わっていないのは……私がグラナの皇女である事を知られないように、公の場では極力名乗らなかったからでしょうね。対外的な事はテオフィールとリディアに殆ど任せていたし、あの二人は唯でさえ目立つから……私やロランの事を覚えてる人はあまりいなかったかも知れません」


 どこか懐かしげな表情だ。

 きっと、その当時の事を思い出しているのかも知れない。

 そして、どこか寂しそうにも見えるのも……



「ともかく、私は頼もしい仲間を得て……この世界に迷い込んだ『黒き魂』を祓う旅を続けながら、遂には魔王の下へと辿り着いた」



「伝説ではグラナ本国の帝都まで侵入して、帝城にて魔王を討ち果たした……とされてますわ」


 ルシェーラの言う通りなのだが……少数精鋭とは言え、たかだか4人程度の戦力で大国の首都まで潜入して……ましてや城の中まで攻め入ることなど出来るのだろうか?と言う疑念がある。


 私のその疑念が正しいことを裏付けるように、シェラさんが首を横に振って答える。



「それは後年の脚色でしょうね。話が伝わるに連れ真実が歪められる。残念な事に、歴史上では良くある事です」


 そうだね。

 だから、今わたしたちが認識している歴史にも、大きな間違いがあるかもしれない。

 今回の話もそうだ。



「私達は帝城に攻め入る事などしてません。それどころか、帝都にすら行ってませんでしたから。実際には……帝都から遠く離れた場所にある『黒き神』の神殿が決戦の地でした」


 『黒き神』の神殿……それは、もしかして……?



「……更に言えば。私はその時、黒神教に捕らえられて……『黒き神』への生贄にされるところでした。テオフィールたちは私を助けるために来てくれたのです」



「黒き神への生贄。それはつまり……」


「ええ。私が魔族となってしまったのは、その時です。正に『黒き魂』に自身の魂が飲み込まれそうになった時……テオフィールのシギルの光によって私は救われた。身体は魔族となってしまいましたが、こころは完全に変わり果てるのを免れた。……妄執に取り憑かれてる、と言う点では同じですけどね」


 最後は少し自嘲気味に呟いたシェラさん。

 でも、シェラさんの妄執ねがいと言うのは、きっと……




「そして、決戦が始まった。その結末は伝説で語られる通り。戦いは熾烈を極め、最終的にはテオフィールが自身の命を犠牲にすることで魔王を倒すことができた。……でも、その話には続きがある」


「その時、魔王は完全に倒せたわけではない……?」


 魔王の復活……ゲームイベントが再現されるのだとしたら、おそらくそういうことなのではないか?



「カティアさんはご存知でしたか。その通りです。決戦の相手は魔王だけでなく、ヴィー……調律師も同時に相手取る必要がありました。強大な力を持つ二人を相手では、さしもの滅魔の力を持つテオフィールでも倒し切ることは出来なかったのです。激戦の末にあと一歩という所まで追い詰めましたが、テオフィールは力を使い果たし、リディアとロランも戦う力は残されておらず……やむを得ず、『封印』を施すことにしたのです。……私自身を核として」


「じゃあ、300年もの間……ずっと……」


「本来であれば、こんなに簡単に封印が解けることは無いはずでした。魔王だけを対象にしていれば、おそらくそうだったはず。しかし……調律師を封じた部分が綻びとなってしまったのでしょう」


「それじゃあ……もう魔王の封印は解けていると言う事なんですか!?」


「いえ……私と調律師の封印が解けてしまったのは、およそ20年前の事。その時点からつい最近までは、まだ魔王の封印は解けてませんでした。……しかし、先日の調律師の行動からすれば……」



 その先は誰も言葉に出来なかった。

 ただ、しばらくは重い沈黙が流れるだけだった。








「何れにせよ私は……問題を未来へと先送りしてしまった……その責任を取らないといけないのです」


 やがて再び口を開いたシェラさんが、悲痛な面持ちでそんな事を言う。


「そんな……!シェラさんの責任だなんて!!」


「そうだよ!その時にシェラさん達が命がけで戦ってくれたからこそ……世界に平和が訪れたんだから!」


「メリエルちゃんの言う通りですね。……シェラさん、何でも自分だけで抱え込まないで下さいね。今この世界に生きる誰だって、シェラさんの事を責められる人なんていません。誰もが力を合わせて解決しなければならない問題だと思いますよ」


「皆さん……」




 それに……当事者と言うのであれば、きっと私こそ……


 リュートが未来を憂いて始めた旅路の果て。

 それが、正に今この時代なのだろう。


 魔王、邪神……そしてリュート。

 それはきっと、私自身の運命に大きく関わってくる。


 それは、確信にも似た思いだった。

 

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