第十幕 20 『悩み事』
襲撃の後、一行は順調に歩みを進め本日の宿泊地であるメルゲンの街へと到着した。
国境を越えて最初の街で辺境と言うことになるが、主要街道の宿場である事と、比較的王都も近いので割と活気がある。
峠を越えてからは平野部まで辺り一面が白く染まってたが、メルゲンの街もそれは同じだった。
「雪化粧の街と言うのも風情があるよね。でも、暮らしている人にとっては大変かな?」
「毎年の事だから慣れてると言えば慣れてるけどな」
「テオが暮らしていたところも?」
「ああ。俺が暮らしていたのはもっと北方だから…ここよりももっと積もるぞ」
「へえ〜…」
彼の子供の頃の話、もっと聞いてみたいな…
これまでもそうだったが、宿は貴族・富裕層向けの高級ホテル…その中でも最上級のスイートルームだ。
未だ庶民感覚が抜けない私にとっては贅沢過ぎると言う気持ちもあるのだけど。
もちろん、王族が普通の宿に泊まる事なんて出来ないのも理解している。
レーヴェラント側でもこちらの旅程を踏まえて予め押さえてくれてるのだ。
しかも日程のズレが生じることも考慮して、前後の数日も含めてだ。
「ただ移動するだけでも、色んな人が調整をしてくれてるんですよね」
「そうね。それが当たり前…と思うのではなく、感謝しなければならないわね。カティアはその辺ちゃんと分かってるだろうから心配は無いわね」
「はい、いつまでも忘れないようにします。ミーティアもね?」
「うん!いっぱいおみせの人にありがとうっていうよ!」
「ふふ…えらいわね〜。……ところでカティア、テオフィルス殿と同じ部屋じゃなくて良かったの?」
「え?い、いえ…ほら、まだ婚約はあくまでも内定なので……同室はまだ良くないんじゃないかと…」
「あら、真面目なのね…」
何だかつまらなさそうに母様は言うけど…
どうもその辺の感覚が緩いんだよね。
王族ともなればもっと煩そうと思ってたんだけど…
いや、護衛は付くけど普段から割と自由に外出出来たりするし、今更か…
もちろんテオと一緒にいたいと言う気持ちはあるんだけど…ちょっとまだ心の準備と言うかなんと言うか…
いや、今すぐそうなるとは限らないんだけど!!
なんと言うか、勝手なもので…いざ婚約が現実のものとなると、急に不安な気持ちも芽生えてきてしまって。
その理由は分かってる。
つまり、自分の『俺』としての記憶だ。
いや、自分の感性、自意識はもうすっかり女のものだと思うんだけど…
彼にはちゃんと事実を伝えるべきではないか?
でも、そうすると気持ち悪がられたり嫌われたりしないか……そんな不安が過るのだ。
もちろん、彼なら受け止めてくれると言う信頼感はあるのだけど、まぁ、乙女心は複雑ってやつだ。
結局のところ、自分の気持ち次第ではある。
「…何か悩みがあるの?」
「え…?い、いえ特には…」
不意に聞かれてちょっとドキッとした。
動揺して返事もしどろもどろになってしまったので誤魔化しきれてないと思うけど、それ以上は追求してこなかった。
「私はあなたの母なのだから…悩み事があったらちゃんと相談しなさいね。自分だけで抱え込まないで、誰かを頼ることも時には大切よ」
「はい、ありがとうございます。え〜と…婚約とか結婚とかの話は、これから母様に沢山相談させてもらうことになると思います」
「そう?ならいいのだけど。あなたは割と一人で何でも出来てしまうから…ちょっと心配だったのよ」
…恋愛方面はそんなことないけど。
やっぱり母様のほうが人生の先輩だもの、これから色々と相談事は出てくると思うし、今言った通り頼りにさせてもらいます。
でも、そんなに顔に出てたかなぁ…?
いや、きっと母様が鋭いだけだろう。
何かいつも心を読まれてる気がするけど、きっと気のせいだ!
翌朝、メルゲンの街を出発した私達は進路を北西に取る。
街道はこれまで同様にしっかりと除雪されてるので順調に進んでいく。
テオは今は馬車ではなく、外を歩いている。
どうやら父さんに話があるようだ。
「テオ、なんの話をしてるのかな…?」
「あら、そんなの決まってるじゃない」
「え??」
母様は分かってるらしいけど、どういうことだろ?
「婚約が正式に決まるんですもの、父親にはちゃんと挨拶しないとね」
「え?あ、ああ…そういう…」
娘さんをボクに下さい!的な?
今更だなぁ…
「彼はそういうところしっかりしてるし、母親としては安心できるわよね」
「そ、そうなんだ……私もちゃんと挨拶しないと。うう…何か今から緊張してきた……明後日には着くんだよね…」
「あらあら…今から緊張してては気が持たないわよ?」
「で、でも…気に入られなかったらどうしよう…とか考えると…」
「大丈夫よ。…もう、魔物には果敢に向かってくのに、案外臆病なのねぇ…」
「そういうのとは種類が違いますよ…」
そうして今日も順調に行程を消化し、レーヴェラント王都に近づいていくのであった。
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