第十幕 3 『学都アスティカント』

 アクサレナを出発して数日後。

 私達はもう少しで国境を越えるというところまで来ていた。



 イスパルとレーヴェラントを隔てるレヴェリア川。

 レーヴェラントとカカロニアを隔てるヨルグ川。

 その二つの川が合流するところに広大な中洲があり、そこに築かれた都市がアスティカントだ。


 共和制都市国家であり、『学院』を中心とした街である。

 様々な分野において最先端の研究が行われていて、新たな技術の多くはここから生まれる。

 レティもある程度目処がついたら、鉄道関連の新しい技術開発については共同で研究していく…って言ってたね。



 学問街道はやがてレヴェリア川に架かる橋を通り、私達はアスティカントに入ろうとしていた。

 国境となっているため、橋の途中には検問所のようなものがあるが、同盟国同士は協定により基本的には自由に通行することができる。


 橋を渡った先には、街をぐるりと取り囲む赤茶けた防壁に設けられた門があり、その先に市街地が広がっている。

 人口はおよそ5万人で、この世界では大都市の部類に入る。


 住民の半数以上は『学院』と何らかの関わりがあると言われている。





「先ずは評議長にご挨拶ね」


 アスティカントの国家元首である評議長は、武神杯の時にお会いしたグレイルさんだ。

 『学院』の学長でもあり、リーゼさんを『学園』に推薦したのもこの人。



「まだ死んでなかったのね〜、あの人〜」


 …どうも姉さんはグレイルさんと因縁があるみたいで。

 あっちは何だか恐れを抱いていたような?

 何があったのか気になるが怖くて聞けない…




 『学院』は創立以来、同盟各国より多大な資金援助を受けて運営されている。

 出資の見返りとして研究成果は公開される。

 そういった関係から、アスティカントには各国の要人が頻繁に訪れるため、そのような人たちを迎えるための…前世で言うところの迎賓館のようなものがある。


 私達も今日はそこに泊めてもらうことになっているが、先ずはグレイルさんに挨拶するべく『学院』の方に向かう。

 事前に事務方が先行してアポを取っているとのこと。





 防壁の門を抜けると市街地に入る。

 広大な中洲とは言え、5万人もの人が住む街としてはやはり手狭のようで、びっちり隙間なく建物が立ち並ぶ。

 中世ヨーロッパの城塞都市のような感じだろうか。

 もちろん行ったことはないのでイメージだが。


 城塞都市で言う城の代わりに街の中心にあるのが『学院』で、門から真っ直ぐ通りを進めば辿り着く。

 と言うか、もう先の方に見えている。

 それほどに大きな建物なので、城と言われても違和感はない。



「あれが『学院』…ウチの『学園』も凄く立派な建物だけど、こっちの方が大きいし…重厚で歴史を感じさせるね」


 御者台の方にある窓から前方を眺めて、私はそう感想をもらす。


「実際、歴史はこちらの方が長いからね。アネッサは卒業以来なんじゃない?私は時々公務で訪れることがあったからそれほど久しぶりって訳じゃないけど」


「そうね〜、なつかしいわ〜」


「ここがお母さんが卒業した学校なんだね!」


 姉さんは『学院』を主席で卒業しているが、卒業と同時にティダ兄と駆け落ち同然についていったので、それ以来ということなのだろう。


 前にリーゼさんと話してるのを聞いた限りだと、かなりはっちゃけてたらしいが……



「ママが通ってる学校みたいなところ?」


「そうだね。こっちの方が生徒は多いけど」


 うちの学校は大体1,000人前後の学生がいるが、こちらはそれとは比べ物にならないくらいの学生がいる。

 この大陸最大の学校たる所以だ。





 コンコン。


 もう少しで学院に着くという頃、御者台の窓が軽くノックされた。


「はい。何かしら?」


「カティア様、ダードレイ様が…」


「え?父さん?何だろ?」


 窓を開けて外を見ると、父さんが馬車の速度に合わせて隣を走っていた。

 馬車はそこそこスピードが出ているが、これくらいは造作もない。



「どうしたの?父さん」


「おう、お前たちは評議長に挨拶に行くんだろ?俺たちはここで一旦別れて宿に行くから、伝えとこうと思ってな」


「そっか、分かった。…あれ?父さんたちは迎賓館に泊まらないの?」


「ああ。流石にこれだけの大所帯だとキャパがギリギリだったらしいからな。俺たちは辞退した。別の宿を手配してもらってる」


 まあ、父さん達は堅苦しいのは苦手だし、多分渡りに船だったんだろうね。


「分かったよ。じゃあまた明日だね。そうすると、姉さんはどうするの?」


「私は迎賓館の方に厄介になるわ〜」


「私がお願いしたのよ。これからレーヴェラントに入るからね。大貴族の娘をぞんざいに扱ってる、なんて言われかねないから」


「大丈夫だと思うけどね〜」


「回避できるリスクは回避するものよ」


 う〜ん…いろいろと考えないといけないんだねぇ…

 そういう細かなところまでは、私はまだまだ気が回らないな〜。



「そういうわけだ。じゃあな!」


「またね〜おじいちゃん!」


 そうして父さん達は一行から離れていった。





「さて、私達はこっちね。着いたわよ」


 ちょうど『学院』の正門に到着したところだった。

 馬車はそのまま門を潜って、建物の前…車寄せまで進む。



 ここが『学院』。

 世界に冠たる学業の聖地。

 姉さんやリーゼさんの母校だ。


 馬車を降りた私達を、予め知らせを聞いていたらしい職員が迎えてくれる。


「お待ちしておりました、王妃殿下、王女殿下。グレイル学長の元までご案内します」


「ええ、よろしくお願いしますね」


 そうして、私達は職員に案内されて学院の中に入っていくのだった。

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